日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

「発生学から見直す嚥下」(2019/10)

最近、名古屋大学名誉教授、愛知医科大学客員教授である髙橋昭先生がClinical Neuroscienceに書かれた「嚥下−発生学的・機能解剖学的観点から」を拝読しました。髙橋昭先生は名古屋大学神経内科の初代教授で、私は神経内科医になって以来、現在に至るまで非常に多くのことを教えて頂いてきました。髙橋先生は発生学にもとてもご造詣が深く、今回も大変多くのことを学びました。詳しくは、原著をお読み頂ければと思いますが、その中で、あらためて「ハッ」とさせて頂いた内容がありましたので、紙面の都合上、少し本文の書きぶりを変更しつつ、一部だけですが御紹介いたします。

発生上、誤嚥はヒトの宿命である。
「発生上、ヒトは内胚葉から腸管を形成し、その頭部の前腸の前端近くの広い部位から咽頭が分化形成され、ヒトの胎生22日頃に、咽頭の両面に鰓弓を形成する、鰓弓は水生動物では呼吸を司る濾過装置で、進化の過程で呼吸器へと形態変化する。このように呼吸器系は消化器系の咽頭部位に発生の原基を持ち、呼吸器系と消化器系とは咽頭において共通路を有することになる。これが誤嚥の要因となるヒトの宿命である。」

とてもアカデミックで、しかも嚥下の重要な問題点を端的に指摘して頂いている内容であると思いました。誤嚥は、気道と食道が分離している多くの哺乳類では問題とならないが、起立歩行を獲得した代償として口蓋垂と喉頭蓋が離れてしまったために生じているヒト特有の重要な問題であることが理解出来ます。

魔の十字路
「ヒト胎児4〜5週に、消化管の吻側の咽頭の服壁面が膨出し、嚢状の気管支芽が形成される。これが呼吸器の原基である。肺芽の基部が二股に分岐し無対の気管となる。一方、先端部は分岐を繰り返して肺胞に分化し、・・・・・、出生時までに肺が完成する。すなわち、呼吸器官は消化器官から分化し、その原基がのちに「魔の十字路」となる。」

ヒトが生命を維持する上で最も重要な呼吸と栄養の十字路が、魔の十字路となりうる理由がここに明確に示されていると思いました。さらに、発声が絡みますから、その適切な対応方針の決定はとても難しい理由をあらためて感じた次第です。

複数の系の移行部位
「嚥下は随意運動系から反射系を経て自律系への移行に当たる。生理学的には物理的から化学的への移行に、形態学、発生学的には消化系と呼吸系との分化の接点になる部位での機能である。」

さらに、この文章を読ませて頂くと、何故、摂食と嚥下の治療が難しいのか、あらためて分かる気がします。また、神経変性疾患で認める嚥下障害に対して、どのようにアプローチしていくべきなのかを考え直させていただきました。

日常臨床では、脳神経内科の疾患をお持ちの方々はもちろん、健常高齢者でも嚥下障害は極めて重要な問題です。一体、日本全体で、どれだけの方々が、このヒトの宿命である顕性、不顕性の誤嚥に悩まされているのでしょうか?私達は、魔の十字路から、魔の文字を取り去ることが出来るのでしょうか?そして、嚥下障害の病態をどこまで理解出来ているのでしょうか?ヒト特有の問題であるが故に、適切な動物モデルや細胞モデルの構築は難しく、まさに最新の画像を含めた様々な技術を駆使して科学しなければならない分野、それが嚥下であると、思いを新たにさせて頂く事ができた総論でありました。

髙橋昭. 嚥下障害と誤嚥性肺炎 嚥下−発生学的・機能解剖学的観点から. Clinical Neurosciendce 2019;37:510-515.

魔の十字路 枠あり.pptx

藤田医科大学脳神経内科 渡辺宏久