軟口蓋運動と食事量(2012/06)
鼻呼吸時に口を開けて奥を見ると下垂した軟口蓋を見ることができます./アー/と伸ばして発音すると軟口蓋は挙上してのどの奥の壁(咽頭後壁)が見えます.アとオ,鼻音以外の声は,軟口蓋が口蓋の高さまで挙上して咽頭後壁と接触することで口腔と鼻腔を遮断し,また軟口蓋の挙上によって口峡が開大するために口から出ます.
一方,嚥下時には,舌と口蓋との接触面積を広げながら食物を押しつぶしつつ後方に送り込みます.食物の先端が軟口蓋に接触すると口蓋帆挙筋の活動により軟口蓋が挙上(口峡は開大)して咽頭に食物は入り始め,その後個人ごとに固有の時間差をもって口蓋舌筋の活動によって奥舌が軟口蓋と再び接触することで,口峡を閉じます.軟口蓋の挙上(口峡の開大)から奥舌の軟口蓋への接触(口峡の閉鎖)までに通過した量が一回に楽に嚥下できる食物の量ということになります.
嚥下時の口蓋帆挙筋活動は口腔に取り込んだ食物量が影響することが示されています.すなわち,口に含んだ量が個人毎に楽に一回で丸のみできる最大量以下である場合,口の中の食物量が少なければ口蓋帆挙筋活動は小さくなります.軟口蓋の挙上量が少ない場合には,奥舌を持ち上げる量も少なくて済むために口蓋舌筋活動も小さくなります.
この事実は長期に非経口摂取状態で経過した場合の嚥下機能の問題を複雑にします.非経口摂取状態では,安静時唾液程度の量しか嚥下していません.その結果,口蓋帆挙筋はほとんど活動していないことになります.口蓋舌筋も口峡の開大量が僅かであることでほとんど活動していないことになります.その結果,口蓋帆挙筋も口蓋舌筋も廃用性に変化する可能性があります.
全身状態が改善し,経口摂取を再開するために,軟口蓋の挙上運動機能を判定しようとした際,口蓋帆挙筋や口蓋舌筋が廃用性に変化していると,通常は接触刺激での嘔吐反射により挙上できる軟口蓋が挙上できなくなり,まるで関連する神経機能の障害に陥ったのと同様の状態になることがあります.長期に非経口摂取であった場合には,口蓋舌筋の収納されている前口蓋弓や口蓋帆挙筋の付着する軟口蓋のストレッチをおこなって,口峡の開大運動が可能にしておくことが必要と思われます.
Tachimura, T., Okuno, K., Ojima, M., et al.: Change in levator veli palatinimuscle activity in relation to swallowing volume during the transition fromthe oral phase to pharyngeal phase. Dysphagia, 21(1):7-13, 2006.
Tachimura, T., Ojima, M., Nohara, K., et al.: Change in palatoglossusmuscle activity in relation to swallowing volume during the transition fromthe oral phase to pharyngeal phase. Dysphagia, 20(1):32-39, 2005.
大阪大学大学院 歯学研究科
舘村 卓