日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

耳鼻咽喉科領域と他科領域における嚥下に関するmiscommunicationについて(2024/05)

この僅か20年間で嚥下障害に対する取り組みは、嚥下性肺炎による死因順位の上昇とともに、この分野にたずさわる医療人口が急増し、多くの診療科がこの分野に興味を抱くようになりました。また、ほぼ時を同じくして言語聴覚士が国家資格化されたこととも関連しているでしょう。いずれにしても多診療科、多職種間で協力できる方向へ向かっていることは大きな進歩かもしれません。とはいえ、咽喉頭領域の発生、解剖、生理、原因疾患、病態生理と治療を本業とする耳鼻咽喉科医にとって、リハビリテーション領域はじめ他科領域からみる嚥下や気道防御反射の捉え方について、違和感を覚えることが少なくはありません。勿論、逆もまた然りでしょうし、喉頭科領域を専門としない耳鼻咽喉科医にも同様のことが当てはまります。これから述べるような見解の行き違いmiscommunicationはどうして生じるのでしょうか。そのような誤解の多くは不正確な知識や認識の違いに由来するものと思われます。嚥下関連筋の多くは,第4 鰓弓由来の特殊内臓筋(special visceral efferent:SVE )であり,潜在的に呼吸性の活動を有しています。内喉頭筋は,声帯が呼吸に同期して運動しているので呼吸筋として認識しやすいですが,咽頭収縮筋は通常,呼息相に同期して両側に引き合っているので、この不随意の周期的筋活動そのものを通常は観察できません。Wallenberg症候群や頸静脈孔症候群などにおいて,患側咽頭収縮筋が麻痺すると呼息や発声で健側に咽頭壁が偏位するので、いわゆるカーテン徴候としてはじめて認識されます。さらに重要な特性としては,組織学的に横紋筋であるためか,多くの嚥下関連筋が発生生理学的に特殊内臓筋SVEであることがあまり認識されていないことです。例えば,喉頭において右の声帯と左の声帯を随意的に別々に動かすことは不可能ですし、同様にいくら思い念じても咽頭期嚥下のシークエンスを意図的に再現することは不可能です。これと併せて,咽喉頭感覚が一般内臓感覚( general visceral afferent:GVA )であることもあまり認識されていないというより一般体性感覚(GSA)扱いされている文献も現に少なくありません。このような誤解からか、場合によっては原理的に不可能な訓練や手技を推し進められ、成果が出ない場合は自分の努力が足りないからに違いない、と自分を責めていらっしゃる患者様もこれまで少なからず拝見してきました。このようなことは双方にとって不幸なことです。

我が国において、もっとも歴史ある嚥下関連学会でも前身を含めても半世紀弱、多診療科および他職種が参入するようになって約四半世紀、まだまだ積み上げるべき歴史が足りないのかもしれませんが、願わくは、分野を超えても拠って立つべき原理・原則は共有したいものです1)。そのためにも嚥下障害に限らず、同一病態の概念を多くの分野の人が共有するには、学術用語の定義というものは非常に重要なものだと認識されるべきでしょう。医学用語の問題についてはまた別の機会ということでコラムを閉じたいと思います。

1)梅﨑 俊郎:ファンダメンタル嚥下医学のすすめ.嚥下医学11, 141-151, 2022.

福岡山王病院 音声・嚥下センター 梅﨑俊郎