日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

筋萎縮性側索硬化症の代償嚥下(2014/02)

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、運動ニューロンが選択的に侵される疾患であり感覚低下を認めないため、「代償嚥下」を自ら獲得する症例が多いことが特徴です。「代償嚥下」とは、低下した嚥下機能を別な方法で補う嚥下の工夫です。当院で嚥下造影をおこなったALS患者さんの内、気管切開などの外科治療をおこなっておらず経口摂取を行っている患者さん46名の結果では、代償嚥下は30名(67%)に見られ、内訳は頸部突出嚥下が19名と最も多く、複数回嚥下13名、頸部前屈嚥下5名、その他4名でした。最も頻度の高い「頸部突出嚥下」は、ALSの嚥下障害で特徴的な食道入口部の開大不全を代償するものです。また、進行が遅いタイプの患者さんでは、緩徐に球麻痺が進行していく過程で、食塊が咽頭内を通過してしまうまで喉頭を挙上したままの状態に保つといった特殊な代償嚥下を体得している患者さんもおられます。長期間,むせずに嚥下できる方法を模索しつつ経口摂取を続ける中で、知らず知らずに訓練され身につけた方法と思われますが、結果的にメンデルソン手技に類似した状態となり、食道の開きを改善させているようです。

 ALSでは進行に伴い頸部や体幹の筋力低下をきたしてきますが、そうなると座位での食事が困難になってきます。疾患によってはリクライニング頸部前屈位での食事が安楽で安全な場合も多いのですが、ALSの場合は頭部を固定すると代償嚥下が破綻しますし、リクライニング位では咽頭が重力で潰れることでさらに食道入口部が開きにくくなるため嚥下障害が悪化します。枕を用いて体幹を支えた上でソフトカラーを併用するなど、代償嚥下がうまくおこなえるよう頸部の可動性に留意した体位の調整をおこなうことで、より長く安全な経口摂取が可能となります。

国立病院機構 高松医療センター 神経内科
市原典子