生涯28本を達成できるか(2020/03)
一生涯28歯が残るようにとの「生涯28」構想は、約30年前に開始された 8020運動よりもさらに完成度の高い口腔健康管理を求めた目標だ。198 9年に日本歯科医師会は厚生省(当時)と共に「8020運動(80歳になって も自分の歯を20本以上保とう)」を推進し運動してきた。この達成者率は、昭 和62年に7%であったものが平成5年に11%、平成17年に24%、平成2 8年には51%に至るまでになった1)。
歯を生涯28本残すことで「何か良いことがあるのだろうか?」と問われると 考えられることがいくつか挙げられる。高齢期まで自分の歯を多く保持できる 者は、要介護状態に陥るリスクや死亡リスクが低くなるとの報告2)があるが、 歯数の評価が一時点でのもので、歯数の変化と生命予後の関連性が少なかった。 岩崎ら3)は、例えば歯数の変化と生命予後との関連について、70歳で20歯 以上を有する者で毎年調査に参加した高齢者を10年間の歯数の変化と生命予 後の関連を調べた。一方、他の疫学調査では、歯を喪失している者では悪性新生 物、心臓病による死亡リスクおよび総死亡リスクが有意に高かったとの報告や、 日本で行われた65歳以上の高齢者を対象に平均4.3年間追跡した調査では、 歯数が19歯以下で咀嚼に関して不都合を自覚するようになり、20歯以上の 者と比較して、心血管疾患および呼吸器疾患による死亡リスクが有意に高くな る報告4)があげられていた。これらの追跡研究では調査以前の歯数の差が明確 になる年代が何時なのかが示されていなかった。そこで岩崎ら3)は20歯以上 を有する高齢者において、70歳以降の歯数の加齢変化は一様でなかったが、生 命予後の観点からはできる限り多くの歯を維持することが重要だと述べ、28 歯を維持できれば最も望ましいことを示唆した。
一方、野々山ら5)は成人集団における幅広い年齢層で10年間の歯の喪失に 係る要因を明らかにする目的で後ろ向きコホート研究を行った。それによると 歯の喪失の有無は年齢、現在歯数および歯ぐきの腫れの自覚が関連しており、3 歯以上の喪失には、年齢、現在歯数、歯周状態、歯ぐきからの出血の自覚および 喫煙習慣が関連している。年齢が高い者の歯の喪失リスクが有意に高いことを 示した。また、健全歯に比べて処置歯(う蝕により治療した歯)と未処置歯の喪 失リスクが高いこと、歯の部位では下顎前歯部に比べて小臼歯部と大臼歯部の 喪失リスクが高かったことなどを報告した。
したがって、「生涯28」を達成するためには歯科における口腔保健指導やか かりつけ歯科での定期管理が重要であるものと考えられる。特に脳神経筋疾患 では病態によって口腔内の特徴が異なるため通法の口腔保健指導や歯科の管理 ではなく、疾患ごとの状態に応じた対応で達成させる必要があるのではないか。
参考文献 1)牧野利彦:歯界展望、134(6):1160-1163、2019. 2)Vogtmann E.Etemadi A.et al:Int J Epidemiol,46:2028-2035、2017. 3)岩崎正明、佐藤美寿々、他:口腔衛生会誌、69:131-138,2019. 4)宮崎秀夫、葭原明弘:新潟高齢者スタディ 8020,10:90-95、2011. 5)野々山順也、橋本周子、他:口腔衛生会誌、69:77-85、2019.
独立行政法人国立病院機構千葉東病院 大塚 義顕