液体によりとろみのつけ方は異なる(2017/05)
飲食物の適切な粘性(とろみ)の選択は,患者の水分栄養管理及び安全管理面からきわめて重要です.2013年に日本摂食嚥下リハビリテーション学会が,ニュートン流体(ずり速度によらず粘度が一定)である水へのとろみの基準として,キサンタンガムをベースとしたとろみ調整食品を用いた学会分類2013(とろみ)の3段階を規定しました.一方,牛乳や経腸栄養剤など、ずり速度の増加により粘度が変化する非ニュートン流体に対するとろみ調整食品の使用に関しては,未だ規定されていません.その理由として,とろみ調整食品に含まれる増粘多糖類の種類の違いや液体の種類によって粘性変化が異なるため,一定基準の作成が困難であることが考えられます.
我々の研究で,様々な液体に対してとろみ調整食品を使用し,5分後と30分後の粘性変化をline spread testで検証した結果,塩分濃度,酸味,カリウムが粘性に影響を及ぼし,果汁飲料,イオン飲料,乳飲料では水と異なる粘性動態となりました1).つまり,液体の種類によって,とろみの程度やつき方が異なるということを示しました.また,液体に対する物理的刺激や時間経過による粘度への影響に関して,蒸留水と10種類の経腸栄養剤に6種類のとろみ調整食品を使用し,粘度計で計測しました2,3).その結果,蒸留水の場合,濃厚流動食用(カラギーナン含)のとろみ調整食品を溶解しても殆ど粘度が上昇しませんでしたが,キサンタンガムやグアーガム含有のとろみ調整食品では,攪拌により粘度が低下し,その後緩徐に粘度が回復しました(図1).一方,栄養剤の場合,攪拌動作により粘度が急峻に増加し,その後も緩徐な粘度増加を認め(一部では粘度変化なし),興味深いことに攪拌動作を繰り返すほど粘度が増加しました(図2).このことから,とろみ調整食品の種類,攪拌回数,静置時間が粘性動態の影響因子であることを念頭におくべきであり,長時間の静置や過度な攪拌は粘度上昇の危険性があることを注意喚起する必要があります.
このような粘度変化が生じる理由として,とろみ調整食品を溶解させることで,ニュートン流体の水であっても非ニュートン流体となることが考えられます.とろみ調整食品を溶解させた水は,ずり速度の増加に伴って粘度が低下し,ずり流動化という現象や,チキソトロピー(震盪や攪拌によって流動性を増し,静置によってもとに戻る)という可逆的現象を示します.一方,非ニュートン流体の中には,レオペクシー(震盪や攪拌によって流動性が低下し,静置によってもとに戻る)という可逆的現象を示すものもあります.経腸栄養剤には,様々な物質が含まれていることから,タンパク質や脂質,電解質,微量元素などが増粘多糖類と反応すると,様々な条件の下で重合する分子により複雑な立体構造が構築され,そこに攪拌という力・速度が加わることで物性に影響を与え,分子立体構造の再構成,構造補強や構造破壊などの現象が生じることで粘度変化につながったと考えられます
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東京大学耳鼻咽喉科・頭頚部外科 上羽瑠美、二藤隆春
文献
1. 上羽 瑠美,横山明子,二藤隆春,他.嚥下障害患者に対するとろみ調整食品の適切な使用に関して.嚥下医学.3(2); 279-287, 2014.
2. 上羽瑠美,横山明子,二藤隆春,他.経腸栄養剤に対するとろみ調整食品使用による粘性の経時的変化及び攪拌による影響の検討.嚥下医学,4(1); 88-99, 2015.
3. 上羽瑠美,横山明子,二藤隆春,他.病態に応じた各種経腸栄養剤に対するとろみ調整食品の使用に関する検証.嚥下医学,4(2); 220-231, 2015.
図1
図2