年金だけでは食べられなくなる(2012/07)
私が長いこと外来で診てきた70歳代のパーキンソン病の小柄な女性(Aさん)がいる。
いつも50歳絡みの文庫本を手に持った物静かな息子さんが、ついてきてくれている。住まいは、病院から車で20分ほどの山村である。
先日、訪問看護の担当者から、「Aさんが痩せて、歩けなくなっている。どうも食事を十分に食べていないようなので、次回の診察時には栄養剤を処方していただけないでしょうか」というメールが届いた。
たまたまその翌日、Aさんと息子さん、そしてAさんの妹さんという女性の3人が外来に来られた。前回の受診まではどうにか自立歩行ができていたが、今日は車椅子となっていた。初めてお会いした妹さんが、「先生、私も昨日会ってみてびっくりしたんです。あまりにも痩せていて。恥ずかしい話ですが、食べるものがないらしいのです」と、二人が診察室の外に出たのを見計らって小さな声で話された。
子供は失業して無収入となり、最近ではAさんの年金だけで生活してきたのだという。
やむを得ず、早速入院の手続きを取ることになった。入院したら自己負担はないのか師長さんに確認したら、「Aさんの場合には、もろもろの条件で食費を含めて自己負担はないということです」ということだった。家で暮らしたら最低限でも食費は必要となるわけで、この仕組みも「少しおかしい」と思うことである。でも一連の作業をしながら、やるせないというか、やりきれない気持ちになった。
最近、地方紙の一面で、「揺らぐ社会保障」というテーマの連載が始まっている。
「低年金者 月額2.5万円 家族が支え」というタイトルで、80歳代の高齢者の場合を紹介している。この女性は鹿児島市内で一人暮らしで、国民年金はもらっているが、介護保険料などを引かれると実質的な手取りは月2万五千円程度にすぎないという。若い頃は大島紬の機織りをしながら3人の子どもを育ててきたが、生活が苦しく国民年金保険料は払ったり、払えなかったりの生活だったという。おそらくAさんの場合にも、似たり寄ったりの状況ではなかっただろうか。
我々団塊の世代が後期高齢者となる10年先の日本は、どのような時代になっているだろうか。
国立病院機構 南九州病院
福永秀敏