日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

封入体筋炎による嚥下障害への対応(2022/06)

「封入体筋炎」という病気があります。はじめて聞いた、という方も多いことと思います。筋炎は自己免疫(免疫システムが自分自身の臓器や組織に過剰に反応し攻撃する状態)やウイルス感染、遺伝などにより、全身の骨格筋に筋力低下や痛みが起こる病気です。皮膚筋炎や多発性筋炎が代表的ですが、現在多くの種類の筋炎が報告されています。封入体筋炎は主に50歳以上で発症し、ゆっくり進行する筋炎です。封入体という不思議な名称は、筋線維内に封入体(異常物質が集積したもの)が認められることから来ています。典型例では、左右非対称に大腿や手指の筋力低下と筋萎縮が見られますが、他の筋炎と比較して、咽頭筋が侵され、嚥下障害を併発することが多いとされています。約10%で嚥下障害を初圧症状とし、病状の進行とともに40%の症例で嚥下障害が出現すると報告されています1)。食道の入口には、輪状咽頭筋という普段は逆流しないように収縮し、嚥下した瞬間だけ緩む筋肉が周囲を取り囲んでいるのですが、封入体筋炎では炎症により、その筋肉が硬くなり伸縮性が無くなることが多いのです。すると、いくら上から食物を押し込もうとしても、食道の入口が開かず、飲み込めなくなります。
封入体筋炎は、他の筋炎と比較して、副腎皮質ステロイドや免疫グロブリン多量静注療法による治療効果が出づらく、輪状咽頭筋の弛緩不全に対しては局所的な対応となる場合が多いです。保存的な(外科的な方法との対比で使われる言い方です)方法として、嚥下リハビリテーション手技の一つである「バルーン拡張法」があります。これは、バルーン(水を注入すると膨らむ風船のような部分)のついたチューブを飲み込んで、バルーンを膨らませることで筋をストレッチする方法で、一定の効果があるとされていますが、効果が持続しない、のどが敏感な人では繰り返し行うことがつらい、などの問題があります。神経と筋肉の間の連絡を遮断する「ボツリヌス毒素」を注射するという方法も海外で報告されていますが、日本では保険適用が無く、また筋肉が硬くなってしまっていると効果が乏しいと考えられます。耳鼻咽喉科で行っている外科的治療法として、「輪状咽頭筋切断術」があります2)。輪状咽頭筋切断術は、現在世界的に最も普及している嚥下機能改善手術のひとつです。多くの有効性を示す報告がなされており3)、輪状咽頭筋が硬くなってしまった方では劇的な効果があります。
ながらく頸部を切開する方法(外切開法)が行われてきましたが、近年、口から特殊な器具を挿入して内部から切開する方法(経口法)4)も開発され、現在はどちらも行われています。経口法は皮膚を切開しなくてよいですが、粘膜を1回切開しないといけないので3~4日間経口摂取ができませんし、くびを伸ばせない、口が開かない方には実施できません。特殊な器械も必要なので、施設によっては実施そのものが難しいでしょう。一方、外切開法は特殊な機器を必要とせず、筋肉のみを切開するので翌日から経口摂取が可能です。二つの手術法を比較した研究では、再発率、合併症、入院期間、手術時間などに有意差が無く、どちらも安全な手術法であると結論づけられています5)。嚥下困難感のある封入体筋炎の患者さんは、担当の先生や耳鼻咽喉科医に相談してみてください。

文献)
1) Lotz BP, et al: Inclusion body myositis. Observations in 40 patients. Brain 112: 727-47, 1989.
2) Kaplan S: Paralysis of deglutition. a post-poliomyelitis complication treated by section of the cricopharyngeus muscle. Ann Surg,133:572-573, 1951.
3) Berg HM, et al.: Cricopharyngeal myotomy: a review of surgical results in patients with cricopharyngeal achalasia of neurogenic origin. Laryngoscope 95: 1337-1340, 1985.
4) Halvorson DJ, et al:Transmucosal cricopharyngeal myotomy with the potassium-titanyl-phosphate laser in the treatment of cricopharyngeal dysmotility. Ann Otol Rhinol Laryngol 103: 173-177, 1994.
5) McMillan RA, et al: Cricopharyngeal Myotomy in Inclusion Body Myositis: Comparison of Endoscopic and Transcervical Approaches. Laryngoscope 131: E2426-E2431, 2021.

埼玉医科大学総合医療センター耳鼻咽喉科
二藤隆春