再考、気管切開(2019/05)
いくつか気管切開に関する宿題をいただき、勉強しなおした。
気管切開術、Chevalier Jacksonが1909年にこの術式を確立したとされている。今でも気管切開を安全に行える部位をJacksonの三角とよぶ。8年前、フィラデルフィアのMutter 博物館を訪れた。Jacksonのコレクションは気管食道科学の黎明をみせてくれた。気管切開チューブの原型は今と変わらなかった。
気管切開はありふれた手術手技である。手術の範囲は狭く、小さいこともあり、耳鼻咽喉科医にとっては若手が最初に行う手術であることは今も変わらない。時に重篤な合併症をきたすこと、気管切開術後早期だけでなく、慢性期においても管理上の留意点が多いことがしばしば強調されてきた。求められる質は高くなってきている。病態、体型等の条件により難易度には差があり、いくつかのコツや工夫の議論は面白い。しかしそれでも古い話題である。“今頃、気管切開? と実は冷めていた。
昨年6月に日本医療安全調査機構から、医療事故の再発防止に向けた提言第4号、“気管切開術後早期の気管チューブ逸脱・迷入に係わる死亡事例の分析”が公開された。 “術後早期”とは2週間程度と定義された。また、チューブ逸脱のきっかけとして患者移動や体位変換時の注意点(人工呼吸器回路や接続器具とは一旦はずして実施することなど)が明記され、逸脱に気づくためのポイント、逸脱が生じたときの対応、そしてチューブ交換時期について言及されている。
昨年の本研究会、第14回JSDNNM名古屋大会でも“気道・気管切開管理とトラブル予防”と題したパネルディスカッションを企画した。さらに今年の秋、日本気管食道科学会では“安全な気管切開とその管理”と題してシンポジウムが予定されている。
気管切開術は近年、経皮的気管切開がICUなどで広がりをみせるが、“術式”の概念に変わりはない。しかし、その“管理”については多彩な場面が想定される。ICUや専門病棟とは限らない。どこの病棟でも、どんな施設においても安全な管理ができるように、関わる可能性のある科、多職種の適切な連携と、情報の共有、教育が求められる。華々しい遺伝子解析研究などからみたら地味な仕事であるが、未だに智恵を集めて討論すべき重要な話題であることに今更ながら気づいた。
名古屋大学医学部付属病院 耳鼻咽喉科 藤本保志