人工呼吸器下、胃瘻下におけるALSの超長期栄養管理は人類にとって未知の領域である。(2013/06)
85才女性、糖尿病性昏睡で死亡。ALS発病後6年、人工呼吸器装着後4年、PEG造設後4年、糖尿病発病後1年の死であった。
ALSは慢性進行性に上肢下肢球及び呼吸麻痺を来たし呼吸器装着なしでは 3~4年で死に至る神経変性疾患である。病初期の進行期では呼吸不全や不明の理由により代謝は亢進し、安静時エネルギー消費は増加する。神経原性筋萎縮と代謝亢進、摂食・嚥下障害による摂食量減少で体重は減少する。栄養学的には病初期はPEGなどで摂食・嚥下障害による栄養障害を防ぎ、亢進した代謝で必要量の増したカロリーを補充する。食事中の脂肪もLDL/HDL比が高い方が長生きのようだから制限しない。
ところが人工呼吸器を装着し、維持期になると徐々に状況が変わっていく。まずALSの呼吸筋麻痺が即「死」を意味しなくなる。人工呼吸器装着率は海外は%以下、日本では29%と圧倒的に高い。人工呼吸器装着下での維持期には重度の二次性サルコペニアとなる。脂肪が増え筋肉量が著しく少なくなり代謝の亢進が持続していてもfat free massの体に占める割合が小さくなり全体の必要カロリーは減少する。またPEGからの注入食のみ長期、時に10年以上にも及ぶことになり注入食の内容、栄養素の過不足が強く体に影響を与え、栄養学的には過多と一部の不足した栄養素による合併症の管理が重要になる。
世界的理論物理学者のホーキング博士は人工呼吸器を使用し20年以上も研究を続けている。ALSの呼吸筋麻痺はALSの全臨床経過の一過程に過ぎず、呼吸麻痺は単なる運動症状の一つであるとする”新たなるALS観”も提唱され呼吸器装着を促す支援体制も提唱されている。しかし呼吸器装着による生命維持を不自然と考える死生観もあり、超高齢化社会を迎えた日本にこの支援体制が現実的に可能なのか。人工呼吸器による延命に対しての意見は分かれる。
進行期から維持期にかけて変化する必要量に合わせて過不足無く栄養を補充すること。これは意外に難しい。今の栄養学は完成されてはおらず呼吸器装着したALSに5年10年注入食を使うこと自体が人類にとって未知の領域である。何も起きない完璧な注入食は無いと思うべきである。
NHO鳥取医療センター 神経内科 金藤大三