人はなぜ向き合って食べるのか 共感とミラーニューロン(2021/04)
ヒトは向かい合って食事をして来た。ところが、COVID-19時代の今、対面式の食事風景は消えてしまった。たかがそれしきのことと思うなかれ。そこに、本ウイルス感染の大きな災禍が潜んでいる。
先日ある会で魂の起源について話した。魂とは生きようとする強い意志である。その背景に、自我と歓びと動機がある。中でも自我が中心である。自我あってこその魂なのである。自我を担う部位は前島回(AIC)という場所にあって、そこは味覚の第3ニューロンに当たり、辺縁系に分類される古い大脳皮質である。AICに達した味覚情報は、更に前頭葉眼窩面に向かい、他の感覚と調合され評価される。そうして生じた歓びは、側坐核(NAc)に集約される。NAcには、視床下部から食欲関連の感覚も集まり、かくして、生きる情熱が高まりをみせると、前帯状回(ACC)が活性化され、やる気にスイッチが入る。
こうした食にまつわる歓びの感情を共有する場が食卓である。単にめいめいの空腹を満たすだけの場ではない。食卓を囲む一番の目的は、魂のふれ合いであり、互いを理解し、認め合う、魂の交歓の場にある。テーブルを囲んで、相手の目を見ながら食事をすることの大切な理由がここにある。このことは、難病患者の食事を介助する時も同様である。必ず声掛けをして、目を見て食事を援助するのである。
以前お聞きした神奈川のALS患者N氏宅の食事風景は感動的であった。夫人は、常にまず食材を患者さんに見せるところから始める。そして、「あなた、今日は家族でこのご馳走よ」と話しかける。出来上がった料理を見せてから、ミキサーにかけ、胃瘻から注入するのである。そのこころと魂を繋ぐ風景にこころが震えた。
目は口ほどにものを云うというが、別々の人間同士が語らずとも同じ気持ちになることを共感と呼ぶ。近年その背景をなす脳の仕組みが分かって来た。互いに感応し合う神経細胞をミラーニューロン(鏡神経)と呼ぶ。これには、AICやACC、或いは下頭頂皮質と下前頭皮質等が関与する。互いに目を見ながらの円卓の食事は、魂の交歓の場となる。
本会々員は、嚥下や食事の実践と研究を通して、神経難病患者さんを長く励まして来た。こうした経験は、COVID-19で分断された人々に勇気を与え、生き抜く力を見出すきっかけを与えよう。会員一同の奮励に期待する(令和3年3月23日)。
日本神経摂食嚥下・栄養学会 名誉理事
鎌ケ谷総合病院 脳神経内科(難病脳内科)
湯浅 龍彦