井形昭弘先生(当研究会顧問)の逝去を悼む
井形昭弘先生(当研究会顧問)の逝去を悼む
日本神経筋摂食嚥下栄養研究会 代表世話人 湯浅 龍彦
つい先日、当研究会顧問の井形昭弘先生が急逝されたとの報が入った。8月12日急性心不全であったという。享年88歳であった。
先生とは、本年5月に神戸で行われた第57回日本神経学会学術大会(梶龍兒会長)の懇親会で親しくお声をお掛け頂きましたのが、最後となりました。 先生に関して個人的なことを申せば、小生の同級生である浜松北高出身のA君が鹿児島大の神経内科に入局し、同じ静岡出身であると申されていた井形先生から 大変可愛がられておりました。そのA君がポックリと亡くなり、そのことを先生は会うたびに私に話されて残念がっておいででした。この人を思う篤いこころが 先生のすべてであり、小生が一生先生をお慕い申し上げてきた原点であります。こうした先生に導かれて、鹿児島大学からは極めて優秀な人材、卓越した臨床の 研究業績が世に送られ、今や日本神経学会の屋台骨を担うべく揺るぎない人材が育成されてきております。先生の業績に関しましては、先生を慕うあらゆる階層 から多くが語られるでありましょうが、先生の偉業はまさに先生のお人柄から発したものであります。
本研究会と井形先生の関係を申せば、本研究会の前身は平成12年度から始まり、そして平成15年度から名称を改めた厚労省「政策医療ネットワークを 基盤にした神経変性疾患の総合的研究」です。その最終年度(平成17年)の夏季ワークショップを長崎で開催したのでありますが、その際に班会議に合わせて 日本神経筋摂食・嚥下・栄養研究会(JSDNNM)第1回大会(長崎大会)をスタートさせました。第1回大会の大会長は、福永秀敏南九州病院名誉院長。そ の時に、井形先生には顧問就任をお願いし、願いが叶ったという次第であります。
JSDNNMのその後の発展は必ずしも順調というわけではありませんが、この方面の臨床の問題を取り上げ、ややもすると難しい摂食と嚥下の神経機構 を患者サイドから見つめ直し、そこに新たな科学の視点を持ち込んで問題の本質を極め、そして解決策をはかる。誠に地道な、しかし、脳科学の神髄を捉えなけ れば解決の糸口が見つからないであろうという正に脳科学の中心道を行く分野であります。
神戸でお目に掛かったとき、井形先生の最後の言葉は「湯浅先生、PSPというのは中々大変な病気ですね、先生たち(JSDNNM)の論文は読ませて いただいていますよ」というものでした。本研究会のメンバーそれぞれへのメッセージとして、心に刻んで頂きたく、先生のご霊前に黙祷を捧げます。
黙祷
平成28年8月22日