日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

“カニューレフリー”の功罪(2020/10)

従来より重度の嚥下障害に対して誤嚥防止手術が行われてきたが、輪状軟骨鉗除を併用した声門閉鎖術が普及するに従い、永久気管孔に気管カニューレを留置しない、いわゆる“カニューレフリー”な状態の患者さんの割合が多くなった。カニューレフリーとすると、①気管カニューレによる気管孔や気管内への刺激が無くなり、肉芽や潰瘍が生じにくくなる、②気道分泌物が減り、吸引回数が減少する、③定期的に気管カニューレを交換する手間と費用の負担が無い、など利点がある。問題点としては、気管内を吸引する際に気管カニューレのガイドが無いため、吸引チューブの挿入角度を工夫しないと先端が気管後壁に接触し、咳き込んだり、粘膜損傷が生じたりする可能性があることである。平成22年度の法改正で介護福祉士でも喀痰吸引が可能となったが、口腔内、鼻腔内、気管カニューレ内部にとどめることが示されている。ここで問題となるのは「気管カニューレ内部」しか喀痰吸引ができないという点であり、文字通り解釈すれば、気管カニューレが留置されていない場合、彼らは業務を実施できないことになる。そのため、せっかく誤嚥防止手術後にカニューレフリーとしても、自宅に退院する際に“気管カニューレが無いと介護福祉士が吸引できないので入れてきてほしい”という、術者としては受け入れがたいリクエストを受け、泣く泣くシリコン製の刺激性の低い気管カニューレを留置した、という事例が何度かあった。
解剖・生理学的知識を有さない者が乱暴に気管内吸引を行った場合、迷走神経反射や出血が生じる可能性も否定できないことから、医療行為のハードルを安易に下げることは望ましくないが、もう少し柔軟に考えられないものか、と正直思うこともある。超高齢社会において、誤嚥防止手術が増えていくことが考えられ、今後も医療スタッフへの啓発活動を行いつつ、安全性に関するエビデンスを蓄積していくことが必要である。

埼玉医科大学総合医療センター耳鼻咽喉科

二藤隆春