たかがテレミンソフト、されどテレミンソフト(2013/11)
東日本大震災後の話になるから、もう2年半が経ってしまったことになる。
当時、薬剤科から次のような情報がもたらされた。「震災の関係で供給不可能となっておりましたテレミンソフト坐剤の製造が再開され、問屋への供給も安定的にできるようになりました」というものである。
「座薬、それも便秘の座薬一つでそんなに騒がなくても」と思いがちだが、事はそんなに簡単ではない。テレミン以外でも、エンシュアリキッドという経腸栄養剤も供給不足になり、この栄養剤で命をつないでいた患者さんには大きな不安が拡がった。当事者である患者さんにとっては、生死に関わる大切なことだったのである。
震災後、しばらくして世の中がいくらか落ち着いた頃、筋ジス病棟のK君のベッドサイドをお邪魔した。「聞いた所では、座薬事件というものがあったそうだが」と言うと、待っていましたとばかり、「いや、本当に困りましたよ。レシカルボン座薬でいいのじゃないかと言われるんですが、私の場合はテレミンではないと駄目なんです」と言う。
K君は小学校4年の時に入院し現在46歳である。呼吸器は鼻マスク型を装着しているが状態は安定している。私は14年間ほど主治医をしていたこともあり、何でも話すことのできる一人である。入院当初、デュシェンヌ型と診断していたが、経過から考えるとベッカー型だったことになる。
「彼の長生きの秘訣は、「腸に便を残さない」ことである。そのこだわりは徹底していて数時間もトイレに逗留することは普通のことで、便を出すためには何でもする。以前はソバを広げるような丸い棒で、腹部を上下に押しつけさせていたこともあった。まさに腸管にへばりついた便をねじり出させるのである。看護師はいつの時代もこのこだわりのために悪戦苦闘してきたが、彼の人柄に免じて頑張ってくれる。私も彼の長生きの秘訣は心の安定、知性の高さ(ちょっと誉めすぎ)、そしてこの便へのこだわりだと理解している。彼によると、便が出ないと食欲も出なくて体調が一気に悪化するというのである。
たかがテレミンソフト、されどテレミンソフトなのである。
公益社団法人鹿児島共済会南風病院院長 福永秀敏