食道が抗重力位となる姿勢での嚥下「腰上げ空嚥下(ブリッジ空嚥下)訓練」で食道を鍛える(2023/6より2025/1改訂)(2023/06)
「人は,逆立ちしてもなぜ飲めるのか?」.小学生の頃,逆立ちした状態でも食べることができた経験があり,浜松市リハビリテーション病院の藤島一郎先生と居酒屋で大真面目に議論した.宇宙飛行士を目指す知人にもその場で電話し,重力が嚥下機能に及ぼす影響について意見を聞いたりもしたが,「まずはやってみよう!」と自身が被検者となり,透視台で逆立ちした状態で嚥下造影検査を行った.食道内の食塊を,重力に逆らって食塊を送り込もうと強くぎゅーっと収縮する様子が観察され,とても印象的であった.
嚥下障害の診療では,食道期の評価も重要である.多くの神経筋疾患や高齢者では,食道内の残留や,胃の内容物の逆流による誤嚥性肺炎を認めることもしばしばある.我々は,抗重力位での嚥下では食道が強く収縮することを利用して「食道を鍛えることができないか?」と考えた.食道内圧検査として用いられる高解像度マノメトリを用いて,座位,臥位,抗重力位の腰上げ姿勢(ブリッジ姿勢)の3つの姿勢で食道機能を評価すると,座位→臥位→抗重力位と重力に逆らう姿勢になるほど,嚥下時の食道の収縮力と下部食道括約筋(lower esophageal sphincter, LES)圧が上昇した(図1)[1].そこで私たちは,抗重力位での嚥下は食道の収縮力を高め,胃から食道への逆流を防ぐLES圧を高める訓練になるのではないか?と考えた.腰を上げた姿勢での空嚥下(腰上げ空嚥下,ブリッジ空嚥下)を一定期間(1日10回,4週間)行うと,逆流性食道炎の症状が改善し,一部の症例では消化管内視鏡所見も改善した(図2)[2].嚥下造影検査では,食道内の残留が改善する症例も経験している.頻度や訓練期間はまだ検討の余地はあるが,以下のように指導している.
<指導方法>
・1セット10回 1日1~2セット.
・空嚥下の間に10秒以上の間隔を空ける.
・食後2時間以上空ける(逆流防止のため).
日々の生活に取り入れ,継続的に行うとよい.自主訓練の指導時には,日中に横になる煩わしさを考慮し,就寝時に腰の下に枕やクッションを入れて実施するように指導している.腰上げ姿勢をとる際に介助が必要な症例では,PTやOTが姿勢を整えながら行ってもよい.また,円背が強い患者では側臥位気味にしたり,認知症や失語症などで指示に従うことが難しい場合には,アイスマッサージで空嚥下を誘発する方法が奏功する症例も経験している.腰上げ姿勢の体の傾斜角度は,図2に示した角度よりももう少し低くても良いかもしれない.我々は角度を厳密に測らなくても臨床効果を得られることを報告している[3].
腰上げ空嚥下の注意点として,空嚥下でも唾液を誤嚥するリスクがある症例は控えた方がよい.食道内に残留が多い方や逆流しやすい方は,空腹時に行った方がよい.また,腰痛や腰の変形などがあり,腰上げ姿勢が取れない方は適応にならない.訓練の適応については,担当医などにもご相談頂きたい.
GERDの治療には,胃酸分泌抑制作用を有するプロトンポンプインヒビター(PPI)などが用いられるが,PPIの長期投与に伴う有害事象も報告されている.腰上げ空嚥下訓練は食道を鍛える訓練として,食道内のクリアランスを改善させたり,胃食道逆流を防ぐことができる可能性がある.胃食道逆流による粘膜病変が改善した症例[2](図3)や,PPIの内服を中止できた症例[3]も報告している.多数例での有効性の検討やメカニズムの解明,腰上げ空嚥下用の枕の開発など,今後更なる検討が必要であるが,腰上げ空嚥下訓練は食道機能を改善させる新しい訓練になるのではないかと考えている.
1.Aoyama K, Kunieda K, Shigematsu T, et al. Effect of Bridge Position Swallow on Esophageal Motility in Healthy Individuals Using High-Resolution Manometry. Dysphagia. 2021;36(4):551-557.
2.Aoyama K, Kunieda K, Shigematsu T, et al. Bridge Swallowing Exercise for Gastroesophageal Reflux Disease Symptoms: A Pilot Study. Prog Rehabil Med. 2022;7:20220054. doi: 10.2490/prm.20220054.
3.Nishimura T, Kunieda K, Aoyama K, et al. Efficacy of the Bridge Dry Swallowing Exercise for Refractory Gastroesophageal Reflux Disease. Internal Med. 2024. doi: 10.2169/internalmedicine.4054-24. [Online ahead of print]
※用語について.当初論文ではbridge swallowingを用いたためブリッジ嚥下という言葉を用いていたが,指導時の誤解を避けるため具体的な姿勢や条件をイメージしやすい「腰上げ空嚥下訓練(ブリッジ空嚥下訓練)」という用語を用いることとした.
図1 高解像度マノメトリを用いた食道機能検査
嚥下が起こると食道の蠕動運動が伝わり,下部食道括約筋(LES)が弛緩する.ブリッジ姿勢(腰上げ姿勢)では,嚥下時の食道内圧が高くなり,LES圧が上昇する.圧が高いところは赤や黒,低い所は青で表示される.
図2 抗重力位での腰上げ空嚥下(ブリッジ空嚥下)(文献2より)
自宅では,腰の下に枕やクッションなどを用いるとよい.この状態で空嚥下を行う.就寝時に行うように指導すると,継続しやすい.
図3 食道粘膜病変の改善(文献2より)
胃食道逆流による食道粘膜病変が改善する症例を経験している.
2024年12月30日改訂
岐阜大学医学部附属病院脳神経内科
浜松市リハビリテーション病院リハビリテーション科
國枝 顕二郎