日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

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災害時の食と服薬(2025/04)

大規模災害リハビリテーション対応マニュアル(日本リハビリテーション医学会)によれば、災害のフェーズ分類は 第1期「被災混乱期」第2期「応急修復期」 第3期「復旧期」第4期「復興期」である。このうち被災混乱期では 救命・救助が何よりも優先であり、まずは安全な場所へ避難することが必要であるが、その日から食生活が始まる。応急修復期になると救護・応急対応が始まり、避難所生活・食生活への支援が広がっていく。

日本神経摂食嚥下・栄養学会(JSDNNM)では、東日本大震災発生時には、被災地支援を経験した医療関係者の情報を収集し、主に食の支援についてJSDNNMコラム欄に数回にわたり掲載した。その後も多くの自然災害が発生したが、支援の具体的な状況や課題を調査したので、その内容の一部を報告する。

被災混乱期や応急復旧期では、被支援者への個別対応が難しい可能性もあり、摂食嚥下障害のある当事者も、平素より自ら避難生活に備えることが重要である。食のみならず、服薬への備えも必要であり、その備えをサポートするのもわれわれ医療職の責務と考える。

1)避難生活での注意点と対策

食形態:支援の食事を平素の嚥下調整食に近い状態に加工するため、携帯できる食品加工グッズを持参する。最近は粥も発災直後より提供されるようになったが、摂食嚥下障害に適した調理法など個別対応も必要であることを、共通理解することが必要である。

内服薬: 災害発生時には”移動薬局”としての機能を備えたモバイルファーマシーなど(災害対応医薬品供給車両)の導入が各地で進んでいる。発災初期より活動し、平素の内服薬と同効に近い薬剤が提供されるようになりつつあるが、服薬困難のある場合、剤形(粉砕・水薬など)への個別対応が難しい可能性もある。お湯が使える場合に限られるが、簡易懸濁法などを平素より導入しておくと役立つ。

口腔ケア:長く仰向けに寝ていると、噛む機能と口の衛生は悪化し肺炎の原因となるので、できるだけ座る時間を作る。水なしでもウエットティッシュなどで歯磨きをおこなう。また、義歯を長くはずしていると噛む力は低下するので、義歯はなるべくつける。

2)災害への備え

今後予測される災害に備えて、医療的・介護的ケアのあり方が自治体などで検討されつつあるが、被災混乱期・応急修復期には個別対応が難しい。摂食嚥下障害のある被支援者自身の備えとしては、以下のようなものが勧められている。

レトルトやフリーズドライのお粥・介護食などは、平素も食べながら備蓄するローリングストックを実施する。常用薬、とろみ剤、飲料水、クラッシュゼリー、経腸栄養剤などは消費期限が比較的短いことに注意する。さらに、食品加工の器具、口腔ケアセット、義歯のケアセット、マスク、使いなれた食器やスプーン、ストロー、ディスポの食器やジッパーつきビニール袋などを、防災グッズとして各自必要に応じて準備しておくとよい。

 関西労災病院 脳神経内科 野﨑園子

2段アングル内視鏡の開発(2025/03)

ご存じのように嚥下機能を細かく評価する際には、嚥下造影検査および嚥下内視鏡検査を使います。いずれもとても良い検査ですがそれぞれに弱点がありました。
当方は往診が多いために嚥下内視鏡検査を使う頻度がとても多いのですが、嚥下反射中はホワイトアウト、つまり内視鏡の先端が粘膜に触れてしまうので一瞬画面が見えなくなります。これも皆様ご存じのことかと思います。しかし逆にいうと、ホワイトアウトが確認できない症例は咽頭収縮が不十分だともいえるので、検査時の情報の一つとしてとらえることができます。
それとは別に、弱点としかとらえようのない特徴がありました。

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図1:従来の内視鏡と、望ましい内視鏡の比較
黄色がアングルの位置を示す

 

従来の内視鏡はアングルが一つで、多くの症例で気管の前壁しか確認することができませんでした(図1)。たまに後壁が確認できる患者さんがいないわけではないのですが、誤嚥は気管の前壁よりも後壁から侵入することが多いです。なんとかして後壁を確認することができないかと考えていたところ、アングルをもう一つ増やして2回曲がるようにすればよいのではないかと思いました。
その後も紆余曲折ありましたが、ついに完成したのが2段アングル内視鏡(株式会社町田製作所)です。

 

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図2:2段アングル内視鏡の先端部分と操作部
先端にアングルが2つ、操作部にはアングルレバーが2つある

 

実際は2段アングルの構造を試す前にもっと簡単な工夫による試作品をいくつも試しましたが、後壁を確認することはできませんでした。最終的にアングルレバーを2つ、先端にはアングルが2つの内視鏡が出来上がりました。
20人の健常者対象とした調査を行ったところ、気管の後壁が確認できたのは従来の内視鏡で3人であったのに対し、2段アングル内視鏡では18人で確認できました1)

 

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図3:従来の内視鏡 2段アングル内視鏡

 

同一症例に対する画像を比較すると、2段アングル内視鏡では後壁がはっきりと見えていることがわかります。少し操作は難しくはなりますが感覚的にはより操縦しているようで面白く感じますし、またかなりニッチな部分の開発にはなりますが、特に嚥下の検査の初心者にお使いいただきたいと思っています。というのも、嚥下障害だけではないにしろ、慣れてくるとなんとなく見ただけでわかるというものはあります。まだそういった感覚を得ていない方はもちろん誤嚥を見逃さないほうがよいので、このような機器を使って検査精度を上げていただけるとよいと思います。
その他、気管の後壁を確認する以外に有用な使い道がもしかしたらあるかもしれません。多くの先生方にお使いいただき嚥下機能検査の精度を上げるだけではなく、新たな使い方を探していただけるととても良いと思います。

 

参考文献
1.  Tamai T Yoshimi K, Tohara H et al: Usefulness of a newly developed endoscope for the observation of the posterior tracheal wall, Laryngoscope Investigative Otolaryngology. 2023;1–7. DOI: 10.1002/lio2.1105

東京科学大学大学院医歯学総合研究科医歯学専攻

老化制御学講座摂食嚥下リハビリテーション学分野

戸原 玄

多系統萎縮症における遠位食道痙攣(distal esophageal spasm)の発見(2025/02)

多系統萎縮症(multiple system atrophy;MSA)における嚥下障害への対策は,生命予後やQOLの維持を考えるうえでとても重要です.以前,私どもは嚥下障害を伴うMSA患者では,ALS患者と比較しても食道内の食物停滞が高頻度に発生し,場合によっては逆流して誤嚥性肺炎や窒息による突然死の原因となりうることを報告しました1).今回,当科の大野陽哉先生と國枝顕二郎先生らがMSA症例の食道機能障害に関連して,「遠位食道痙攣(distal esophageal spasm:DES)」という現象が生じうることを初めて明らかにしましたのでご紹介します2)

症例は74歳男性で,3年前に起立性低血圧にて発症し,同時に胸に食べ物が詰まった感じ,食後の反復性嘔吐を呈しました.小脳性運動失調が認められ,MSA-Cと診断しました.ビデオ透視による嚥下検査では,下部食道狭窄と食道内のバリウム停滞が認められました.また内視鏡検査では下部食道の過収縮が認められました.さらに高解像度食道マノメトリー検査では下部食道の早期収縮と食道蠕動運動の低下が認められました.下部食道括約筋の統合弛緩圧は正常であったため,アカラシアは除外されました.シカゴ分類ver 4.0に基づき,食道運動障害は「遠位食道痙攣」に分類されました.治療としては内視鏡的バルーン拡張術を行い,その後,胸部の詰まった感じと嘔吐は改善しました.本例は,MSA患者においてDESが食道食物の停滞と食後嘔吐を引き起こす可能性があること,およびその治療法を示した点で非常に有益であると考えました.

以上より,ビデオ内視鏡による嚥下検査に加えて,高解像度食道マノメトリー検査は,再発性の嘔吐や胸のつかえを呈するMSA患者に有用と考えられます.このように食道機能を注意深く評価することで,誤嚥性肺炎や窒息死を予防することができる可能性があります.なお,遠位食道痙攣についてはZaherらの総説3)に詳しいです.

1)  Taniguchi H, Nakayama H, Hori K, et al. Esophageal Involvement in Multiple System Atrophy. Dysphagia. 2015;30:669-73.
2)  Ono Y*, Kunieda K*, Takada J, et al. (*equally contributed) Distal oesophageal spasm in a patient with multiple system atrophy: A case report. eNeurologicalSci. 2024 Apr 13;35:100500.
3)  Zaher EA, Patel P, Atia G, et al. Distal Esophageal Spasm: An Updated Review. Cureus. 2023;15:e41504.

岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野

下畑 享良

 

高齢者への食支援(2025/01)

2025年の年明けとともに、いよいよ目の当たりとなった「2025年問題」と呼ばれる高齢化問題がテレビニュースでも取り上げられています。団塊の世代が後期高齢者になり生産年齢人口がさらに減少し高齢化率が30%を超えるため、社会的支援と高齢者の健康寿命をいかに保障するかが大切な鍵になると考えられます。

そこで今回は、高齢者への食の支援について、実例を交えてお伝えしたいと思います。

食べられる量が減ってきた、あるいは食べにくい様子がある場合、理由は複数考えられますが、食べやすくする工夫は大切です。さらに、下記に挙げるような支援も考慮して、誤嚥性肺炎の罹患を避けるよう努めましょう。

1.食事のとりやすさの工夫

◆わかりやすくする工夫
きれいな器にご飯粒がついています。見えますか?
何粒あるでしょう?

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 202501203  202501204 このような器もよく見かけます
が外側の柄と器内の食物の区別
がつきにくく、食べ残しの原因
になってしまいます

白内障、緑内障、黄斑変性症など高齢者が発症しやすい眼科的な症状や認知機能低下を伴うと、このような見分けにくい器では食べ残してしまうことになりかねません。

実際に私自身が勤める特別養護老人ホームで、介護士さんが器を変えたら白いご飯が食べられるようになった例があります。

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見えにくい!

白い器に白いご飯

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色のコントラストをはっきりさせるとわかりやすくなります

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◆高さの工夫
また、器からすくいやすくする、取りやすくするために、器やお膳に高さを調節することも大切です。腕、肩、体幹、腰をしなやかに動かすことが難しく、姿勢が崩れやすい高齢者の食事場面では、このような工夫をすることで、食事が楽にとれるようになります。食べにくくて時間がかかると疲労が増し、食べたくなくなってしまうこともあります。できるだけ自分の力で食事をとりやすくする工夫も大切です。
この器をご飯の器に乗せて高さを調整すると
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テーブルの上に台を置いて

お膳を乗せます

202512016 すくいやすくなりました

2.口からのどのケア

下記のような問題が起こると、食べ物をよく噛んで飲み込みやすい形にすること(食塊形成)が難しくなり、飲み込みにくくなります。また、これらの問題によって時間がかかるようになり、疲れて食が進まなくなることもあります。できる範囲のケアを進めましょう。

①歯がかける、抜ける、義歯が合わない
⇒義歯を含めかみ合わせが悪いと、食塊形成がしにくいだけではなく、液体や柔らかいものを飲み込むときにもタイミングが合わなくなり、飲み込みにくくなります。むせやすい原因にもなります。歯科の診療を早めに受けましょう。訪問歯科を利用する方法もあります。
②唾液が出にくくなる:唾液は食塊形成に無くてはならないものです。加齢により唾液腺が萎縮して唾液の分泌量が減ったり、薬剤の影響で分泌量が低下することがあります。
⇒食前に唾液腺マッサージや口を動かす嚥下体操などを行うと良いでしょう。お薬の影響については医師、薬剤師に相談しましょう。
③唇や舌、のどの筋力が衰える:筋力は使わないことでも衰えます。食べられる方はよく噛んで食べることで機能維持につなげることができます。会話や歌うことも呼吸筋や口の筋肉を使います。じっと黙っていないで、お話をする機会を作りましょう。食事前の嚥下体操やカラオケも楽しみましょう。
④口腔衛生不良:上記②③の理由から、口の中に食べかすや痰などが残りやすくなります。食後の歯磨き、口腔清掃を心掛け、お口をきれいにしましょう。高齢者の肺炎は約8割が誤嚥性肺炎で、その多くが夜間の誤嚥によって引き起こされているとの報告があります1)。毎食後の口腔ケアが難しくても、特に就寝前にはきれいにすることを習慣づけましょう。

3.十分な栄養

元気を失う悪循環の源が栄養不良ということは、どなたも想像に難くないと思います。食べられる量が減ってくると、栄養状態も心配です。低アルブミ ン血症や低蛋白血症,body mass index(BMI)の 低下,貧血など栄養状態が低下すると肺炎にかかりやすくなることや、低栄養を改善すると血清アルブミン値や血清総蛋白値が上昇し、肺炎の予防効果につながったとの報告があります2)

元気なうちから栄養バランスと栄養量を意識しながら食事をとることは大切ですが、少し怪しくなった時に周囲の方が注意を向け、望ましい栄養摂取方法をサポートできると助かります。定期的な栄養状態のチェックに加え、食事で摂れる栄養量の確認や、不足する際に可能であれば栄養補助食品を上手に用いることも一方法です。

4.食道、消化管の変化への対応

高齢者に多く起こる食道、消化管の症状への注意を向けておくことも大切です。胃腸の消化吸収力の低下に加え、円背や心肥大などにより食道が圧迫されることによる食道の通過障害、高度の円背では胃が圧迫されて一度に食べられる量が減ってしまうこともあります。また、胃食道逆流による胸やけ、食欲の低下、肺炎等に至らせないようにすることも大切です。「苦い味がする」という訴えがあったり、夜間就寝中に咳が出る場合は受診して診断、対応を受けるとよいでしょう。まずは、食後直ぐに横にならない習慣付けも大切です。

以上、今回は、高齢者の食支援についてお伝えしました。本人からの訴えに傾聴した対応が大切なことはもちろんですが、訴えを起こせない方に対してはケアを担当する方々の注意・観察力で支えられるよう努めて行きましょう。

参考文献
1)Teramoto S. Fukuchi Y, Sasaki H et al: High incidence of aspiration pneumonia in community and hospital acquired pneumonia in hospitalized patients: a multicenter, prospective study in Japan. JAGA56: 577-579,2008
2)山谷睦雄:誤嚥性肺炎の予防における口腔ケアおよび歯科診療の重要性.老年歯学.34-3.2019. P361-4

*写真は、許可を得て撮影しています。

埼玉県総合リハビリテーションセンター 言語聴覚科 / 埼玉医大福祉会
カルガモの家    特別養護老人ホーム あすなろの郷浦和
清水充子

多系統萎縮症における嚥下障害と生命予後(2024/12)

多系統萎縮症(multiple system atrophy;MSA)においては,パーキンソン症状,小脳症状,自律神経症状など多彩な症状が出現し,疾患修飾治療法が確立されていない難治性神経疾患です。死因も多岐にわたっており,声帯麻痺などによる上気道閉塞,起立性低血圧による循環不全,中枢性低換気などMSAに特有なもののほか,嚥下障害による誤嚥性肺炎も生命予後に影響する重要な合併症です。

MSAの生命予後予測因子としては性別,発症年齢,臨床亜型(MSA-P,MSA-C),声帯麻痺,膀胱直腸障害(尿道カテーテル留置),起立性低血圧・失神などが挙げられておりますが,とくに発症から3年以内に自律神経症状が出現した場合は予後が悪いとされています。一方,嚥下障害の発症時期と予後との関連についてはこれまで明らかにされていませんでした。最近,私たちの施設からMSAの嚥下障害と生命予後に関する論文が発表されましたので,ご紹介いたします。

297例のMSA患者に対する後方視的研究で,発症3年以内の嚥下障害の出現と兵藤スコアを調査し,生命予後(死亡もしくは気管切開までの期間)との関連を調べたものです1)。兵藤スコアは内視鏡で嚥下状態を評価するスコアで,0〜12点で評価されます。297例中90例の患者が発症3年以内に自覚的な嚥下障害が出現しており,嚥下障害が早期に発症した群の50%生存期間は発症後約5年,3年以後に嚥下障害が発症した群の50%生存期間は発症後約10年と,大きな差がありました。90例中75例で兵藤スコアが評価されており,初回検査で5点以上だと極めて予後が悪いことがわかりました。この傾向はMSA-C・MSA-Pの両亜型でも同様でしたが,MSA-Pの方が嚥下障害の生命予後に対する影響は強いものでした。

また35例でdopamine transporter (DaT) SPECTを検査し,兵藤スコアとの関連を調べたところ,DaT SPECTのspecific binding ratioと兵藤スコアは有意な負の相関を示しました2)。これはMSA-PでもMSA-Cでも同様で,黒質線条体のドーパミン作動性ニューロンの変性と,嚥下障害の症状との強い関連性を示唆する結果でした。

嚥下障害はMSAにおいては必発の症状ですが,食べる楽しみやquality of lifeを損なうだけでなく,生命予後にも強い影響を与える因子であることがあらためて証明されました。とくに発症後3年という短い期間で嚥下障害が出現する患者さんには,早急な対応が必要であると言えます。診断時の栄養障害(低体重や低血清アルブミンなど)も生命予後を予測する因子であると言われており,MSAでは早期から栄養管理と嚥下評価,そして適切な時期での経管栄養導入が必要であると言えます。

論文

1)   Wada T, Shimizu T, Asano Y, et al. Early-onset dysphagia predicts short survival in multiple system atrophy. J Neurol 2024;271:6715-6723.

2)   Wada T, Sugaya K, Asano Y, et al. Association of dysphagia severity in multiples system atrophy with the specific binding ratio on dopamine transporter SPECT. J Neurol Sci 2024;463:123116.

東京都立神経病院 脳神経内科 清水俊夫

老健で経験したビタミン、微量元素の欠乏症について(2024/11)

老健施設の入所者をみると時々軽い大球性貧血があることがあり、職場検診と比べるとやや多い気がする。

アルコール歴や胃切除後もあるが、入所前に自宅で十分な食事が取れていなかったり薬のように処方でき自己負担は少ないが微量元素配合に難のある経腸栄養剤をとっていたりする。プロトンポンプ阻害剤の長期使用も多く、微量元素やビタミンB12の欠乏症を来しやすい素地はある。

さて、84才のアルツハイマー型認知症の患者さんでBPSDが収まり認知症病棟から当老健に入所された。Hb 10.6 g/dL  MCV 110 fLと大球性貧血はあるが胃切除後でなく食欲もあり常食を食べ、しばらくは何もなかった。半年が過ぎ少し食欲の無い日があるようになりHb 9.3 g/dL  MCV 118.6 fLと大球性貧血の悪化をみた。その後尿路感染で39℃発熱した。抗生剤と補液を1週間した。禁食ではなかったが5割程度の食欲だった。尿路感染は良くなったが血液検査でHb 6.1 g/dL  MCV 127.3 fLと強い大球性貧血が出て精査入院となった。消化管に出血はなく胃内視鏡で萎縮性胃炎と診断され、輸血2単位をした。ビタミンB12,血中Feが低くビタミンB12と鉄剤が補充されHb 11.8 g/dL  MCV 109 fLと改善。またセレンも低値だった。

萎縮性胃炎では胃壁細胞が萎縮し胃酸や内因子の分泌が低下しビタミンB12,Fe,セレンなどの吸収障害を引き起こす。症状はあまりなく大球性貧血で気づかれることも多い。

老健は病院と違い精査はできず症状がなければ長期に過ごすことが多い。ただ今回のように感染をきっかけに短期間で急に症状が現れることもあり冷汗をかく。幸い患者はビタミンB12、Feは薬で補充しセレンは栄養補助食品で補充しBPSDもなく食欲も出て穏やかに過ごされるようになった。

介護老人保健施設いなば幸朋苑 施設長 金藤大三

筋ジストロフィーの摂食嚥下障害について(2024/10)

筋ジストロフィーの中で最も頻度が高いデュシェンヌ型筋ジストロフィーは,ジストロフィン遺伝子の変異により発症する筋疾患です。歩き始めは周りの子どもと同じ時期になりますが,膝に手をつかないと立ち上がれないガワーズ徴候があり,3歳からは周りの子どもより運動機能の発達が緩やかであることに気づかれます。進行性の筋力低下を主症状とする疾患で,小学生頃には車いすを使用するようになり,徐々に心機能の低下,呼吸機能の低下が出現し,活動が制限されます。

近年の論文では,自閉スペクトラム症の有病率が3~19%,注意欠如多動症の合併率が11.7~32%との報告1)がみられます。

筋ジストロフィーの摂食嚥下障害では,運動機能障害として筋力低下に伴う口唇閉鎖不全,舌運動障害,咀嚼運動障害があります。また,咽頭筋力低下による食べ物の送り込みの障害,食道括約筋の機能低下することによる食べ物の食道での詰まり,上肢筋力低下による自食困難,姿勢保持困難,呼吸不全に伴う嚥下困難などがみられます。それに加えて自閉スペクトラム症,注意欠如多動症に伴なう嚥下機能障害も合併する可能性が考えられます2)(図1)。

文献2から興味ある知見を抜粋させていただきました。ご参考にして下さい。

1)  Hendriksen,J.G.,Vles,J.S.,“Neuropsychiatric Disorders in

Males with Duchenne Muscular Dystrophy:Frequency Rate of Attention-deficit Hyperactivity Disorder(ADHD),Autism Spectram Disorder,and Obsessive-compulsive Disorder”,   J Child Neurol 23(5),pp477-481,2008.

2)  中村由紀子,稲田穣編著「発達障害や身体障害のある子どもへの摂食嚥下サポート」Chapter3発達障害のある子ども②筋ジストロフィー 中央法規出版,2024年,p58.

202410

出典:一般社団法人日本小児神経学会HP「小児神経Q&A Q94」

https://www.Childneuro.jp/modules/general/index.php?content_id=122    (閲覧2024.4.27) 文献) より引用

図1 発達障害にはどのような疾患が含まれますか?

国立病院機構千葉東病院 歯科

大塚 義顕

咽頭期嚥下の惹起を促す干渉波電流刺激の有用性  延髄外側症候群の重症例について(2024/09)

延髄外側症候群では疑核、孤束核、延髄網様体を中心として構成される嚥下中枢が障害され、嚥下障害を高率に合併します。その病態は主に咽喉頭麻痺、咽頭期嚥下の惹起不全、パターン異常などです。そのうち、咽頭期嚥下が惹起されない場合には、誤嚥しやすく重症化します。この場合、様々な嚥下訓練を試みますが、効果のない場合には、これまで手術治療を施行されてきました。

近年、干渉波電流刺激(interferential current stimulation以下,IFC刺激)により咽頭期嚥下の惹起を促すことで経口摂取が可能となる症例が報告されています(嚥下医学2024)。IFC刺激はこのコラムでも2018年に紹介されています(嚥下リハビリテーションにおける感覚閾値電気刺激の有用性2018/01)。IFC刺激とは、周波数のわずかに異なる2 つの中周波電気刺激を直交させて局所に与えることによって,局所に波の干渉による「うねり」を生じさせ,深部組織を刺激する治療法です。主に感覚インパルスの賦活を治療ターゲットとした電気刺激です。頸部へのIFC刺激が咽頭および喉頭の求心性神経を刺激することで,その感覚情報が孤束核および隣接する嚥下関連ニューロンまで伝達され、IFC 刺激の相乗効果として嚥下関連ニューロンの発火頻度を上昇させたことが報告されています。

これまで、臨床的には脳血管障害、パーキンソン病、慢性閉塞性肺疾患、認知症、誤嚥性肺炎などの疾患に対する治療報告がありました。咽頭期嚥下の惹起の遅延に対する効果のみならず、延髄障害による惹起不全に対しても効果があることがわかってきました。中司らは頭部 MRI 画像で孤束核を含む病巣を認める延髄外側梗塞の2症例を提示しており、喉頭内視鏡検査では延髄病巣側の喉頭内転筋反射の惹起が不良で嚥下造影検査では咽頭期嚥下が惹起されず、孤束核の障害が疑われました。この症例に干渉波電流刺激を施行したところ,直後に咽頭期嚥下が惹起されて経口摂取の開始が可能となりました。IFC刺激による延髄健側の孤束核への感覚入力によって咽頭期嚥下が惹起されたと考えられています。また、咽頭期嚥下が惹起されることで嚥下動態が明確となり、対応方法を検討することが可能です。今後、IFC刺激により重症の嚥下障害に対する手術適応も変化する可能性があります。少数例の報告ですので、今後の治療報告の集積が期待されます。

 

・中司梨江,巨島文子, 他: 延髄外側梗塞による嚥下障害に干渉波電流刺激が有効であった2 例. 嚥下医学 13:63-70,2024

・Sugishita S, et al.Effects of Short Term Interferential Current Stimulation on Swallowing Reflex in Dysphagic Patients.International Journal of Speech & Language Pathology and Audiology 3:1-8, 2015

・Umezaki T, et al:Supportive effect of interferential current stimulation on susceptibility of swallowing in guinea pigs. Exp Brain Res 236:2661-2676, 2018

諏訪赤十字病院 リハビリテーション科

巨島 文子

進行性核上性麻痺の頸部後屈と嚥下障害(2024/08)

進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy;PSP)は、有効な薬物療法がないこともあり、パーキンソン病と比べて進行が速く、PSP–Richardson syndromeを含めたサブタイプの大半は罹病期間が5~10年とされています。死因には転倒による外傷の他、誤嚥性肺炎、窒息、栄養障害があり、原因として考えられる嚥下障害は、PSPの進行過程で80%の患者に出現します。嚥下障害の内容としては、舌の協調運動障害、咀嚼障害、咽頭への送り込み障害、口腔や咽頭の残留、嚥下反射の惹起遅延、喉頭侵入と誤嚥、上部食道括約筋の弛緩不全、食道通過障害など多岐にわたりますが、認知機能の低下や頸部後屈(左上図;進行とともに頸部が後屈することがあります)の影響も大きいとされています。

筆者らが56名のPSP患者を追跡した結果では、発症、診断、最終評価の平均年齢はそれぞれ 67.6 ± 6.4 歳、71.6 ± 5.8 歳、75.4 ± 5.6歳であり、平均追跡期間は64.6 ± 42.8か月でした。その間、24名(42.9%)の患者は経口摂取を継続していましたが、32名は経管栄養管理となり、その内16名は胃瘻造設を受けていました。診断時点での認知機能低下の有無(p<0.01)、初回VF評価時点での誤嚥の有無(右下図;p<0.01)、または診断時点での体軸固縮(頚部体幹に固縮が強く発現することがあります)の有無(p<0.05)が経口摂取を中止するまでの期間に影響を及ぼしていました。さらに、頸部後屈患者の多くに体軸固縮が認められ、両者の間には有意な相関関係が認められました(左下図;p<0.01)。

調査結果から、認知機能低下、体軸固縮、頸部後屈はPSPの嚥下障害に影響を及ぼしており、経口摂取の断念に繋がっていることが示唆されました。PSP患者の予後予測をするためにはこれらの所見を早期発見することが求められますが、頸部後屈が進行して舌根沈下すると、気道が狭くなり、気道閉塞を繰り返す場合は、気管切開が必要となることもあります。頸部後屈が一旦出現すると、有効な誤嚥防止策に乏しいのが現状です。

Iwashita Y, Umemoto G, et al. Front Neurol (2023) 14:1259327

 

福岡大学病院摂食嚥下センター 梅本丈二

20240822

:PSPは古典型PSPと称される症候群であるRichardson syndromeと、症状に左右差がありレボドパにある程度反応するParkinson病類似の臨床像を呈するものに分けられています。

水分摂取も共有意思決定支援のひとつ(2024/07)

 

私たちは体内の水分が2%失われると運動能力が低下し始め、3%で食欲不振などの症状、4~5%で脱水症状、10%以上になると死に至る危険があります。このように、水分摂取は私たちにとって欠かすことが出来ません。しかし、嚥下障害が起きると、むせを避けるために水分摂取を拒否することがあります。身体に必要な水分を十分摂取できない患者がいる一方で、医療者のアドバイスに従えず、アドバイスとは異なる方法で水分を摂取して誤嚥性肺炎を繰り返し、水分が身体に十分摂りこまれない患者もいます。

医療者側のアドバイスを患者側が理解し継続するためには、医療者からの一方的な指導ではなく、患者個人の生活背景や価値観などを共有して一緒に決定していく、【共有意思決定支援(shared decision making)】がとても大切になります。

入院時や外来での患者とのやり取りで、「水分にとろみを付けることを勧められたが、ドロドロは嫌だ。」「とろみを付けた水分を出されたが、ベタベタして飲めなかった。」「むせるから水分は飲みたくない。」との訴えを聞くことがあります。水分摂取方法を検討する時は、とろみ調整食品導入前に口唇や舌の動き・嚥下反射のタイミングなどを考慮し、まず食具を選択し、姿勢や一口量の調整を確認してみます。とろみ調整食品を用いる必要がある場合は、患者個人の粘性のある物へのイメージを医療者側が把握するよう努めます。例えば、普段から少しとろみが付いているもの(ポタージュスープ・くず湯・100%の野菜ジュース・ネクター・ゼリー飲料など)を好んで摂取しているかを確認してみるのも良いでしょう。「ポタージュスープは飲みやすい」という場合は、薄いとろみから試してみると良いかもしれません。

患者にとって必要な粘度を医療者が一方的に伝えるのではなく、“ どのような方法ならば摂取できそうか ” をまず検討することが、前向きなアドヒアランスにも繋がります。普段から患者の生活を観察し、コミュニケーションをとり、退院後も継続しやすい個々に合った水分摂取方法を見出すための支援がとても大切です。そのためには、“ 提案し支援する ” 私たち看護・介護者が、患者の思いに寄り添う気持ちや工夫しつづける謙虚な態度を忘れないでいたいものです。

主な参考文献

*藤谷順子:嚥下調整食のコンプライアンスとアドヒアランス.The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine. 2022 ; 59 : 292-298

*有本正子.他:食べる楽しみ,味わう喜びへの支援-食事のQOL-. The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine. 2021 ; 58 : 905-911

国立精神・神経医療研究センター病院 看護部 臼井晴美

多系統萎縮症の嚥下障害への包括的な支援(2024/06)

多系統萎縮症(multiple system atrophy;MSA)は小脳系,錐体外路系,自律神経系を中心に,錐体路系にも変性が及ぶ孤発性の神経変性疾患で,臨床症状から小脳失調が優位な症例はMSA-C(multiple system atrophy,cerebellar variant;MSA-C),パーキンソニズムが優位な症例はMSA-P(multiple system atrophy,parkinsonian variant;MSA-P)の二つの病型に分類されます.進行を抑える有効な薬は無く、介助歩行となるまで3年、車椅子使用まで5年1)と報告されており介護生活を余儀なくされますが、顕著な自律神経障害を伴うこと、また認知機能低下もみられること、それにもかかわらず社会的に認知度が低いことなどから介護の現場では対応に苦慮する事が多いと言えます。

当院では昨年度よりMSAの患者さんを対象に2週間程度(ポリソムノグラフィーをおこない鼻マスク式人工呼吸の導入や調整を行う場合は4週間程度)の「在宅サポート入院」を開始しました.在宅生活を送っている患者さんを対象に各専門職種が身体機能評価し、治療方法やリハビリプログラム、在宅環境整備などを在宅関係者に提案することで、より充実した在宅生活が送れるよう支援する企画入院です。アドバンス・ケア・プランニング(ACP)も組み込み、患者さん・ご家族が病気を理解し納得できる治療選択ができるよう努めています。今までに15名の患者さん(MSA-P 4名・MSA-C 11名、年齢66±8.3歳、罹病期間3.5±3年)がこの在宅サポート入院を利用されましたが、その中での嚥下チームの取り組みをご紹介します。

MSAにおいては高頻度で嚥下障害が出現するため、診断直後及び定期の評価が重要2)とされており当院でも嚥下造影検査(VF)による評価と嚥下訓練や食事形態の指導、退院時は在宅関係者会での情報提供という流れで介入します。また嚥下機能評価はACPの重要な事前情報となりうるので関係スタッフに速やかに情報提供するのも役割の一つです。

今回入院された15名のうち嚥下障害の自覚のある方は3名でしたが、VFでは14名に嚥下反射遅延を、11名に喉頭侵入を、3名に誤嚥を認めました。やはり早期からの客観的評価は必須と言えます。しかし評価ができても対策は容易ではありません。好みに合わない嚥下食は頑なに受け入れない、食事形態の指導をしても応用ができず食品ごとに質問を繰り返す、など指導にはしばしば難渋しました。その要因の一つには認知機能低下があると考えています。MSAは一定割合で認知症を認めるとされており3),その特徴としては遂行機能低下の頻度が最も高く,注意機能,作業記憶,視空間機能などの障害があると報告されています4.5)。今回も15名中14名に認知機能低下を示唆する神経心理学的検査結果を認めました。指導は聴覚的だけでなく図表を用いて視覚的にもおこなうこと、キーパーソンにも指導し協力を仰ぐこと、認知機能障害が軽度な早期に指導を開始すること、評価や指導内容を地域の関係者に引き継ぐこと等が大切と感じました。

多彩な症状を示すMSAにおいては「家族を含むチーム医療と地域連携」といった包括的な支援が重要であり在宅サポート入院の有用性を再認識しています。

 

1)Watanabe H,Saito Y, Terao S, et al:Progression and prognosis in multiple system atrophy: an analysis of 230 Japanese patients. Brain, 125(5) :1070-83,2002
2)Calandra-Buonaura G, et al: Dysphagia in multiple system atrophy consensus statement on diagnosis, prognosis and treatment.Parkinsonism Relat Disord, 86:124-132, 2021
3)安井建一,北山通朗,中島健二ら:多系統萎縮症の認知機能.神経内科,84(5);447-451,2016
4)Stankovic I,Krismer F, Jesic A,et al: Cognitive impairment in multiple system atrophy: a position statement by the Neuropsychology Task Force of the MDS Multiple System Atrophy (MODIMSA) study group. Mov Disord ,29(7); 857-67,2014
5)渡辺宏久,陸雄一,中村友彦ら:多系統萎縮症の病態と症候の広がり.臨床神経学,56(7);457-464,2016.

 

国立病院機構 高松医療センター リハビリテーション科 三好 まみ

国立病院機構 高松医療センター 神経内科 市原 典子

耳鼻咽喉科領域と他科領域における嚥下に関するmiscommunicationについて(2024/05)

この僅か20年間で嚥下障害に対する取り組みは、嚥下性肺炎による死因順位の上昇とともに、この分野にたずさわる医療人口が急増し、多くの診療科がこの分野に興味を抱くようになりました。また、ほぼ時を同じくして言語聴覚士が国家資格化されたこととも関連しているでしょう。いずれにしても多診療科、多職種間で協力できる方向へ向かっていることは大きな進歩かもしれません。とはいえ、咽喉頭領域の発生、解剖、生理、原因疾患、病態生理と治療を本業とする耳鼻咽喉科医にとって、リハビリテーション領域はじめ他科領域からみる嚥下や気道防御反射の捉え方について、違和感を覚えることが少なくはありません。勿論、逆もまた然りでしょうし、喉頭科領域を専門としない耳鼻咽喉科医にも同様のことが当てはまります。これから述べるような見解の行き違いmiscommunicationはどうして生じるのでしょうか。そのような誤解の多くは不正確な知識や認識の違いに由来するものと思われます。嚥下関連筋の多くは,第4 鰓弓由来の特殊内臓筋(special visceral efferent:SVE )であり,潜在的に呼吸性の活動を有しています。内喉頭筋は,声帯が呼吸に同期して運動しているので呼吸筋として認識しやすいですが,咽頭収縮筋は通常,呼息相に同期して両側に引き合っているので、この不随意の周期的筋活動そのものを通常は観察できません。Wallenberg症候群や頸静脈孔症候群などにおいて,患側咽頭収縮筋が麻痺すると呼息や発声で健側に咽頭壁が偏位するので、いわゆるカーテン徴候としてはじめて認識されます。さらに重要な特性としては,組織学的に横紋筋であるためか,多くの嚥下関連筋が発生生理学的に特殊内臓筋SVEであることがあまり認識されていないことです。例えば,喉頭において右の声帯と左の声帯を随意的に別々に動かすことは不可能ですし、同様にいくら思い念じても咽頭期嚥下のシークエンスを意図的に再現することは不可能です。これと併せて,咽喉頭感覚が一般内臓感覚( general visceral afferent:GVA )であることもあまり認識されていないというより一般体性感覚(GSA)扱いされている文献も現に少なくありません。このような誤解からか、場合によっては原理的に不可能な訓練や手技を推し進められ、成果が出ない場合は自分の努力が足りないからに違いない、と自分を責めていらっしゃる患者様もこれまで少なからず拝見してきました。このようなことは双方にとって不幸なことです。

我が国において、もっとも歴史ある嚥下関連学会でも前身を含めても半世紀弱、多診療科および他職種が参入するようになって約四半世紀、まだまだ積み上げるべき歴史が足りないのかもしれませんが、願わくは、分野を超えても拠って立つべき原理・原則は共有したいものです1)。そのためにも嚥下障害に限らず、同一病態の概念を多くの分野の人が共有するには、学術用語の定義というものは非常に重要なものだと認識されるべきでしょう。医学用語の問題についてはまた別の機会ということでコラムを閉じたいと思います。

1)梅﨑 俊郎:ファンダメンタル嚥下医学のすすめ.嚥下医学11, 141-151, 2022.

福岡山王病院 音声・嚥下センター 梅﨑俊郎

神経難病の摂食嚥下障害患者への対応における看護師の役割(2024/04)

神経難病の摂食嚥下障害の合併症状は早期からみられることもありますが、多くの場合は緩徐に進行します。パーキンソン病患者の摂食嚥下障害については主観的症状から推定された障害は35%でも、客観的測定では82%1)で障害を認める報告があり、自覚情報に加えて客観的評価からも適切な対応が必要です。また、筋萎縮性側索硬化症は咀嚼障害、舌筋萎縮、咳反射の低下2)があり、嚥下関連筋の筋力低下による嚥下圧低下が障害の中心3)でもあります。嚥下障害に影響を与える要因には各疾患の病態の特徴や体重減少、筋萎縮、筋肉量の不可逆的な減少などがあり適宜評価が必要です。患者の経時変化をきたす因子には心身の動き、経口摂取量、摂食嚥下機能、基礎代謝量に伴う総エネルギー必要量などがあります。例えば、「体重の減少」「食物が喉にひっかかる」などEAT-10(簡易嚥下状態評価)による主観的評価とMNA(簡易栄養状態評価)による栄養状態低下の関連4)や、疾患の病期によるエネルギー代謝の変容、嚥下障害、呼吸障害、運動失調による栄養障害の特徴5)が示されています。これらの対応には、嚥下調整食の提供、摂取方法の検討、介助の程度の検討、栄養摂取手段や栄養状態の改善などがあり、さらには患者の意思や苦痛も配慮し、QOLが低下しないよう楽しみや自尊心の維持を含めて多職種で包括的に目標を考えることが理想です。

多職種が関わる中で看護師の役割には、主観的な症状の観察や客観的評価に関するスクリーニングなどから、早めに専門職との協働に繋げることや家族や介護職へ適宜説明することなども含まれます。看護師役割の質の向上を行うには、例えば、嚥下調査票による主観的、客観的な評価を看護師が行うことで、摂食嚥下に関する症状の評価から適切な食形態や食行動の対応を検討でき、患者や家族への指導が向上する6)報告があります。これは症状の根拠についての知識を深めることで判断力が向上し、患者の意欲に添う状況ともなりえます。また、客観的評価の検査結果の情報も重要視し、他職種と協働しながら患者と関わる経験から質を向上することも考えられます。

神経難病の摂食嚥下障害の関わりは長期に渡ります。在宅療養においても摂食嚥下調査票(EAT-10など)を用いて主観的症状を確認することは可能です。あるいは、病院の専門的な評価がある場合は、機能の面に介護環境の面を加えて個別性を考慮し、生活の場で実施可能なプランを模索します。看護師は先を見据えて患者や家族と話し合い、QOLが低下しない配慮を行いながら適宜知識や技術を提供する必要があります。そのためには、可能な限り経口摂取の可能性を探る、リスクに備えながら安全安楽な介助を行う、介護・看護職が省察的実践による支援をする、家族や介護職に状況を説明し経口摂取の継続・中止の合意を得る7)のような行動や主介護者への摂食嚥下リハビリテーション教育8)などをプランに取り込めると良いのではないかと考えます。これら、患者や家族への関わりや多職種協働の調整など、看護師の役割を遂行する取り組みは重要です。

1)Kalf JG, et al:Prevalence of oropharyngeal dysphagia in Parkinson’s disease:a meta-analysis. Parkinsonism and Related
Disorders 18,311-315.2012.
2)Ruoppolo G, et al:Dysphagia in amyotrophic lateral sclerosis:prevalence and clinical findings. Acta Neurol Scand. 128(6),397-401.2013.
3)市原典子 : 筋萎縮性側索硬化症.病院と在宅をつなぐ脳神経内科の摂食嚥下障害.野崎園子(編).pp12-17.2018.全日本病院出版会.
4)斉藤雅史:神経難病患者における簡易嚥下状態評価(EAT-10)と栄養状態との関連.難病と在宅ケア.28(1),33-36.2022.
5)能勢彰子:神経難病の疾患ごとの特徴に合わせた栄養管理.難病と在宅ケア.29(8),20-23.2023.
6)北村智美他:摂食嚥下調査票導入による看護師の摂食嚥下評価の変化.日本摂食嚥下リハビリテーション学会誌.22(3),273-277.2018.
7)清水みどり他:摂食嚥下機能低下を認める特別養護老人ホーム入所者の経口摂取支援のための看護職役割行動指標の作成―看護-介護連携に着目してー.千葉看護学会誌.23(1),11-20.2017.
8)松田明子:摂食・嚥下障害の症状の改善をめざした主介護者に対する教育介入研究.日本摂食嚥下リハビリテーション学会誌.7(2),126-133.2003.

旭川医科大学医学部看護学科看護学講座    山根 由起子

偽性球麻痺の診断方法(2024/03)

延髄の運動神経諸核の上位運動ニューロンが障害されることで,延髄の障害による球麻痺と似た症候を示すものを偽性球麻痺(pseudobulbar palsy)と言います.以前は仮性球麻痺と記載されていましたが,pseudoは「似て非なるもの」を意味するので日本神経学会では偽性球麻痺と称することを推奨しています.嚥下障害の診断や治療に携わる医療従事者なら,偽性球麻痺の患者さんを診たことがあるでしょうが,その診断はどのようにしていますでしょうか?
偽性球麻痺の神経所見として成書に記載されているものは,下顎反射亢進,軟口蓋反射消失,咽頭反射亢進,四肢腱反射亢進,バビンスキー徴候陽性などがあります.これらの所見は重要ですが,それぞれ問題があります.下顎反射や咽頭反射は健常人でも反応が様々であり,亢進しているかの判定に迷います.軟口蓋反射や咽頭反射は刺激の加減が難しく,強く刺激すると催吐反射を起こしてしまい,これらの反射の観察が出来ません.四肢腱反射亢進やバビンスキー徴候は皮質脊髄路の障害を反映しており,皮質延髄路の障害を示しているわけではありません.
そのなかで私たちが大切にしている所見はspeech-swallow dissociation (SSD) in velopharyngeal closureです.これは鼻咽腔閉鎖(口蓋帆・咽頭閉鎖)が発声時は不良だが,嚥下時は良好である所見です1-5).この所見の解離は発声と嚥下における神経経路の違いで説明できます.つまり,大脳からの神経経路(上位運動ニューロン)が障害されると発声が障害されるが,嚥下は延髄のcentral pattern generatorからの入力があるので保たれるとの考え方です.言わば一種のautomatic-voluntary dissociationと言えるでしょう.私たちの筋萎縮性側索硬化症の患者さん50名の検討では,18名が鼻咽腔閉鎖においてSSDを示しました.そしてSSDとバビンスキー徴候(皮質脊髄路障害)は相関していませんでしたが,SSDと感情失禁(皮質延髄路障害)に強い相関を認めました4)
SSDは喉頭内視鏡でないと確認できない所見ですが,血液検査や画像検査で異常がなく,嚥下障害の病巣レベルの診断に難渋する際にご確認ください.

文献:

1)   藤島一郎.ワークショップII.座長記.嚥下障害と構音障害―病巣部位と経過―.    高次脳機能研究 2010; 30: 404-6.
2)  谷口洋,他.検査からみる神経疾患.嚥下内視鏡検査.Clinical Neuroscience 2019; 37: 483-5.
3)  谷口洋,他.私の治療方針.球症状を呈し,重症筋無力症と筋萎縮性側索硬化症の鑑別を要した76歳女性例.嚥下医学 2021; 10: 53-61.
4)  Yaguchi H, et al. Fiberoptic laryngoscopic neurological examination of            amyotrophic lateral sclerosis patients with bulbar symptoms. J Neurol Sci 2022; 440: 120325.
5)  Miyagawa S, et al. Speech-swallow dissociation of velopharyngeal incompetence with pseudobulbar palsy: evaluation by high-resolution manometry. Dysphagia 2024. Doi: 10.1007/s00455-024-10687-1. [Online ahead of print]

東京慈恵会医科大学附属柏病院 脳神経内科 谷口 洋

進行抑制とQOL向上に向けたALS栄養療法の展望(2024/02)

筋萎縮性側索硬化症(ALS)における栄養療法は,患者のQOL(Quality of Life)の維持向上と疾患の進行抑制に不可欠です.ALSでは初期段階からエネルギー代謝が亢進し,これにより体重減少がもたらされることが知られており,体重減少は生命・機能予後不良因子と考えられています.特に,病状に伴う活動量の低下にもかかわらず,ALS患者は健常人に劣らない高エネルギー代謝状態を示すという研究結果があります[1][2].エネルギー代謝の亢進の背後には,視床下部病変を含む複数の因子が関与していると考えられています[3][4].

嚥下障害や食欲の低下,呼吸筋麻痺に起因する呼吸機能障害など,ALSの多様な症状は患者の喫食量を減少させ,低栄養と体重減少へとつながる負のスパイラルを引き起こします.栄養療法による体重減少の予防は,このスパイラルを断ち切り,ALSの進行抑制に寄与すると考えられています.

さらに,一般人口においては生命予後に悪影響を及ぼすとされる高脂質血症が,ALS患者においては進行抑制に寄与する可能性が示唆されています[5][6][7].神経細胞内のグルコース代謝障害が生じる中で,LDLコレステロールや中性脂肪が代替エネルギー源として利用される”fuel shift”が起こることが,この保護的作用のメカニズムとして提唱されています[8][9].胃瘻造設後のALS患者に対する高エネルギー療法が生命予後を改善したという報告[10]や,病初期,特に進行の早いALS患者群では高脂肪食の追加摂取が生命予後を改善することが報告されています[11].また興味深いことに,高GI (glycemic index) や高GL (glycemic load)食を多く摂取していた群で,ALSの進行が遅いという報告もされており[12],従来の生活習慣病の予防・治療で推奨される食事指導とは異なるアプローチが特に病初期のALS患者には適しているのかもしれません.

ALSにおける栄養障害の理解を深め,適切な栄養療法を提供する必要性がますます高まっています.このためにはALSの特性を踏まえた上で,個々の患者に合わせた栄養管理が重要です.ALSのエネルギー代謝の特異性を考慮した栄養療法は,従来の栄養指導の常識を覆す可能性を秘めています.今後,ALSのエネルギー代謝の特異性の解明とそれら考慮した栄養療法の開発が,さらに進むことが期待されます.

東京都立神経病院 脳神経内科

木田耕太

引用文献:

1.Kasarskis EJ, Mendiondo MS, Matthews DE, et al. Estimating daily energy expenditure in individuals with amyotrophic lateral sclerosis. Am J Clin Nutr 2014; 99 (4): 792–803.

2.Shimizu T, Ishikawa-Takata K, Sakata A, et al. The measurement and estimation of total energy expenditure in Japanese patients with ALS: a doubly labelled water method study. Amyotroph Lateral Scler Frontotemporal Degener 2017;18(1-2):37-45.

3.Cykowski MD, Takei H, Schulz PE, et al. TDP–43 pathology in the basal forebrain and hypothalamus of patients with amyotrophic lateral sclerosis. Acta Neuropathol Commun 2014; 2 :171.

4.Gorges M, Vercruysse P, Muller HP, et al. Hypothalamic atrophy is related to body mass index and age at onset in amyotrophic lateral sclerosis. J Neurol Neurosurg Psychiatry 2017; 88(12): 1033–1041.

5.Chelstowska B, Baranczyk–Kuzma A, Kuzma–Kozakiewicz M. Dyslipidemia in patients with amyotrophic lateral sclerosis– a case control retrospective study. Amyotroph Lateral Scler Frontotemporal Degener2021; 22 (3-4): 195–205.

6.Chio A, Calvo A, Ilardi A, et al. Lower serum lipid levels are related to respiratory impairment in patients with ALS. Neurology 2019; 73 (20): 1681–1685.

7.Ingre C, Chen L, Zhan Y, et al. Lipids, apolipoproteins, and prognosis of amyotrophic lateral sclerosis. Neurology 2020; 94 (17): e1835-e1844.

8.Ferri A, Coccurello R. What is “hyper” in the ALS hypermetabolism? Mediators Inflamm 2017: Article ID 7821672.

9.Tefera TW, Tan KN, McDonald TS, et al. Alternative fuels in epilepsy and amyotrophic lateral sclerosis. Neurochem Res 2017; 42(6): 1610–1620.

10.Wills AM, Hubbard J, Macklin EA et al. Hypercaloric enteral nutrition in patients with amyotrophic lateral sclerosis: a randomised, double–blind, placebo–controlled phase 2 trial. Lancet 2014; 383(9934): 2065-2072.

11.Ludolph AC, Dorst J, Dreyhaupt J et al. Effect of high–caloric nutrition on survival in amyotrophic lateral sclerosis. Ann Neurol 2020; 87(2): 206-216.

12.Lee I, Mitsumoto H, Lee S, et al. Higher Glycemic Index and Glycemic Load Diet Is Associated with Slower Disease Progression in Amyotrophic Lateral Sclerosis. Ann Neurol 2024; 95(2): 217-229.

 

 

 

重症心身障害児(者)における医療・介護関連肺炎の原因菌について(2024/01)

  1. 医療・介護関連肺炎(nursing and healthcare-associated pneumonia:NHCAP)は,市中肺炎と院内肺炎の間に位置する医療ケア関連肺炎の定義に介護を強調して提唱されました1).中枢神経疾患等の合併,ADL低下,抗菌薬使用歴などが患者背景にありますが,主な発生機序は不顕性誤嚥のため,高齢者の誤嚥性肺炎の多い点が反映されています2).そのためADL不良患者に発症するNHCAP原因菌は,高齢者で検討されており1,2),児童や若年者についての検討はありませんでした.

そこで,中枢神経疾患によりADLの低下した重症心身障害児(者);重症児(者)のNHCAP原因菌,およびADLに関わる栄養摂取と呼吸管理による影響を検討しました3).対象は,重症児(者)男性5人,女性8人の計13人,中央値で19歳,全例が全介助,栄養摂取は経鼻経管7人,胃瘻6人,呼吸管理は気管切開4人,喉頭気管分離5人としました.方法は,唾液と非経口的に吸引痰を同時に採取し,唾液と喀痰に共通して分離培養された菌(共通菌)中のNHCAP原因菌を検討し,ADLの影響は被検者1人当たりの共通菌とNHCAP原因菌の株数を比較しました.その結果,唾液から96株,喀痰から82株が分離培養され,共通菌は49株でした.その内,NHCAP原因菌は36株で,唾液,喀痰各々の分離菌中38%,44%,また共通菌中73%を占めました.NHCAP原因菌の菌種は,口腔内レンサ球菌が11株と共通菌中22%と最多,次いでH. influenzaeが7株(14%),緑膿菌が5株(10%),MRSAおよびS. marcescensなど腸内細菌科が3株(6%)でした.これら5菌種は,高齢者で検討されたNHCAP診療ガイドラインのNHCAP原因菌であり1,2),また,本報告の被験者が入院する重症児(者)患者病棟で発症した呼吸器感染症の主な原因菌とも一致していたことから4),重症児(者)はNHCAP発症のリスクは高いと考えられました.

胃瘻と経鼻経管の被験者では共通菌とNHCAP菌の株数に違いはなく,胃瘻の誤嚥性肺炎予防効果は経鼻経管と差がない5)ことを示しました.しかし,喉頭気管分離の被験者では,共通菌の株数は施術なしが中央値で5株に対し,施術ありは2株と少なく(P<0.01),また,NHCAP原因菌の株数も施術なしが3株に対し,施術ありは1株と少ない結果でした(P=0.09).そのため,喉頭気管分離は口腔細菌の気管内への吸引を減らし,NHCAPの予防に有効であることが示唆されました.

文献

      1)日本呼吸器学会 医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン作成委員会編:医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン.日本呼吸器学会,東京,2011.
      2)Ishida T, et al. Clinical characteristics of nursing and healthcare-associated pneumonia:a Japanese variant of healthcare-associated pneumonia.Intern Med 2012;51:2537‐2544.
      3)福本 裕, 他.重症心身障害児(者)における唾液と喀痰に共通して分離される医療・介護関連肺炎原因菌について.環境感染誌 2015;30:249-256.
      4)赤池洋人,他. 重症心身障害児(者)病棟における呼吸器感染症治療の推移と検出菌の変化.日重障誌2008;33:87‐92.
    5)Marik PE. Aspiration pneumonitis and aspiration pneumonia. N Engl J Med 2001;344:665-71.

国立精神・神経医療研究センター病院総合外科部歯科 福本 裕

食と生を支えるコンサルタントナース活用のすすめ(2023/12)

摂食嚥下障害患者の食を支えるためには、摂食嚥下機能の評価や代償方法の検討、心理・社会面へのサポート、経口摂取を安全に行うための幅広い専門職からのアプローチが必要になります。しかし、摂食嚥下の専門家が在籍している施設はまだまだ多くはありません。そのため、摂食嚥下障害患者を支えている医療・福祉職一人ひとりが、摂食嚥下に関する基礎的な知識・技術をもちケアに携わることが大切になります。そこで、活用いただけるのがコンサルタントナースであると考えています。コンサルタントナースとは、「専門看護師や認定看護師の資格を持ち、外部からコンサルタントとして教育する専門性の高い全分野の看護師」を指します。現在6名のコンサルタントナースが活躍しており、このうち3名が摂食嚥下分野を専門とする食と生を支えるコンサルタントナース(以下コンサルタントナースとする)です。

関西を中心とした活動を行う「Taste&See」のコンサルタントナースである筆者は、2016年から現在まで、主に6カ月間(月1回~4回)程度の「食と生を支えるコンサルテーションプログラム(以下プログラムとする)」を20以上の病院などの施設に提供してきました。このプログラムは、摂食嚥下障害患者に関わる医療・福祉職が摂食嚥下に関する知識や技術を習得し患者のアドボケーターになることを目指しています。プログラム終了後には、「食べられないのは仕方ない・誤嚥をおこすのは高齢だからとあきらめや決め付けではなく、患者の口腔ケアと嚥下訓練を通して快のニーズに訴えかけられるようになってきました」などの感想が受講者から寄せられ、患者の喫食量の増加などの成果を認めています。また摂食機能療法や経口維持加算の算定による施設経営への貢献にもつながっています。

これらにより、コンサルタントナースが行う医療・福祉職に対するプログラムは、摂食嚥下障害患者の生活に寄り添い支える専門職の育成につながるものと考えられます。その他プログラムを提供しているコンサルタントナースは、千葉県にある「食べたい‐おくちから」と沖縄県にある「Comer」に所属しています。今後コンサルタントナースの活用がさらに広がることを期待しています。

 

 

参考: 「Taste&See」のホームページ https://taste-and-see.jp/

「食べたい‐おくちから」のホームページ https://tabetai-okuchikara.com/

「Comer」のホームページ https://comer.okinawa.jp/

Taste&See

西依見子

「パーキンソン病における胃ろう造設」について(2023/11)

第19回JSDNNM学術集会福岡大会(2023年8月)において、国際医療福祉大学の荻野美恵子先生のセッションでも取り上げられた「パーキンソン病における胃ろう造設」について、私見を交えて考察したいと思います。

 

パーキンソン病における嚥下障害

パーキンソン病(以下、PD)では、病期の進行とともに、約8割の患者さんで嚥下障害を合併するといわれています1。当院で死亡転帰まで追跡できたPD連続 91例の解析によると、誤嚥性肺炎および窒息が死因の約6割を占めており、それらの原因となる嚥下障害は生命予後に直結する重大な合併症であることがわかります。(図1)

 

進行期PDに特有の”悪循環”

その1 栄養の問題

摂食動作に必要な上肢・体幹の機能、および嚥下機能・認知機能が低下することから、食事・水分の摂取が必要量に満たなくなってきます。その結果、嚥下関連筋群の筋力低下だけでなく、栄養障害から免疫力低下をきたすために、さらに肺炎を発症しやすくなります。

その2 内服管理の問題

抗PD薬の薬効が得られている”on時間”には調子よく動けますが、薬効が切れる”off時間”には動きにくくなるというように、症状に日内変動が出てくるのが特徴的です。この時期には、頻回の抗PD薬の内服が必要になります。”off時間”には嚥下機能低下から抗PD薬の内服困難が生じるので、さらに動きが悪くなるという悪循環が生じます。そうすると、リハビリテーションも続けることができなくなり、パーキンソン症状が急激に悪化してしまいます。

これらの悪循環に陥らないために、確実に内服や食事を摂取できる経路として経管栄養(経鼻胃管あるいは胃ろう)の導入が検討されます。PDの経過については個人差があるもののかなり予測可能であることを考慮すると、胃ろう導入を含む進行期の治療計画のできるだけ早いうちからの情報提供が重要と考えられます。

 

胃ろう造設時の早期合併症

PD及びパーキンソン症候群の93例を解析した結果、最も一般的な早期合併症は誤嚥性肺炎 (22%) であり、次いで、創部感染 (8.4%)、腸穿孔 (1.2%)であったとの報告2があります。

術後の誤嚥性肺炎発症を防ぐためには、頻回の喀痰の吸引、体位交換、口腔ケアを含む、進行期PDに対応した介護・看護体制をとる必要があります。普段から診療を受けている脳神経内科以外での入院 (消化器内科や外科)になる場合には、事前の情報交換を行うなど特別な注意が必要です。

 

長期生命予後について

PDでは、胃ろう導入により確実に内服や食事を摂取できる経路ができることで、生活の質(QOL)を大きく改善することができます。しかしながら、さらに病気が進行すると薬が以前のようには効かなくなったり、誤嚥性肺炎を繰り返すようになります。その原因として、自身の唾液や胃内容物の逆流を誤嚥することが挙げられます。当院データでは、胃ろう造設後の生命予後は、症例によりばらつきがありますが、中央値で約2年という結果でした。(図2)

胃ろう造設後の生命予後及びQOLや、誤嚥性肺炎の反復を防ぐための戦略に関してのエビデンスは乏しく、今後のさらなる研究が必要と考えられます。

 

胃ろう導入における葛藤

嚥下障害が抗PD薬の服用に重大な問題を引き起こしていて、薬の投与により十分な臨床的改善が得られる状態なのであれば、胃ろうの導入を検討すべき時期かもしれません。しかし、胃ろう導入を決めることは容易ではありません。まず、胃ろう造設術を受けたいと最初から考える患者さんや家族はいません。また、いずれは経口摂取ができずに胃ろうからの栄養に依存する状態となり延命治療の意味合いが強まることから、多くは躊躇してしまいます。胃ろう造設術を決めきれないでいるうちに肺炎を繰り返し体重が激減して、その後にやっと手術を決められた、というケースも少なくありません。あるいは、在宅療養が困難となり施設入所となった際に胃ろうが望まれるというケースもあります。

嚥下障害や栄養障害の程度を見ながら複数回にわたり説明の時間をとること、また胃ろうの目的や予想される結果について誤解を生じさせないような説明を行うことが、PD進行期の治療において大事だと考えます。

 

文献

1 J G Kalf, et al. Parkinsonism Relat Disord. 2012;18(4):311-5.

2 Lisa Brown, et al. Mov Disord Clin Pract. 2020;7(5):509-515.

 

国立病院機構 宇多野病院

臨床研究部、脳神経内科

冨田 聡

神経筋疾患患者を入院から退院後までシームレスに介入する取り組み(2023/10)

神経筋疾患は疾患の進行と共に摂食嚥下機能・口腔機能が低下し,二次性のサルコペニアや廃用を伴うことで.誤嚥性肺炎発症のリスクが高まることが知られています。そのため,継続した摂食嚥下評価や口腔管理が望まれますが,病院と地域との連携が不十分である地域は少なくないと感じています。特に,地方でその傾向が強く,当院でも入院中は食支援・栄養管理を行うことで肺炎発症なく退院しますが,誤嚥性肺炎や低栄養・脱水で再入院を繰り返す患者が散見されました。そこで当院では,入院から退院後までシームレスに介入する,以下のような取り組みを開始しましたのでご紹介します。

1) 「口腔管理・食支援センター」の設立と「嚥下パス入院」の導入

当院では2020年より,歯科が入院中・退院後の食支援・摂食嚥下リハビリテーション・口腔管理を行っていました。しかし,歯科との標榜では従来のように「歯を治療する」イメージが強いため,病院内・外に向けて摂食嚥下リハビリテーションの窓口を明確にすることを目的に,2023年7月に「口腔管理・食支援センター」を設立しました1)。当センターの特徴は以下です。

①「食」に関する多職種が所属し,密に連携しながら専門的な検査,診断,訓練を実施し,入院中はもちろんのこと,退院後の栄養管理を考慮した最適な方針を検討

②「歯科」が入院中・退院後に介入し口腔管理を徹底することで,誤嚥性肺炎および全身への有害事象を低減

③摂食嚥下機能評価および集中的な訓練・代償法の検討が必要な方,明らかに栄養が効率的に充足できない方を対象に2週間短期入院「嚥下パス入院」の導入

特に,神経筋疾患では疾患の進行とともに,摂食嚥下機能と食形態が乖離し,窒息・誤嚥性肺炎・低栄養のリスクが高くなるため,「嚥下パス入院」にて定期的に摂食嚥下機能・栄養状態を再評価し,適した食形態や栄養摂取方法を提案しています。

 

2) 「訪問歯科診療」の開始

2022年8月より,摂食嚥下リハビリテーションに限って訪問歯科診療を開始しました。先述の再入院率にも繋がりますが,この背景には岐阜県では訪問で摂食嚥下リハビリテーションを実施している医療者,歯科医療者が著しく不足していることが挙げられます。そのため,地域歯科医師会と連携し,普段の口腔管理や症状が安定している方の食支援は歯科医師会の先生方にお願いし,当院では定期的な摂食嚥下機能評価で介入しています。

今後は地域と協力し,知識や技術をボトムアップしながら,地域全体で神経筋疾患患者,摂食嚥下障害患者をフォローできるシステムの構築を推進したいと思います。

1) 朝日大学病院  口腔管理・食支援センターHP:

https://www.hosp.asahi-u.ac.jp/shinryo/oralcarecenter/

朝日大学歯学部 摂食嚥下リハビリテーション学分野

朝日大学病院 口腔管理・食支援センター

谷口 裕重

嚥下機能改善手術と地域連携(2023/09)

重症の嚥下障害に対し、嚥下リハビリテーション治療の効果が乏しい場合、あるいは嚥下リハビリテーション治療で経口摂取が可能となっても十分でない場合には嚥下機能改善手術の適応の可否を考慮することになります。その際に大切なことはそれぞれの患者様の嚥下動態を正確に把握することです。嚥下動態のどの部分が不足しているのか、それを手術で補うとどの程度嚥下動態が改善するのかを予測し、最終的なゴールをある程度提示した上で、そこに向かって患者様だけでなく家族、医療スタッフの皆様と協力しながら治療を進めていく必要があります。嚥下動態を評価するためには嚥下造影検査が適しています。嚥下惹起性、咽頭クリアランスがどの程度障害を受けているか、喉頭挙上距離や舌骨の運動は問題ないか、誤嚥や喉頭侵入の有無など様々な項目を評価することで、どの手術を行うべきかを検討します。

嚥下機能改善手術を行ったあとは、嚥下リハビリテーション治療が必要です。そのためには手術後に適切な時期にリハビリテーション治療を開始し、その後スムーズに回復期病院あるいは生活期でのリハビリテーション治療へ繋げていく必要があります。また、リハビリテーション科との連携も重要になります。私達の施設では嚥下機能評価、リハビリテーション治療を含め、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、言語聴覚士、摂食・嚥下障害認定看護師、管理栄養士など様々な職種の方々とチームを組んで取り組んでいます。地域連携を充実させ、回復期病院での嚥下リハビリテーション治療、あるいは自宅退院が可能な方には生活期でのリハビリテーション治療について各施設の先生方と綿密に連携をとり、治療を行える環境を整えることを心がけています。手術の効果を十分出すためには手術の適応や手術手技も大切ですが、こういった地域連携の重要さをいつも感じています。

京都府立医科大学

耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教室

杉山庸一郎

摂食嚥下障害と薬剤選択の課題(2023/08)

2025年の超高齢社会に向けて、医療の機能分化から在宅医療の推進を転換していくことが課題である。「病院から在宅」への移行が明確に示された現在、摂食嚥下障害がある方においても生活を見据えた多職種との協働・連携マネジメント能力が看護師には求められている。

我が国の摂食嚥下訓練は脳卒中を中心で発展してきた。近年では、脳卒中の嚥下訓練を応用して、脳卒中以外の疾患が原因で生じた摂食嚥下障害に対して訓練を行うようになった。神経変性疾患をはじめ、悪性新生物、器質的疾患などの原因により嚥下動態は多岐にわたる。その背景から、嚥下障害がある方は様々な病態が存在し、また生活習慣病などの複数の疾患を合併していることが多い。また、複数の疾患により多種類の薬が処方され内服していることも多い。

神経疾患の進行に伴い、難治性嚥下障害となり、薬物療法を余儀なくされ、多剤で剤形も多様で服薬困難に陥りやすい。例えば、口腔内崩壊錠(以下、OD錠とする)は患者の「飲みやすさ」を考えて開発された。しかし、OD錠は口腔や咽頭で安易に溶解できるが、正常な嚥下は必須条件である。医療関係者側は薬剤を確実に投与したい、また、患者側は内服しないといけないと思っている。在宅では、想像を絶するよう内服できなかった量の薬がしばしば残っており、薬の調整を在宅医と検討している。病院から在宅に向けた退院支援が遂行している中、確実に薬が投与できる剤形や内服する手段を検討していく必要がある。

摂食嚥下障害がある方は病院だけで解決するものではなく、治療や嚥下評価を基盤とした薬剤の開発、生活支援の視点を考慮した在宅療養支援に繋げていければ幸いである。

医療法人道器 訪問看護ステーションつばめ

下條 美佳

啜って食べること(2023/07)

日本では、そば、ラーメン、うどんなどの麺類をすすって食べる習慣があります。「啜る(すする)」ことによって、味覚だけでなく、嗅覚や触覚等も使って麺類をよりおいしく味わえるという要素があります。麺をすする際に音を立てることも一般的です。一方、東アジア〜東南アジアでも麺類は頻繁に提供されるものですが、すすって食することはないようです。欧米では「すする」という行為自体がマナー違反とされており、もともと「すする」食べ方は欧米の慣習にはないのですが、彼らはマナー違反だからすすらないだけでなく、単に「すする」ことができないのも理由と聞いています。「すする」という食べ方は、日本独自のものと言ってよいのかもしれません。

嚥下障害をともなう神経筋疾患の患者さんや嚥下能力の低下している高齢者にとって「すする」という食べ方はかなり危険です。「すする」という動作は、「空気と共に吸い込んだ液体や食べ物を口腔内にとどめつつ、空気だけを気管に送り込む」ことです。すする時は「息を吸う状態」であり、喉頭蓋が開いているところに嚥下するため、誤嚥しやすい状態になります。嚥下能力が未発達あるいは低下しているケースでは、より誤嚥しやすいのは想像に難くないでしょう。嚥下に関与する職種の人なら、神経筋疾患の患者さんや医療機関・介護施設のスタッフから、「そばを食べていてむせた後から呼吸がおかしくなった」、「スープを飲んでいると咳き込んでしばらくしてから発熱した」、などといった誤嚥エピソードを一度は聞いたことがあるかと思います。誤嚥するリスクが高いとわかっているのに無理にすすって食べなくてもいいのでは、と多くの人が考えるかもしれませんが、上記の通り「すする」という食べ方は、日本人にとって切っても切れない文化とも言えるものです。麺類をすすって食べたいという患者さんや高齢者の希望はありますが、今のところ良い解決策は見いだされていません。食べやすいように麺を短く切っておくなどの工夫はありますが、希望されている「すする」には程遠いように感じます。食事の際に「誤嚥するから、音をたててすすらないでね」と言われると大半の方は控えるでしょうが、「思いっきり音を立ててすすりたい」という願望が残っている人も多いのではないかと思います。若くて健常だがすするという習慣がなかったためすすることができないといった人に対する訓練方法があるようですが、まだ科学的根拠も少なく、広く普及したものではないようです。当然嚥下能力が低下した患者さんなどを対象にするには時期尚早と考えられます。「すする」という食べ方を身につけられる、あるいは再習得できるような訓練方法等があれば一定の需要はあると思われます。私も含め日本人としていま一度「すする」という食べ方に目を向けてみるとよいと感じています。

近畿大学病院脳神経内科  寒川 真

食道が抗重力位となる姿勢での嚥下「腰上げ空嚥下(ブリッジ空嚥下)訓練」で食道を鍛える(2023/6より2025/1改訂)(2023/06)

「人は,逆立ちしてもなぜ飲めるのか?」.小学生の頃,逆立ちした状態でも食べることができた経験があり,浜松市リハビリテーション病院の藤島一郎先生と居酒屋で大真面目に議論した.宇宙飛行士を目指す知人にもその場で電話し,重力が嚥下機能に及ぼす影響について意見を聞いたりもしたが,「まずはやってみよう!」と自身が被検者となり,透視台で逆立ちした状態で嚥下造影検査を行った.食道内の食塊を,重力に逆らって食塊を送り込もうと強くぎゅーっと収縮する様子が観察され,とても印象的であった.

嚥下障害の診療では,食道期の評価も重要である.多くの神経筋疾患や高齢者では,食道内の残留や,胃の内容物の逆流による誤嚥性肺炎を認めることもしばしばある.我々は,抗重力位での嚥下では食道が強く収縮することを利用して「食道を鍛えることができないか?」と考えた.食道内圧検査として用いられる高解像度マノメトリを用いて,座位,臥位,抗重力位の腰上げ姿勢(ブリッジ姿勢)の3つの姿勢で食道機能を評価すると,座位→臥位→抗重力位と重力に逆らう姿勢になるほど,嚥下時の食道の収縮力と下部食道括約筋(lower esophageal sphincter, LES)圧が上昇した(図1)[1].そこで私たちは,抗重力位での嚥下は食道の収縮力を高め,胃から食道への逆流を防ぐLES圧を高める訓練になるのではないか?と考えた.腰を上げた姿勢での空嚥下(腰上げ空嚥下,ブリッジ空嚥下)を一定期間(1日10回,4週間)行うと,逆流性食道炎の症状が改善し,一部の症例では消化管内視鏡所見も改善した(図2)[2].嚥下造影検査では,食道内の残留が改善する症例も経験している.頻度や訓練期間はまだ検討の余地はあるが,以下のように指導している.

 

<指導方法>

・1セット10回 1日1~2セット.

・空嚥下の間に10秒以上の間隔を空ける.

・食後2時間以上空ける(逆流防止のため).

 

日々の生活に取り入れ,継続的に行うとよい.自主訓練の指導時には,日中に横になる煩わしさを考慮し,就寝時に腰の下に枕やクッションを入れて実施するように指導している.腰上げ姿勢をとる際に介助が必要な症例では,PTやOTが姿勢を整えながら行ってもよい.また,円背が強い患者では側臥位気味にしたり,認知症や失語症などで指示に従うことが難しい場合には,アイスマッサージで空嚥下を誘発する方法が奏功する症例も経験している.腰上げ姿勢の体の傾斜角度は,図2に示した角度よりももう少し低くても良いかもしれない.我々は角度を厳密に測らなくても臨床効果を得られることを報告している[3].

腰上げ空嚥下の注意点として,空嚥下でも唾液を誤嚥するリスクがある症例は控えた方がよい.食道内に残留が多い方や逆流しやすい方は,空腹時に行った方がよい.また,腰痛や腰の変形などがあり,腰上げ姿勢が取れない方は適応にならない.訓練の適応については,担当医などにもご相談頂きたい.

GERDの治療には,胃酸分泌抑制作用を有するプロトンポンプインヒビター(PPI)などが用いられるが,PPIの長期投与に伴う有害事象も報告されている.腰上げ空嚥下訓練は食道を鍛える訓練として,食道内のクリアランスを改善させたり,胃食道逆流を防ぐことができる可能性がある.胃食道逆流による粘膜病変が改善した症例[2](図3)や,PPIの内服を中止できた症例[3]も報告している.多数例での有効性の検討やメカニズムの解明,腰上げ空嚥下用の枕の開発など,今後更なる検討が必要であるが,腰上げ空嚥下訓練は食道機能を改善させる新しい訓練になるのではないかと考えている.

 

1.Aoyama K, Kunieda K, Shigematsu T, et al. Effect of Bridge Position Swallow on Esophageal Motility in Healthy Individuals Using High-Resolution Manometry. Dysphagia. 2021;36(4):551-557.

2.Aoyama K, Kunieda K, Shigematsu T, et al. Bridge Swallowing Exercise for Gastroesophageal Reflux Disease Symptoms: A Pilot Study. Prog Rehabil Med. 2022;7:20220054. doi: 10.2490/prm.20220054.

3.Nishimura T, Kunieda K, Aoyama K, et al. Efficacy of the Bridge Dry Swallowing Exercise for Refractory Gastroesophageal Reflux Disease. Internal Med. 2024. doi: 10.2169/internalmedicine.4054-24. [Online ahead of print]

※用語について.当初論文ではbridge swallowingを用いたためブリッジ嚥下という言葉を用いていたが,指導時の誤解を避けるため具体的な姿勢や条件をイメージしやすい「腰上げ空嚥下訓練(ブリッジ空嚥下訓練)」という用語を用いることとした.

 

2023061

図1 高解像度マノメトリを用いた食道機能検査

嚥下が起こると食道の蠕動運動が伝わり,下部食道括約筋(LES)が弛緩する.ブリッジ姿勢(腰上げ姿勢)では,嚥下時の食道内圧が高くなり,LES圧が上昇する.圧が高いところは赤や黒,低い所は青で表示される.

 

2023062

図2 抗重力位での腰上げ空嚥下(ブリッジ空嚥下)(文献2より)

自宅では,腰の下に枕やクッションなどを用いるとよい.この状態で空嚥下を行う.就寝時に行うように指導すると,継続しやすい.

 

2023063

図3 食道粘膜病変の改善(文献2より)

胃食道逆流による食道粘膜病変が改善する症例を経験している.

 

2024年12月30日改訂

 

岐阜大学医学部附属病院脳神経内科

浜松市リハビリテーション病院リハビリテーション科

國枝 顕二郎

「緩和治療」としての誤嚥防止術(2023/05)

パーキンソン病や多系統萎縮症などのパーキンソン症候群は、進行すると声帯運動障害などにより上気道狭窄を生じることがあり、従来は気管切開が第一選択でした。しかし、これらの患者さんの多くは重度の嚥下障害を合併しています。気管切開はさらに嚥下機能を低下させますので、気管切開後は誤嚥性肺炎の予防に頻回の吸引が必要となります。唾液誤嚥が増えることは「溺れかかって」いる様な状態であり、慢性的な炎症によって体力も大きく消耗されます。また吸引による刺激もまた大変な苦痛です。誤嚥性肺炎の予防のための頻回の吸引は、介護者にとっても夜間も熟睡できないなど、大きな負担を要します。そこで、私はこれらの患者さんには治療介入として気管切開と一期的に誤嚥防止術を行うという二つの選択肢を提示しています。誤嚥防止術を導入した当初、対象の多くは寝たきりの患者さんであったことから、同僚からは「ただの延命治療では?」という声がありました。一方で、この手術により、気道狭窄による呼吸苦や頻回の吸引から解放されるだけではなく、経口摂取が可能となる症例があることも複数経験しました。ある患者さんは筆談で「身体が地獄から天国にのぼるくらい楽になった」と教えてくれ、またある患者さんは文字盤で「術後は、夜寝るときに朝が来ることを確信できるようになった」と伝えてくれました。また、介護に当たられたご家族からは、誤嚥防止術により在宅で穏やかな最期を迎えることができたと教えられました。

緩和ケアとは、WHOにより「生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOLを、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである」と定義されています。上気道狭窄は「呼吸ができない」という苦痛や恐怖、嚥下障害は「食べられない」「食べることが苦しい」といった肉体や精神の「痛み」を伴う病態です。誤嚥防止術には、音声を失うデメリットが強調されがちですが、患者さんの「呼吸ができない」「食べられない」「食べることが苦しい」といった苦痛に直面した患者さんへの緩和医療として大きな役割を果たすのではないでしょうか。患者さんやそのご家族にとって穏やかな終着点はどこか、共に模索し俯瞰的かつ広い選択肢を提供し続けることは、嚥下や気道を専門に扱う医師としての使命であると考えています。

東京都保健医療公社 荏原病院  耳鼻咽喉科  

木村 百合香

首を切らずにすむ嚥下手術(2023/04)

「首を切られる手術は嫌やけど、切らずに口から手術できるんなら受けたいですわ」

ちょっと押しの強い関西弁でこう言われる患者さんが、他府県から来られます。紹介元で頸部を切開しない手術が滋賀で可能かも?と言われ、下調べして受診される方が多くなったせいかも知れません。

嚥下手術の一つに「輪状咽頭筋切除術(CPM, cricopharyngeal myotomy)」があります。旧来は頸部を切開する方法(外切開CPM)1)でしたが、近年は低侵襲を目指し、頸部を切開せずに口から輪状咽頭筋を切除する方法(経口的CPM)も行われています2,3,4)。国内で手術できる術者が少ないこと、小顎や開口障害の方には手術困難な問題がありますが、脳血管障害や緩徐進行性の神経筋疾患のなかでも輪状咽頭部通過障害を生じる症例には良い適応と思われます。

ちなみに外切開を要する「喉頭挙上術」をCPMと同時に行う場合5)はある程度の大きさの皮膚切開が必要です。しかし外切開CPM単独手術は大きな傷にはなりません。術者としては傷の大きさを気にされるだけなら外切開もありでは?と思うこともありますが、患者さんにとって頸部を切らないというのは大きなポイントのようです。

小生は以前からCO2レーザーでの経口的CPMを行っていました3,4)が、諸事情によりレーザーが使用できなくなりました。やむなく近年海外で報告のある胃カメラ用内視鏡を使用した「経口的内視鏡下CPM」6)を倫理審査委員会に申請し、2023年1月、封入体筋炎の方に1例目の手術を行いました。消化器内科との共同手術となるこの手術はまだ始まったばかりで、これから安全性と効果の検証となります。

嚥下手術は今後さらに低侵襲を求められ、冒頭の様に頸部切開をしない手術を希望する方も増えそうです。いずれ滋賀まで来なくても各地で同様の手術が受けられるようになることを期待します。

 

文献)

1)Kaplan S:Ann Surg 133:1951

2)Halvorson DJ, et al: Ann Otol Rhinol Laryngol 103: 1994

3) 河本勝之.嚥下医学4,2; 2015

4) 河本勝之他.日本気管食道科学会会報70,4: 2019

5) 河本勝之.嚥下医学 8,2: 2019

6) Peter I W, et al: Endosc Int 9,11: 2021

社会医療法人誠光会 淡海医療センター  頭頸部甲状腺外科センター・耳鼻咽喉科

河本 勝之

咀嚼嚥下機能と食形態の関係(2023/03)

咀嚼機能が低下した場合には、硬いものが噛めなくなり、柔らかいものを摂取して対応する。嚥下機能が低下した場合には、水のようにさらさらしているものは咽頭での流速が早く、誤嚥しやすいため、とろみをつけて対応する。

つまり、咀嚼機能が低下した場合の対応と嚥下機能が低下した場合に対応する食形態は異なる。しかし、咀嚼機能と嚥下機能が同時に低下している場合も多い。

最近まで、病院独自の食形態やとろみの度合いで対応してきたが、2013年に日本摂食嚥下リハビリテーション学会が提案した嚥下調整食分類が作成された。2016年の診療報酬改定で、摂食嚥下低下した患者に対する栄養指導料が算定できるようになった。対象患者は、「医師が、硬さ、付着性、凝集性などに配慮した嚥下調整食(日本摂食嚥下リハビリテーション学会の分離に基づく)に相当する食事を要すると判断した患者であること」と明記された。ここに記載されている硬さとは食品の硬さの程度であり、付着性とは食品がくっつきやすい性質を有しているかであり、凝集性とは食品のばらけやすいかばらけにくいかという指標である。また、日本摂食嚥下リハビリテーション学会の分類に基づく嚥下調整食と明記されたことから、病院で提供する嚥下調整食の分類の統一化が進んだ。また、この分類では、とろみの程度も3段階に分け提案している。このように嚥下調整食の形態の統一化が進み病院間連携は行いやすくなってきた。一方では、嚥下調整食の臨床的有用性に関する知見は少ない。ここでの知見とは、適切な嚥下調整食を提供することで、誤嚥性肺炎はどの程度低下するのかなどの臨床的な効果を報告した論文である。今後は、臨床的効果についての知見が積みあがっていくことが期待される。

県立広島大学人間文化学部 健康科学科
栢下 淳

ネアンデルタール人と現代人では脳エネルギー代謝が大きく異なる(2023/02)

人類進化研究の第一人者で、2022年にノーベル生理学・医学賞を受賞されたスバンテ・ペーボ先生が最近報告されている、ネアンデルタール人と現代人におけるプリンヌクレオチド合成系の相違について御紹介します。

プリンヌクレオチドの合成には、ペントースリン酸経路から提供されるリボース-5-リン酸 (R5P) を材料として生合成する “de novo” 合成経路と、塩基やヌクレオシドを材料としてヌクレオチドを再合成する “サルベージ” 合成経路の2種類があります。 ペーボ先生のグループは、de novo合成経路の中で、イノシン酸 (IMP) およびアデニル酸 (AMP) の合成に関わるアデニロコハク酸リアーゼ (ADSL) 遺伝子が現代人では、ネアンデルタール人、霊長類、齧歯類などと異なっている (V429A) ことを発見し、その変異がIMPとAMPの産生低下に繋がることを示しました1)。併せて、現代人の脳では、霊長類に比して、IMPの塩基であり、サルベージ合成経路の中心物質ヒポキサンチンが上昇することも明らかにしました。これらは、プリンヌクレオチドの新規合成低下と再利用増加が現代人の特徴であることを意味します。

一方、R5Pが”de novo”合成経路と”糖新生”のいずれに用いられるのかを調節するトランスケトラーゼと密接に関連するtransketolase-like-1  (TKTL1) も、現代人とネアンデルタール人で異なる遺伝子の 1 つです。TKTL1は脂質代謝にも関わり、幹細胞radial glia の中でもbasal radial glia (bRG) に多く発現しています。ペーボ先生のチームは、1) 新人型 TKTL1(hTKTL1) と旧人型 TKTL1 (a TKTL1) をマウスの前頭葉に導入すると、hTKTL1 のみbRG 数が増え、bRG を起点に多くの神経細胞が生産されること、2) フェレットを用いた同様の実験では、bRG 数の増加、新皮質上層部の神経細胞数増加、脳回路の形態変化が起こること、3)ヒト脳オルガノイドをaTKTL1 に置き換えると、bRG と神経の増殖が低下すること、4) 脂肪代謝経路の TKTL1 がbRG 数増加と関連し、hTKTL1 はより多くのアセチル CoA を合成することを明らかにしました 2)

これらの結果は、なぜ現代人は長寿で、大脳皮質が発達しているのかという問いにヒントを与え、高齢で発症し、大脳皮質の萎縮を特徴とする神経変性疾患の理解を深める上で重要な視点を提供していると思っています。

1) Elife. 2021 ;10:e58741

2) Science. 2022 ;377:eabl6422

JSDNNM図 コラム2月号 渡辺先生

 

 

藤田医科大学 脳神経内科

渡辺 宏久

 

 

新たな舌トレーニングデバイス「ペコじーな」(2023/01)

舌は様々な口腔機能の一役を担っています.食事という観点からは咀嚼や嚥下のみならず味覚や触覚,温冷覚などでも大きく関与しています.舌は食物を取り込み,唾液と食物を混和するなど複雑な動きをしつつ,咀嚼した食物を徐々にまとめながら,舌尖を上顎前歯の口蓋側につけて波状に動かしながら咽頭・食道へと送り込みます.

老化とともに全身の筋力や筋量が減少するように,舌の厚みなども減少し,舌圧も低下します1.舌圧はサルコペニアによる嚥下障害とも深く関わっており,嚥下に関連する筋の低下を評価する際には,舌圧が診断基準として用いられます2(図1).

「ペコじーな」(JMS,広島)は,手のひらサイズの本体と連結チューブならびに舌圧プローブから構成されています(図2).専用のプローブをくわえ,舌圧を発揮すると,その力を3段階でレベル表示できます.本体画面を見ながら舌のトレーニングを行います.

さらにゲームモードでは,専用アプリで遊びながら舌の力を鍛えることが出来ます.本体をスマートフォンやタブレットPCとBluetooth接続させ,専用アプリで舌圧トレーニングを行います.アプリはApp StoreおよびGoogle Playで入手可能です.

ゲームは,舌の筋力アップを目指す「下駄飛ばしゲーム」と筋持久力アップを目指す「釣りゲーム」の2種類です.

「ペコじーな」は,医療現場はもとより,介護現場やご家庭で,どなたでも楽しく簡単にご使用いただけます.地味でリハビリテーションの効果がわかりづらい舌のトレーニングですが,この「ペコじーな」なら,トレーニングの結果を即時に確認でき,達成感も得られることより毎日楽しみながらトレーニングの継続も可能です.

ペコじーなHP;https://pecogina.jms.cc/

1) Utanohara Y, Hayashi T, Yoshikawa M, et al. Standard values of maximum tongue pressure taken using newly developed disposable tongue pressure measurement device. Dysphagia 2008; 23(3): 286-90.

2) Fujishima I, Fujiu-Kurachi M, Arai H, et al. Sarcopenia and dysphagia: Position paper by four professional organizations. Geriatr. Gerontol Int. 2019; 19: 91-7.

広島大学大学院医系科学研究科先端歯科補綴学 吉川峰加 

202301図1

202301-2図2

202301-3図3

202301-4図4

「量子は語る:EBMの危うさ」(2022/12)

西洋の科学は分子に分け入り、その先に量子があった。量子とは物質の最小単位、粒子であり波動であると。それは現象であり、エネルギーである。2022年のノーベル物理学賞は「量子もつれ」の3研究者が受賞。他方、東洋哲学の根幹をなす易経に於いては物事の始めは太極にあり、そこに万物の根本、始まりがあるとする。
最近パーキンソン病(PD)の某患者氏とWeb対談をした。その席上「自分は、脳深部刺激(DBS)術を受けた。それでわかった事は、医者はDBSをゴールだと思っている。先のことについて問うと、何も答えてくれない。医者にはポストDBSがなかった。患者にとってはそこがスタートなのに。それで、西洋医学にはこれ以上期待するものはない」と、初端から手厳しい。
何故こうしたことになったのであろうか? 思い出すのは、本学会JSDNNMの先駆けとなった研究班々会議で、当時唱えられ始めたEBMについて論議した。私は、科学する専門家集団である班員にとってはEBMではいけない、ECM つまりEvidence Creative Medicineを目指すべきあると説いた。しかし、その後の世の様を見るにつけ、事はそうは動いてはいない。数値化が求められ、結果は統計的に処理される。カウント出来る事象を集めてそれを真理とする。診断と治療はフローチャートやマニュアルにまとめられ、日常臨床の個別の工夫が疎んじられ、背景にある心や魂、自然の織りなす摂理が見えなくなっている。
この広い宇宙に過去・現在・未来に亘って一人として同じ人間は存在しない。医療の立場をどこに置くべきかが問われる。一つの答はアートにある。アートとは個別性を引き出す作業。他を認め、対話する姿勢である。一つの対処、処置・治療の後には、変化を遂げた個性が広がる。一つの命が繋がる。変化の力を秘める器官の代表が脳髄である。かつて中田瑞穂(日本脳外科開祖)は、脳の最も大切な能力は可塑性であり、可塑性とは適応性であると喝破した。曰く、脳は一度経験すると元には戻れない。その高弟生田房弘(脳病理学者)は、脳の情報は瞬時に脳全体に広がる。この驚くべき仕組みに、シナップスで繋がる脳の姿を見た。
かのPD患者氏、実は量子物理に造詣が深く、かつ作曲もなさる。「量子は、語り合います」と続けた。地上の生物は勿論、鉱物も、宇宙も語り合う。人間のみが互いにいがみ合い、環境を破壊し、戦争をなす。この中にあって、幸い日本人は、わびとさびの中に、量子哲学と易経を識る。本学会々員の高き志に未来の医学を期待する。(本文1022文字)

湯浅龍彦 鎌ヶ谷総合病院千葉神経難病医療センター・センター長、JSDNNM名誉理事

嚥下障害と医学教育(2022/11)

医師となるためには6年間の大学医学部を卒業して医師国家試験に合格する必要があります。特に最後の2年間は臨床実習(実際の診療に参加する実習)を行っています。来年度に向けて、大学の医学教育について2つの大きな改革が行われます。
1つは医師法の改正で、医学生の医行為が法的に認められるようになります。医学生の医行為には、カルテ記載、身体診察、採血、心電図の装着などがあります。医学生が医行為を行うためには、その能力を保証する必要があります。各大学での教育・指導はもちろんですが、臨床実習前に実施される全国統一基準で実施する試験(知識試験と実技試験があり、両方合わせて共用試験といいます)に合格する必要があります。この共用試験は医師国家試験と同様の厳密さを求められるもので、実技試験の内容には口腔や咽頭の診察も含まれています。来年度からはこの共用試験も公的化が予定されています。
もう1つの改革は、医学生の学修目標についてです。医学部の教育内容は、文部科学省の「医学教育モデル・コア・カリキュラム」(通称 コアカリ)という学修目標で定められています。このコアカリの中には、嚥下障害、嚥下困難、誤嚥性肺炎等の摂食嚥下に関する項目も含まれています。医学・医療の進歩に合わせて、6~7年に1回改訂されます。現在令和4年度改訂版がほぼ完成し、私もワーキングメンバーとして参加しました。改訂コアカリでは「総合的に患者・生活者をみる姿勢」を明示しており、専門化・細分化に進む傾向にある医学・医療の中で、臓器横断的・総合的に患者さんの問題を捉えた上で、自身の専門領域にとどまらずに診療を行うことが重要な資質・能力であることを強調しています。さらに「患者ケアのための診療技能」と「コミュニケーション能力」で患者が抱える問題を理解し、「多職種連携能力」で、医学生がチーム医療や地域包括ケアシステムへ積極的に参加するよう促しています。摂食嚥下障害や栄養管理への対応は、まさにこれらの総合的能力、チーム医療が重要な部分です。
医学部の教育も年々改革が行われ、我々大学教員も日夜良い医師を輩出するよう努力を重ねているところです。

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 臨床医学教育開発学
山脇正永

プレゼンテーション、コロナで変わったこと変わらないこと(2022/10)

昔、脳神経外科教授であった植村研一先生から、スライドの作り方、学会発表のしかたなどの講義をうけた。あれは医学英語の講義だったと思うが、講演は最初の切り出しが勝負で、Ladies & Gentlemen, Dear colleagues, Dear Friendsと切り出しながら会場を見渡し3-4カ所でいいから聴衆の中から知ってる顔をみつけて目を合わせなさいと強調された。そうするとその周囲10人くらいがよそ見しなくなる。発表時間厳守であることと、討論が大事で、質問が来なければ負けだ!とも。Discussionがなければ学会に参加する意味は乏しいと強調された。
今どうかは云えないが、高校時代よく居眠りをした。英語のReaderなんて本当に眠かった。たまたま起きていたら、失恋でもしたのか?と担任だった英語の先生が心配してくれた。社会科の授業は概して眠いが高校1年の世界史は違った。第一次世界大戦前夜の欧州が映画をみているような迫力だった。そして、学生に講義をする立場になった今、医学部の講義ではほぼ学生勧誘のつもりで行ってきた。教科書を読めばわかること以外の裏側のほうがおもしろい。頭頸部外科の魅力を、嚥下医学の面白さとやり甲斐を伝えることを目指して講義する。おもしろいから一緒にやろう、がtake home messageである。
コロナ禍、学会発表も講義も本当につまらないものになった。聴衆はいつもWEBの彼方にいる。レスポンスがないどころか、もしかしたら家事をしながら片手間に、横着な輩は漫画を読んでいたり、他の仕事をしていたりかもしれない。(発表動画の事前編集も辛かったが、よい動画にはyoutuberの技術が欲しい。でもそれはまた別の話。)しかし、やっと明るさがもどってきた。つい先日、国内開催ではあるが国際学会に参加できた。シンポジウムの司会は楽しかった。質問者がマイクの前に立って待つ姿を久し振りに見た。これだこれだ。何やってんだと突っ込みをいれたくなる話題、なるほどなあと感心する話、いずれもとても楽しかった。演者も聴衆もノリがよかった。同好の士の集まりは心地よい。
今の若手、卒後3年目までの面々は学会での質疑をほとんど知らない。正解だけを求めた発表原稿をもってくる。正解がすでに決まっているなら学会報告しなくていい。討論の面白さを肌で感じるには時間がかかりそうだが、楽しい経験をさせたい。
来年のJSDNNM第19回福岡大会「嚥下障害の予後を見据えた栄養管理を模索する」(令和5年8月26日)が、そして、その前には令和5年3月3-4日に筆者の主宰となる日本嚥下医学会「嚥下について熱く語ろう!」が開催されます。多数お集まり頂き、心ゆくまで楽しくも徹底討論したいものです。

愛知医科大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科 藤本保志

JSDNNMの歴史を振り返る(2022/09)

私が在宅医療を始めた40年ほど前は、嚥下が難しくなると鼻腔からカテーテルを入れるのが普通でした。ところが簡便で安全な胃瘻造設が可能となってきたため、胃瘻が一般的になり、多くの老人介護施設では入所の条件に胃瘻造設が加えられています。
生きる上での最大の楽しみの一つともいえる経口摂取ができなくなると、生きている意味がどこにあるのかと考えてしまいます。哲学者、山折哲雄氏の『断食による餓死』を理想的な人生の幕引きという考え方も、今後の超高齢社会ではあながち荒唐無稽な考え方とするわけにもいかなくなりそうです。
1992年発行の日本医事新報に、「ALSの『食事のしおり』作成と長期慢性疾患患者のケアの実態」というタイトルで、前年に作成した「食事のしおり」という小冊子と当時の介護の実態について検討したものが掲載されました。
私たちは1981年からALSの在宅医療と取り組んできましたが、在宅医療を長期に継続させるためには嚥下障害と呼吸障害をいかに克服できるかが問題となりました。そこで前者の問題を解決するために「食事のしおり」を作成し、食事の献立や素材の形、食べる姿勢や食台の工夫、経管栄養の実際、モデルメニューの作成など、患者家族が読みやすく、簡単な工夫で長続きする方法を考えました。朝日新聞の家庭欄などに取り上げられて、全国の患者家族から多くの申し込みがあり、私にとってはALS協会や多くの関係の方々との交友ができる契機にもなりました。
2005年には第1回「日本神経筋疾患、摂食・嚥下・栄養研究会」学術集会長崎大会の大会長を仰せつかりました。また2007年の徳島市で開催されたフランス料理シェフの多田鐸介さんの講演と、お昼の「嚥下障害食バイキング」も印象に残るイベントでした。
そして2019年の岐阜大会から、JSDNNMは研究会から学会となり 日本神経摂食嚥下・栄養学会(JSDNNM)と改称されました。そして2022年9月には、第18回大会が清水大会長のもとで開催されました。
「天の時、地の利、人の和」 という言葉があります。この三つの要件が組織の発展のためには重要な要素だと言われてきましたが、学会の発展もしかりです。今後の日本の高齢社会を展望するとき、本学会はまさに必要となる事柄(天の時と地の利)を研究していくものであり、また代表理事の野崎先生を中心に会員の和も備わっていますので、今後も大きな発展を期待できるものと信じています。

鹿児島県難病相談・支援センター

福永 秀敏

神経変性疾患の嚥下障害におけるACE阻害薬(2022/08)

神経変性疾患の嚥下障害は、予後に直結する肺炎、窒息、栄養障害の原因となるため、早期発見と対策が必要です。この対策のうち薬物治療に関しては、パーキンソン病の早期~中期において、抗パーキンソン病薬の一部が有効と報告されていますが1),2)、その他の疾患についての報告は少ない状況です。
脳卒中後の嚥下障害に、降圧薬であるアンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬が(誤嚥性)肺炎予防に有効で3)、少数例(10例)ですが嚥下造影所見を改善することが報告されています4)。ACEはサブスタンスPの代謝も促進することが知られており、その阻害薬はサブスタンスPを増加させます。サブスタンスP増加は咽喉頭粘膜の感覚を鋭敏化し、嚥下反射を促進することによって、嚥下機能を改善するとされています。しかし、このACE阻害薬が神経変性疾患において嚥下機能を改善するかは不明です。
脊髄小脳失調症6型(SCA6)は常染色体性顕性(優性)の遺伝性脊髄小脳変性症のうち本邦において最も多いものの一つで、特に関西地区では多く、家族歴が無くても遺伝子変異が見つかることがしばしばあります。一般的には50歳以降発症であり、緩徐進行性で予後は良いとされていましたが、一部の患者さんで嚥下障害が強く(12例中4例)、誤嚥をされている方もいました(14例中2例)5)。胃瘻増設が必要なこともあります。
私たちは、嚥下造影検査にて嚥下障害が証明されたSCA6の患者さん1例で、軽症の高血圧を合併していたので、ACE阻害薬のイミダプリル塩酸塩(2.5mg/日)を使用しました6)。投与前には喉頭蓋の反転(翻転)不良や誤嚥がありましたが、投与後は反転不良が改善し、誤嚥も一時的でしたが、消失しました。血圧も低下傾向にありました。
まだ1例の報告ではありますが、高血圧の合併している神経変性疾患へのACE阻害薬投与について、嚥下機能検査の蓄積が必要と思われました。

文献
1) Hirano M, et al. Effects of the rotigotine transdermal patch versus oral levodopa on swallowing in patients with Parkinson’s disease. J Neurol Sci. 2019;404:5-10.
2) Hirano M, et, al. Rasagiline monotherapy improves swallowing in patients with Parkinson’s disease. Parkinsonism Relat Disord. 2020;78:98-99.
3) Shinohara, Y, et al. Post-stroke pneumonia prevention by angiotensin-converting enzyme inhibitors: results of a meta-analysis of five studies in Asians. Adv Ther. 2012;29:900-912.
4) Shimizu T, et, al. ACE inhibitor and swallowing difficulties in stroke. A preliminary study. J Neurol. 2008;255:288-289.
5) Isono C et, al. Progression of Dysphagia in Spinocerebellar Ataxia Type 6. Dysphagia. 2017;32:420-426.
6) 磯野 千春ら. Imidapril hydrochlorideにより嚥下機能が改善した脊髄小脳失調症6型の1例.神経治療2020 ;37 5 :763-768.

近畿大学脳神経内科 平野牧人

摂食嚥下のオンラインリハビリテーション医療―訪問スタッフとの連携(2022/07)

「オンライン診療」とは遠隔医療のうち、医師-患者間において、情報通信機器を通して「リアルタイム」に行う医療行為であるが、2022年2月の診療報酬改定では、コロナ禍の特別措置ではなく、オンライン初診として初診料が認められた。
オンラインリハビリテーション医療(以下オンラインリハ)(telerehabilitation)について、海外では10年以上の蓄積がある。摂食嚥下リハビリテーション医療(摂食嚥下リハ)では、アドヒアランスについて 対面と差はないとの報告(Acta Otorhinolaryngol Ital. 2018;38:79-85.)があるが、摂食嚥下訓練効果については、エビデンスが十分でない。
摂食嚥下のオンラインリハにおいては、在宅での摂食環境や食事の様子について家人・訪問スタッフとのリアルタイムの視覚共有ができ、医療機関受診の対面診療では得られない貴重な情報収集や問題点の指摘が可能となる。
厚生労働省の「オンライン診療の適切な実施に関する指針」では、医師-患者間のオンライン診療において、円滑なコミュニケーションを支援する者として「オンライン診療支援者(訪問スタッフなど)」が定義されている。この訪問スタッフのサポートが、摂食嚥下障害の在宅医療の細やかな病診連携・オンラインリハの質向上に貢献している。
一方で、摂食嚥下ケア(食のケア)における「訪問スタッフ側の」オンラインリハへのニーズも把握する必要があり、訪問スタッフ(医療職)68名にWEBアンケートに無記名での回答を依頼した。
訪問時の食のケア7項目において「困ったことの有無」の回答と具体的な内容についてコメントを求めたところ
①姿勢や食具(摂食方法・介助内容の情報共有や食具の判断・コストなど)と②食事の内容(介護力・コスト、患者側の受容不足、独居者への対応など)では80%以上、③水分の摂取方法(トロミ不適合・不統一、適正な水分量の判断など)と④口腔ケア(開口困難、患者側ケアの継続困難、口腔ケア時間の不足など)では 70%以上が困っていると回答。⑤服薬(大きな錠剤・多剤・漢方薬への対応、粉砕・簡易懸濁の判断など)、⑥義歯(歯科医との連携など)⑦口腔乾燥(ケア継続困難・理解不足、人工唾液・保湿剤の適否など)でも、50-70%が難渋していた。また、約80%の訪問スタッフが、食のケアについてオンライン診療で相談したいと回答した。
オンラインリハビリテーション医療は、食のケアにおいて、患者側のみならず訪問スタッフ側のニーズも高く、オンライン診療体制の整備がさらに求められる。
(本文の一部は第28回日本摂食嚥下リハビリテーション学会2022にて発表予定)

社会医療法人若弘会 わかくさ竜間リハビリテーション病院 野﨑園子

封入体筋炎による嚥下障害への対応(2022/06)

「封入体筋炎」という病気があります。はじめて聞いた、という方も多いことと思います。筋炎は自己免疫(免疫システムが自分自身の臓器や組織に過剰に反応し攻撃する状態)やウイルス感染、遺伝などにより、全身の骨格筋に筋力低下や痛みが起こる病気です。皮膚筋炎や多発性筋炎が代表的ですが、現在多くの種類の筋炎が報告されています。封入体筋炎は主に50歳以上で発症し、ゆっくり進行する筋炎です。封入体という不思議な名称は、筋線維内に封入体(異常物質が集積したもの)が認められることから来ています。典型例では、左右非対称に大腿や手指の筋力低下と筋萎縮が見られますが、他の筋炎と比較して、咽頭筋が侵され、嚥下障害を併発することが多いとされています。約10%で嚥下障害を初圧症状とし、病状の進行とともに40%の症例で嚥下障害が出現すると報告されています1)。食道の入口には、輪状咽頭筋という普段は逆流しないように収縮し、嚥下した瞬間だけ緩む筋肉が周囲を取り囲んでいるのですが、封入体筋炎では炎症により、その筋肉が硬くなり伸縮性が無くなることが多いのです。すると、いくら上から食物を押し込もうとしても、食道の入口が開かず、飲み込めなくなります。
封入体筋炎は、他の筋炎と比較して、副腎皮質ステロイドや免疫グロブリン多量静注療法による治療効果が出づらく、輪状咽頭筋の弛緩不全に対しては局所的な対応となる場合が多いです。保存的な(外科的な方法との対比で使われる言い方です)方法として、嚥下リハビリテーション手技の一つである「バルーン拡張法」があります。これは、バルーン(水を注入すると膨らむ風船のような部分)のついたチューブを飲み込んで、バルーンを膨らませることで筋をストレッチする方法で、一定の効果があるとされていますが、効果が持続しない、のどが敏感な人では繰り返し行うことがつらい、などの問題があります。神経と筋肉の間の連絡を遮断する「ボツリヌス毒素」を注射するという方法も海外で報告されていますが、日本では保険適用が無く、また筋肉が硬くなってしまっていると効果が乏しいと考えられます。耳鼻咽喉科で行っている外科的治療法として、「輪状咽頭筋切断術」があります2)。輪状咽頭筋切断術は、現在世界的に最も普及している嚥下機能改善手術のひとつです。多くの有効性を示す報告がなされており3)、輪状咽頭筋が硬くなってしまった方では劇的な効果があります。
ながらく頸部を切開する方法(外切開法)が行われてきましたが、近年、口から特殊な器具を挿入して内部から切開する方法(経口法)4)も開発され、現在はどちらも行われています。経口法は皮膚を切開しなくてよいですが、粘膜を1回切開しないといけないので3~4日間経口摂取ができませんし、くびを伸ばせない、口が開かない方には実施できません。特殊な器械も必要なので、施設によっては実施そのものが難しいでしょう。一方、外切開法は特殊な機器を必要とせず、筋肉のみを切開するので翌日から経口摂取が可能です。二つの手術法を比較した研究では、再発率、合併症、入院期間、手術時間などに有意差が無く、どちらも安全な手術法であると結論づけられています5)。嚥下困難感のある封入体筋炎の患者さんは、担当の先生や耳鼻咽喉科医に相談してみてください。

文献)
1) Lotz BP, et al: Inclusion body myositis. Observations in 40 patients. Brain 112: 727-47, 1989.
2) Kaplan S: Paralysis of deglutition. a post-poliomyelitis complication treated by section of the cricopharyngeus muscle. Ann Surg,133:572-573, 1951.
3) Berg HM, et al.: Cricopharyngeal myotomy: a review of surgical results in patients with cricopharyngeal achalasia of neurogenic origin. Laryngoscope 95: 1337-1340, 1985.
4) Halvorson DJ, et al:Transmucosal cricopharyngeal myotomy with the potassium-titanyl-phosphate laser in the treatment of cricopharyngeal dysmotility. Ann Otol Rhinol Laryngol 103: 173-177, 1994.
5) McMillan RA, et al: Cricopharyngeal Myotomy in Inclusion Body Myositis: Comparison of Endoscopic and Transcervical Approaches. Laryngoscope 131: E2426-E2431, 2021.

埼玉医科大学総合医療センター耳鼻咽喉科
二藤隆春

声を取り戻す装置Voice Retrieverの開発(2022/05)

自分は平素在宅や施設に訪問して摂食嚥下障害の患者さんを拝見することが多いです。その主たる理由は、通院が不可能な方こそ食べる機能のサポートが必要な場合が多いからです。また、現在暮らしている場だからこそ本当の状況がよくわかったり、病院のように緊張する場所ではないからこそ本当に思っていることをお話しいただけることもあるように思っています。そのようなADLの低い方の中にも喉頭摘出などで声を失った方がいらして、ADLが低いがゆえに電気式人工喉頭を買ったはいいが使えない、つまり自分で操作が不可能というケースを時々目にしていました。また、電気式人工喉頭でもかなり上手にコミュニケーションをとられている方も何人も存じ上げておりますが、この機器には避けられない弱点があります。それは音源が体外にあるということです。つまり、体内で共鳴した音のみならず、音源自体が体外で鳴っている音を周りの人が聞かないようにするわけにはいかないので、その部分がノイズとして感じられてしまいます。
食べられるようにということにアプローチするだけではなくて、なんとか話せるようにできないかとずっと考えておりましたが、ついに昨年度うちの大学院生の山田がVoice Retrieverという口腔内装置を現実のものとしてくれました。原理は極めて簡単で、上あご用のマウスピースにスピーカーを仕込んで、それがなっている間に口を動かして言葉を話すというものです。今までなぜ実用化されていないんだろうと思うくらいシンプルなアイデアですが、現在実際に40人程度の患者さんにお使いいただいております。口の中とは言え体内に音源を入れるのでノイズが少ない、スピーカーがすでにマウスピースに仕込んであるので細かい位置の補正がいらず大体15分も練習すれば使えるようになる、というのがよい点だと思っています。音質がまだまだ良くない、現行の機器では抑揚が作れない、などの弱点はありますが、最低限のスタートは切れましたので今後さらに改良を加えてゆきたいと考えております。

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科医歯学系専攻
老化制御学講座摂食嚥下リハビリテーション学分野
教授 戸原 玄

画像1

参考動画(You Tube):Voice Retrieverのご紹介

持続的クレンチング訓練の認知機能への影響(2022/04)

2020年8月のコラムにて,可及的最大努力での持続的クレンチング訓練が,咬合力のみならず咀嚼機能の向上に有効であることを述べました.この研究では,同じ被験者を対象に持続的クレンチングの認知機能に対する影響についても検討しました.運動が認知症予防に効果があることは,エビデンスレベル1B(エビデンスレベルは中程度,推奨グレードは強い)とされていますが,運動による予防法では,例えば東京都健康長寿医療研究センターのプログラムは,1日7~8000 歩または早歩き30分,週5日が推奨しており1),実行が難しいのが現状です.
一方,咀嚼機能の低下が認知機能の低下と関係することを示す報告234)や10分間の咀嚼運動が短期記憶テストの成績を改善するとの報告5)があり,この訓練法が認知機能の改善・維持に奏功するのではないかというのが研究背景です.
認知機能の評価は,検査時点での精神状態を評価するスクリーニングテストであるMMSE(30点満点で20点以下は認知症,せん妄,統合失調症の可能性が高いとされる)と記憶を中心とした認知機能検査ADAS-cog(0~70点で得点が高いほど障害が高度であることを示す)を用いて,研究を通じて同一の臨床心理士が行いました.結果の概要は,被験者7人のうち,MMSEの得点は5人,ADAS-cogの得点は6人が改善もしくは維持していました(詳細な結果は,時田佳代子,遠藤道代,舘村卓,他:特別養護老人ホーム入所者の認知機能に対する可及的最大努力でのプレート噛みしめ訓練の効果.日本認知症予防学会誌,10(2):21-27,2020.をご参照ください.)
神経筋疾患の摂食嚥下機能の改善に直接的に関係するかは患者様のご協力を得て試行する必要はあるとは思いますが,リハビリテ-ションや医療的ケアが進む結果,患者様が高齢化することは当然のことと思われ,認知機能の低下に伴う食物認知の問題からの障害を軽減する上では有用かと思っています.

1.東京都健康長寿医療センター研究所編:ウォーキングのすすめ.特定非営利活動法人認知症サポートセンター,東京,2009.
2. Tada A, et al.: Cognitive Status: A systematic review Archives of Gerontology and Geriatrics. 70,44, 2017.
3. Lexomboon D, et al.: Chewing Ability and Tooth Loss: Association with Cognitive Impairment in an Elderly Population Study. Journal of American Geriatric Society. 60,1951,2012.
4. Kopplina DC, et al.: Cognitive status of edentate elders wearing complete denture: Does quality of denture matter? Journal of Dentistry. 43, 1071,2015.
5. 富田美穂子,他:咀嚼が短期記憶能力に及ぼす効果.日口科誌.56,350,2007.

一般社団法人 TOUCH/TOUCH口腔機能回復センター

舘村 卓 

多系統萎縮症の嚥下障害に関する初のコンセンサス・ステートメント(2022/03)

多系統萎縮症(Multiple System Atrophy:MSA)は,自律神経障害に加えて,小脳性運動失調やパーキンソニズムを呈する神経変性疾患です.嚥下障害をしばしば合併し,運動症状の出現後5年以内に出現することが診断において役に立ちます.口腔・咽頭相の嚥下障害,食道機能障害,誤嚥が生じ,誤嚥性肺炎は本症の死因としても重要です.
しかしこれまで本症の嚥下障害に関するエビデンスに基づくガイドラインはありませんでした.このため2017年10月,コンセンサス・ステートメント作成のための国際会議がイタリアのボローニャで開催されました.その後,2019年8月から2020年10月までの文献を対象としたシステマティックレビューがなされ,昨年,その結果が報告されました.まず279論文が検索され,最終的に27件の研究が組み入れ基準を満たし,このステートメントの基礎となりました.特筆すべきは,うち12件が本邦からの論文であり,我が国の本症への貢献が窺えます.ただし各研究のエビデンスレベルは米国神経学会のClinical Practice Guidelineに則った評価で,診断に関する研究の大部分はクラスIIIないしIV,予後に関する研究はクラスII~IV,治療に関する研究はすべてクラスIVと必ずしも高くありません.
診断に関しては,診断時および定期的に,スクリーニング質問票や嚥下造影検査,嚥下内視鏡検査,マノメトリーといった検査を行い評価する必要があること,また誤嚥性肺炎は疾患の重症度とのみ相関することなどが記載されています.予後に関しては,嚥下障害が生存率の低下と関連するという2つの報告があるものの,嚥下障害がQOLに影響するか,もしくはどのような嚥下障害の所見が生存率に影響するかは不明と述べています.治療に関しては,多職種チームによるアプローチが有効であること,食事内容の改善や,姿勢の調節などを可能な限り行うべきと述べています.PEGの有効性についても記載されていますが,QOLや生存率への影響は不明です.
以上のように,本論文はMSAの嚥下障害に関するアンメットニーズを明らかにするもので,今後,取り組むべき研究に重要な示唆を与えます.ぜひご一読いただければと思います.

文献
Calandra-Buonaura G, et al. Dysphagia in multiple system atrophy consensus statement on diagnosis, prognosis and treatment. Parkinsonism Relat Disord. 2021;86:124-132.

岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野
下畑 享良

認知症がある方の嚥下障害への対応(2022/02)

<はじめに>
認知症がある方の嚥下困難の症状は、初期から中期まではアルツハイマー型、レビー小体型、前頭側頭型など、各病型の病態を反映した症状や行動がみられますが、中期以降は認知症状の進行に伴い摂食嚥下の症状も混沌とし、病型別の病態は不明確になることが多いとされています1)。いずれの場合も、誤嚥性肺炎に直結する咽頭期障害の有無を可能な方法で評価し、対応の工夫の優先度とポイントを押さえた対応が生命を守るために大切です。今回は、その症状の評価と考えられる対応策をいくつかご紹介致します。

<嚥下症状の評価・推察>
認知に問題があると、改訂水飲みテストや反復唾液嚥下テストのような一般的なスクリーニングテストの実施は困難です。飲食や唾液の嚥下、日常の声の様子などから口腔、咽頭の機能を推察・評価します。
A.まず、誤嚥性肺炎に直結する咽頭期障害の有無を推察します。
① 食事中、水分を飲む際にむせるかどうか
② 食事中、食後あるいは日中に声がきれいに出ず、痰がからんだようなゼロゼロとした声になることがあるかどうか
③ 夜間就寝中にせき込むことがあるかどうか
この3つのうち、いずれかがあるようでしたら、咽頭期嚥下障害を疑います。さらに、微熱程度の熱を含め発熱することがあるようでしたら、肺炎の傾向を疑いますので受診されることを勧めます。
B.Aの問題は見られないけれども食が進まない、という場合は口腔期と覚醒状態のチェックをします。
① 歯の欠損、義歯の不適合など口の中の環境が整っているか
② 食事の時に覚醒しているか
③ 食物の認識ができるか
口腔環境は、可能であれば歯科治療を進めます。

<問題点への対応>
A.咽頭期の問題への対応
認知の問題の有無に限らず、咽頭期障害は肺炎に至る心配が強くありますので対応が必要です。特に水分のむせは誤嚥に至っている危険性が高いので、むせずに飲めるように下記のような工夫をします。
① 適量のとろみをつける:市販のとろみ調整食品を用いてむせずに飲み込める濃度のとろみをつけます。むせずに飲めるので苦しさが減り、受け入れられることも少なくありません。とろみの受け入れが悪い場合は水分をゼリー状の食品で摂るのも一案です。
② 夜間にせき込むことがある場合:ベッドの上半身を少し(20度程度でも)起こした姿勢にします。ベッドが起こせない場合や布団の場合は、頭部の下に座布団などを入れて少し上げるだけでも軽減する場合があります。合わせて声の様子や食事時のむせに注意をし、対応を検討します。
B.口腔期、覚醒低下への対応2,3)
それぞれの状況に合わせて、下記のような対応を取り入れてみます。
① 口腔環境について歯科受診が難しい、あるいはご本人が義歯装着を希望されない場合:お口に入れる食物の形態の工夫で対応します。歯が残っていて少しでも噛むことができる場合や、歯茎で噛む力がある場合は、はんぺんや柔らかい肉団子、おでん種の練り製品を柔らかく煮た物などを、適度な大きさで提供します。咀嚼が困難な場合はペースト状にします。
② 覚醒状態が悪い場合:摂食は危険です。少しでも覚醒状態が良い時間帯を探して摂食を進めます。

図1 取っ手付きの椀の例

    図1 取っ手付きの椀の例

③ 食物の認識が悪い場合:器やスプーン上の食物をよく見せる、献立を説明する、匂いを嗅ぐよう促す、介助しながら器やスプーンを持たせる、口に入れるところで口唇を刺激するなどして、認識を進めます。図1のような取っ手付きの器を手で持つと認識が進むことがあります。個別性が高いこともありますので、色々試してみると良いと思います。

C.その他の対応
摂食を進める中で悩ましいことに、嚥下しているかどうかわかりにくいことがあります。頸部聴診(図2)ができれば望ましいですが、毎回の嚥下毎には行いにくいです。また、喉頭を直接圧迫して嚥下を妨げるようなことがあってもいけないので、図3のように頸部に介助者の指を触れて嚥下を確認すると良い場合があります。

図2 頸部聴診の例

     図2 頸部聴診の例

図3 指で嚥下を確認

     図3 指で嚥下を確認

<まとめ>
認知に問題がある方々の摂食場面では、様々な難題が起こることが多いですが、咽頭期嚥下の安全性を確保しながら、問題の背景を理解するよう努め、個別の状況に合わせて試行することも大切です。命を支える摂食が少しでも進むよう介助、対応する側の方々の経験を生かし、共有して行けますよう願っています。

1) 小谷泰子.認知症の症状進行と嚥下障害の関係:野原幹司編.認知症患者の摂食嚥下リハビリテーション.南山堂;2001. P31-3.
2) 聖隷嚥下チーム編:認知症への対応:嚥下障害ポケットマニュアル.第3版.医歯薬出版;2011.P150
3) 長谷川賢一:言語聴覚士が行う観察とスクリーニングテスト:摂食嚥下障害学;医学書院;2014.P102-4

埼玉県総合リハビリテーションセンター 言語聴覚科 清水充子

摂食嚥下・栄養サポートにおける多職種連携―第18回東京大会のご案内―(2022/01)

第18回日本神経摂食嚥下・栄養学会東京大会を2022年9月3日(土),東京都府中市で開催することになりました。コロナ禍のため2020年大会は延期,2021年大会はWEB開催でしたが,2年ぶりの現地開催を目指して準備しております。久しぶりに顔と顔をつきあわせて,熱い議論を交わすことができればと願っております。
東京大会のテーマは「多職種で極めよう栄養サポート―病初期から終末期まで―」です。摂食嚥下・栄養サポートの目標は栄養状態の維持・改善であり,「生活の質(QOL)」の向上です。根本的治療が確立されていない多くの神経難病において,多職種連携のもとでいかに栄養療法を行い,患者のQOLを維持させるかは,もっとも重要な課題の一つであると言っても過言ではありません。それぞれの神経疾患における栄養障害の知見を深め,エビデンスに基づいた栄養サポートを行っていく必要があります。また看護師や栄養士,言語療法士などの多職種介入は不可欠で,いかに地域でチームをつくるかが問われています。
今回は特別講演に,外科医として栄養療法を牽引してこられた日本臨床栄養代謝学会(JSPEN)理事の丸山道生先生をお招きしました。嚥下食,胃瘻造設の意義,成分栄養等の観点からお話をいただく予定です。教育講演は,東京都立神経病院院長の高橋一司先生,国立精神神経研究医療センター(NCNP)病院院長の阿部康二先生にお願いをしております。シンポジウムとしては,「多職種による嚥下・栄養サポート連携」と題して,4人の異なる職種の演者(歯科医,看護師,栄養士,脳神経内科医)にそれぞれの立場から栄養サポートの意義と連携について語っていただきます。また今回,副会長企画として臼井晴美先生(NCNP病院)に摂食嚥下認定看護師の立場から議論する場を設けていただきました。認定看護師の活動にスポットをあて,これまでの苦労話や今後の展望について皆さんで共有したいと思います。
神経難病の中でも筋萎縮性側索硬化症(ALS)については,近年栄養・代謝に関する研究報告が著しく増加しており,世界的なトピックスになっています。とくに,体重減少の責任病巣,代謝亢進の意義,脂質代謝へのシフト(fuel switch),栄養療法の治験,など様々な角度からエビデンスが構築されつつあります。またパーキンソン病においても,栄養障害と重症度との関連は確立されつつあり,今後の展開がおおいに期待されるところです。神経難病における栄養療法は古くて新しいテーマであり,東京大会が少しでもその発展に貢献できればと願っております。

東京都立神経病院 脳神経内科 清水俊夫

東京大会HP:https://square.umin.ac.jp/jsdnnm2022/

摂食嚥下支援チーム介入で見えてきた課題(2021/12)

当院は回復期リハビリテーション病棟を持つ一方、パーキンソン病センターでもあり神経難病患者を多く抱える病院で、脳卒中後の回復していく嚥下障害とは異なり介入により一時的に良くなっても病気の進行と共にやってもやっても最終的に悪くなっていく嚥下障害に苦闘している。
当院ではビデオ嚥下造影VFも1990年頃から行われ摂食機能療法の診療報酬が認められる以前から病棟にコアナースを置いて摂食嚥下委員会が嚥下チームとして活動し地域にも発信してきた。摂食・嚥下障害看護認定看護師以外にも院内認定した看護師(認定院内看護師)もいて、さらに2020年に診療報酬改定を受けて摂食嚥下支援チームを立ち上げ、日本摂食嚥下リハビリテーション学会にもチーム活動を報告した1)
残念ながら摂食嚥下障害に良く効くと実感できる薬はまだない。問題ある薬はないか、食事体位、食形態、口腔ケア、栄養量、日中の活動、リハビリテーションなど嚥下評価をしつつ細かく調整し介入していく。
しかし離床、口腔ケアなど嚥下介入一つ一つに時間と労力がかかり、口から食べることに、労力に見合うだけの価値を認めていないと疲弊して続けられない。病棟のスタッフの意識、価値観が現れる。病棟や他の院内スタッフの気持ちは表面に出るから向き合っていけば意識や価値観も変わるかもしれない。少なくともそう思って向き合っている。
経口摂取を望む患者、家族があり退院後にWeb診療で協力してくれる訪問スタッフさんがいる一方で、経口摂取ができても体位、食形態などで注文が多いと退院先の施設から受け入れられない。口から食べることの価値は昔からすると徐々に認められるようになり一部では当然のこととして受け入れられていてもまだまだ地域で受け入れられていない現実がある。いくら病院で良くなっても地域に戻れないケースも少なくない。
カンファレンスを通じ病院、地域のスタッフとより密に接し摂食嚥下、食べることへの意識、価値観自体と向き合ったことで、まだまだ多くの人達に食べることへの意識、価値観が少しづつであっても認められていくような継続的努力の必要さを痛感する。

NHO鳥取医療センター 金藤大三

202112161 202112162
202112163 図表はいずれも(1)の発表スライドより

 

 

(1)摂食嚥下支援チームの取り組み 橋本由美子、金藤大三、森智美、光山忠史、中村真由美、橋本秀次 (第26・27回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会にて発表)

水平性歯肉肥大による口腔の形態および機能への影響(2021/11)

薬物性歯肉増殖症は特定の薬物によって起こる歯肉増殖で,その原因となる薬物として代表的なものは フェニトイン,ニフェジピン,およびシクロスポリンA である1-4)。フェニトインは抗てんかん治療薬で,てんかんの大発作や焦点発作,精神運動発作に有効なヒダントイン誘導体薬物である。ニフェジピンは,狭心症や本態性高血圧症の治療薬として頻用されるジヒドロピリジン系誘導体の代表的なカルシウム拮抗薬である。シクロスポリンA は,肝臓,腎臓,心臓の臓器移植時に定型的に使用される細胞増殖抑制および細胞毒性を示さない免疫抑制剤として使用されている。

フェニトイン,ニフェジピン,およびシクロスポリン A のいずれの薬物においても,誘発される歯肉増殖症の病態は臨床的に共通する特徴を有している5)。肉眼的には,歯間乳頭部歯肉が,近遠心部から歯冠中央に向けて幅と厚さを増していく。それに伴って辺縁歯肉 も増大し,やがては歯冠を覆いつくすまで肥大する場合もある(図1,2)。通常は非炎症性で色調はピンク色を示し,硬い線維性の硬結として増殖を示すが,中高年ではプラーク沈着により炎症が併発し,歯肉は通常の歯周炎のように発赤,浮腫状となり紅斑性,易出血性を示す6)。上顎よりも下顎,舌側よりも頬側に歯肉増殖の発現が著しい傾向が認められる。

重症心身障害児者・者では,歯肉肥大を誘発する薬物の服用や遺伝的素因はないが水平性歯肉肥大を認める症例が散見される7)。重症心身障害児・者病棟入院中の患者で、歯肉肥大を誘発する薬物服用や遺伝的素因がなく,3.5㎜以上の水平性歯肉肥大があるものの比率は,臨床的特徴を検討した報告8)によると,73名中に4名(5.5%),胃瘻のみでは18名中4名(22.2%)に特発性水平性歯肉肥大が認められていた。特発性水平性歯肉肥大を認めた者とそうでない者と比較して平均年齢が低く,経管栄養と開咬の者の割合が有意に多いことがわかった。その特徴は上顎前歯部と上下顎臼歯部の口蓋側・舌側への水平性の肥大があり、4例とも経口摂取の既往がなかった。

著しい水平性歯肉肥大の症例(図3)を経験すると,永久歯の萌出障害,交換期乳歯の残存,歯列弓の狭窄,舌房の狭窄による舌の可動制限,発音障害,開咬,咀嚼障害,審美障害などの問題を有することが明らかである。治療法は水平性の歯肉肥大部を外科的に切除する。術後は再発の防止のために歯科医師・歯科衛生士など専門家による歯口清掃,歯口清掃指導を継続する必要がある。これら歯肉増殖・肥大症は、一般的な歯垢清掃不良による歯肉炎(図4)とは異なる特徴像を呈するが放置すると増悪することが知られている。

(国立病院機構千葉東病院 大塚義顕)

【参考文献】

1) Kimball OP:The treatment of epilepsy with sodium diphenyl hydantoinate. J Am Med Ass, 112: 1244-1245, 1939.

2) Ramon Y, Behar S, Kishon Y, Engelberg IS:Gingival hyperplasia caused by nifedipine a preliminary report. Int J Cardiol, 5:195-206, 1984.

3) Lederman D, Lumerman H, Reuben S, Freedman PD, Flushing NY:Gingival hyperplasia associated with nifedipine therapy. Oral Surg, 57:620-622, 1984.

4) Rateitschak-Pluss EM, Hefti A, Lortscher R, Thiel G:Initial observation that cyclosporin-A induces gingival enlargement in man. J Clin Periodontol, 10: 237-246, 1983

5) 岡田 宏,石川 烈,村山洋二:先端医療シリーズ・ 歯科医学 2 歯周病 新しい治療を求めて,先端医療 技術研究所,東京,2000.

6) 米田栄吉:薬物性歯肉増殖の発症機序を探る.日歯 周誌,44:315-321, 2002.

7)脇本仁奈,小笠原 正,植松紳一郎,他:経管栄養の重症心身障害児にみられた特発性歯肉肥大の一例.障歯誌,41:340-346、2020

8)脇本仁奈,小笠原 正,薦田 智,他:重症心身障害児・者にみられた特発性水平性歯肉肥大.障歯誌,42:84-90、2021

 

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図1 シクロスポリンによる歯肉増殖所見

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図2 フェニトインによる歯肉増殖所見

 

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図3 重症心身障害児の水平性歯肉肥大所見

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図4小児の口腔清掃不良による歯肉炎所見

COVID-19に伴う摂食嚥下障害―様々な病態に注意して多職種で対応する(2021/10)

COVID-19感染症は長期にわたり、様々な年代に拡がってきました。神経症状および摂食嚥下障害に関しても多数の報告がみられています。神経筋症状の合併率は36.4-88.0%と報告されており、神経系では脳血管障害(脳梗塞・脳出血など)、髄膜脳炎・脳症・脳炎・運動異常症・免疫介在性ニューロパチー・重症筋無力症・筋障害・COVID19治療薬に伴う症状など様々な病態が報告されています(図1)。神経障害をきたす病態機序としては中枢神経系や筋へのウイルスの直接感染、血管内皮への感染、血液脳関門の破綻、血栓形成、間接的な神経障害などが考えられています(図2)。
例としてはCOVID-19による血栓形成に伴い、脳梗塞や脳出血を合併して嚥下障害を合併することがあります。また、ウイルスが中枢神経系に感染して髄膜脳炎・脳症・脳神経炎を起こして嚥下障害を生じることもあります。脳の損傷部位や脳神経、筋肉など障害を受けた部位によりそれぞれ嚥下動態が異なるため、病態を把握して対応する必要があります。食形態や姿勢、訓練方法など疾患によって異なるからです。
一方、COVID-19の急性呼吸不全により嚥下障害をきたすこともあります(2021年3月のコラム参照)。ICUで人工呼吸器管理をした患者では嚥下障害を高率に合併するため、評価をする必要があり、特に声帯麻痺や不顕性誤嚥に注意します。
また、後遺症として意欲低下、うつ、嗅覚障害、味覚障害なども問題となります。食欲低下により栄養不良になると、さらに嚥下機能は低下します。嗅覚障害・味覚障害がある場合には食事の形態や味にも配慮が必要です。COVID19に対抗するために栄養管理もWHOから推奨されています。きめ細かい栄養管理が必要です。
COVID-19に関する摂食嚥下障害は本学会のコラムでも何度か取り上げられています。また、日本嚥下医学会から診療ガイドラインも提唱されています。COVID19に伴う摂食嚥下障害では嚥下障害の病態が多岐に及ぶため、様々な角度から多職種で関わる必要があります。感染予防を行いながらの対応は大変ですが、患者さんを支える取り組みが引き続き必要とされると考えます。

図1 COVID19の神経筋合併症
図2 神経筋合併症の病態機序

下畑先生の許可をいただき転載

参考文献
1,下畑 享良. COVID–19 と神経変性疾患診療. 神経治療 38:20–23,2021
2,下畑 享良. 新型コロナウイルス感染症と神経筋合併症. J-IDEO Vol.5 No.1, 10-19, 2021
3,Romero–Sánchez CM, et al : Neurologic manifestations in hospitalized patients with COVID–19 : The ALBACOVID registry. Neurology, June 01, 2020.
4,日本嚥下医学会 新型コロナウイルス感染症流行期における嚥下障害診療指針 2020年4月14日 https://www.ssdj.jp/uploads/ck/admin/files/topics/202004/006_kikan.pdf
5,Yurika kimura, et al; Society of swallowing and dysphagia of japan: Position statement on dysphagia management during the COVID-19 outbreak. Auris Nasus Larynx. 2020 Oct; 47(5): 715-726.

コラム10月号(図表)巨島先生

諏訪赤十字病院 リハビリテーション科

巨島 文子

 

 

神経筋疾患患者における舌厚みの測定(2021/09)

神経筋疾患患者の嚥下障害には、舌機能が大きな影響を及ぼしますが、その評価には舌圧測定が一つの役割を果たしています。神経筋疾患患者の多くは進行過程で舌圧が低下しますが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)のように舌が萎縮する(写真左)疾患がある一方で、デシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)のように舌が肥大する(写真中央)疾患もあります。これら舌の萎縮や肥大を客観的に評価する目的で、超音波エコーを用いて顎下部~舌背部にかけての距離を測定する方法(写真右)があります。筆者らは、ALSとDMDに加え、筋強直性ジストロフィー(DM1)の3疾患の比較と経時的変化の比較を行いました。
3疾患の比較では、DMD群が著明に舌に厚みがあり、巨舌を客観的に示すことができました。その一方で、DMDの舌肥大は舌圧値に相関しないことも示唆されました。脂肪組織の増加によって舌が肥大しているのであれば、舌筋力への影響は限定的なのかもしれません。また、ALS群は舌厚みが低下した患者ほど舌圧が低下しており、舌萎縮が舌筋力低下に影響していることが裏付けられました。
経時的変化の比較では、ALS群は平均2年間で舌厚み、舌圧ともに低下していましたが、DM1群とDMD群は4~5年間でも有意な変化は認められませんでした。興味深いことに、ALSの四肢麻痺群の方が球麻痺群よりも舌圧低下幅が大きく、観察期間の前に球麻痺群は既に舌機能低下が進んでしまっていた可能性があります。ALSは急速に舌萎縮と舌圧低下が進行するのに対し、DM1やDMDの進行は緩徐であり、数年程度の経過観察では変化を掴めないのかもしれません。
以上のように、舌の萎縮や肥大をきたす神経筋疾患患者の病状進行を把握するためには、舌圧測定のみでなく、定期的な超音波エコーを用いた舌厚み測定の有用性が示唆されました。特にALS患者の舌萎縮進行を客観的に示すためには必要な方法の1つと考えます。

Umemoto G, et al. BMC Neurology (2021) 21:302
Umemoto G, et al. Neurology and Clinical Neuroscience (2016) 4:1–4

福岡大学病院摂食嚥下センター 梅本丈二

202109-1 202109-2 202109-3

「情報共有は窒息事故防止のかなめ」(2021/08)

窒息で生命を落とす人は年間約9000人.その数は15年以上変わっていません.窒息事故は,嚥下障害による機能低下やかきこみ食べなどの食行動の変容だけではなく,介助者間の情報の行き違いによっても起こります.患者の現在の食形態や食行動についての情報収集不足や情報共有不足が要因となることがあるのです.
昨年,当院で窒息事故が発生しました.その原因をつきつめていくと,介助者が患者の情報を十分に把握できていなかったことと介助者間での情報共有が不十分だったことがわかりました.必要な情報が伝えられなかったことにより,大きな事故につながってしまいました.「1件の重大な事故が起こるまでに29件の軽微な事故があり,300件のヒヤリハットが起こっている」という「ハインリッヒの法則」がありますが,まさにその通りになってしまったわけです.逆に言えば,この小さな情報のやりとりを丁寧に行うことで,窒息事故を減らせる可能性があるということです.義歯の使用の有無,食事介助の方法や注意点,食事摂取量,体重減少の有無,窒息や誤嚥性肺炎の既往など,ごくごく当たり前の情報を確実に取る,そしてその情報を関わるスタッフ全員と共有することが大切です.当院ではこの苦い経験から,現在は看護師間で入院時の情報共有を徹底し,窒息事故防止に努めており,窒息事故の効果的な防止策も検討中です.
患者の食事摂取に直接関わる看護師や介護士が,患者の症状や,摂食嚥下に関する情報を正確に把握し,その情報を関係者全員で共有することで,窒息事故が少しでも減少することを願います.

国立精神・神経医療研究センター 看護部

臼井 晴美

 

Lee Silverman Voice Treatment(=LSVT®)について思う(2021/07)

本年4月より高松医療センターではLSVT® を中心としたパーキンソン病のリハビリテーション入院を始めました。その理論と効果についてご紹介させていただきます。
パーキンソン病の運動障害の原因の一つは無動や筋強剛による運動低下ですが、内部キューイング(自らの行為を促す能力)の異常運動感覚処理能力(自己校正力)の低下前頭葉障害(注意障害、整理・処理・実行能力の低下など)も大きな影響を与えています。
LSVT (=Lee Silverman Voice Treatment) とはRamigらが1994年に考案したパーキンソン病に対する発声発話訓練法ですが、2000年代には理学療法・作業療法領域への応用が実用化しLSVT® LOUD、LSVT® BIGと呼んで区別されています。内容の詳細説明は割愛しますが、治療の標的を単一の行為(LOUDでは大きな声を出すこと)に絞ること、特異的・実用的訓練を集中的に繰り返すこと、自己校正力を徹底強化することの3点が特徴です。LSVT®の効果は世界的に知られていますが、脳画像研究においても補足運動野の異常活動の正常化や大脳基底核の活動増加が報告され、非運動障害も改善させるほか病気の障害を遅らせる可能性も示唆されているとのこと。またLSVT® LOUDは嚥下障害への効果にもエビデンス研究が散見されます。
当院のパーキンソン病リハビリテーション入院は、LSVT®を中心に、医師による疾患についての講義、看護師による個別の目標設定援助や自主練習課題の評価、薬剤師による薬剤指導、NSTによる栄養・嚥下の評価・指導など、チームで関わる4週間入院です。認知機能の低下が著しい患者さんへの効果はいまひとつですが、中には状態がみるみる変化し運動機能の改善だけでなく性格も明るくなったように感じられる患者さんもおり、いままでにない手ごたえを感じております。まだ始めたばかりで効果の判定には至りませんが、長期効果も含めてフォローしたいと思います。
LSVT®の応用としてLSVT ARTIC(声量の代わりに明瞭さを標的とする訓練)も推奨されているとのこと。嚥下障害の改善を目指すなら標的を何に絞るべきか・・・と思いを巡らせる今日この頃です。

(参考文献)
・Ramig L, et al.Voice treatment for patients with Parkinson disease:Development of an approach and preliminary efficacy data. J Med Speech Lang Pathl.1994;2:191-209
・Farley B G, et al. Training BIG to move Faster:the application of the speed-amplitude relation as a rehabilitation strategy for people with Parkinson’s disease. Exp Brain Res.2005;167:462-467
・倉智雅子.特集/パーキンソニズムのリハビリテーション診療 パーキンソニズムの言語聴覚療法.
MB Med Reha.2020;248:31-38
・Ramig L, et al.Impact of LSVT LOUD and LSVT ARTIC on speech intelligibility in Parkinson’s
disease. Mov Disord.2015;30:S112-113

国立病院機構高松医療センター 神経内科

市原 典子

認知症とエネルギーに関する一考察(2021/06)

 

アルツハイマー病、前頭側頭葉変性症、レビー小体型認知症は、まったく異なる疾患のようですが、各疾患には、(1) 加齢に伴い発症頻度が増加する、(2) 発症前に前駆期がある、(3) 病的タンパク質が蓄積するといった共通の特徴があります。しかし、何故共通する特徴があるのかは不明です。私達は、安静時機能的MRIを用いた脳の回路解析を通じて、脳の複数の回路をつなぐハブ領域の障害が発症の共通基盤であることを見出しました1-6)。脳ハブ領域には多くのシナプスが存在し、多量のエネルギーを必要とします。この領域は、ATP関連遺伝子発現が豊富であり、糖代謝PETでも高い活動性を示します。一方、アルツハイマー病の最初期病変である嗅内皮質に目を向けますと、この領域は脳深部に存在しますが、複数の異なる大脳皮質連合野(脳ハブ相当)から入力があり、海馬に情報提供するとともに、海馬情報を連合野に戻しています。また内側嗅内野には、自分の空間的位置を把握する働きを持つグリッド細胞が存在しており、脳ハブ領域と同様に非常に多くのエネルギーを必要としていると考えられています。このように見てくると、認知症の好発部位はエネルギー危機に晒されていると言えるかもしれません。興味深いことに、ATP産生の中心であるミトコンドリアの数や機能は10歳毎に約8%低下し7)、認知症では共通して、多量のATPを必要とするユビキチン・プロテアソーム系ならびにオートファジー・リソソーム系の異常を認めます。ATPの材料である脂質や糖関連の異常も発症の危険因子です。もし、エネルギーの需要と供給のバランス破綻が病的タンパク質の蓄積を起こし、認知症の発症に重要な役割を果たすと考えるならば、なぜ異なる認知症で共通の特徴があるのかという疑問への答えになるのではと思っています。また、脳ハブ領域は、その下流に当たる運動、聴覚、視覚などの機能低下が起きた時に活動が上がる特性もあるため、なぜ、運動量の低下や難聴などが認知症に関連するかとの疑問にも示唆を与えてくれます。発症前に体重が減る謎や、感染症罹患後に急激に重症度が上がる謎なども解けるかもしれません。現在、私達は、持続可能なATP供給を目指す薬剤開発や、脳ハブへの負担を減らす手法の開発に興味を持っています。もちろん、良き摂食、嚥下、栄養が認知症予防にいかに大切であるのかもあらためて感じている次第です。

1) Bagarinao E, Watanabe H, et al. Front Aging Neurosci. 2020;12:592469.
2) Bagarinao E, Watanabe H, et al. Neuroimage. 2020;222:117241.
3) Bagarinao E, Watanabe H, et al. Sci Rep. 2019;9(1):11352.
4) Ogura A, Watanabe H, et al. EBioMedicine. 2019;47:506
5) Yokoi T, Watanabe H, et al. Front Aging Neurosci. 2018;10:304.
6) Imai K, Masuda M, Watanabe H, et al. Ann Clin Transl Neurol. 2020;7:2115
7) Tomasi D, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2013;110:13642

藤田医科大学 脳神経内科

渡辺 宏久

棒付き飴を用いた口腔機能検査法(2021/05)

認知症患者では口腔から咽頭への送り込みに要する時間の延長や随意での運動制御障害による口腔機能不全を認めます.したがって,認知症患者の食事支援には摂食嚥下に関わる口腔機能評価が重要です.口腔機能評価法には咬合力検査や舌圧検査など様々ありますが,認知症患者では指示に従うことができず実施困難な場合もあります.認知症患者では食事介助を要することも多く,介助者に食事ペースや一口量などが委ねられることから,より一層,摂食嚥下機能を把握しておく必要があります.したがって,日常の食事観察を通じて,口腔機能に関わる情報を得ることが多いです.しかし,これらは主観によるもので,情報共有に齟齬が生じる可能性があります.加えて認知症の進行に伴いその変化を適時に把握することも困難です.
そこで我々は認知症患者が棒付きの飴を舐めた際の1分あたりの飴の重量変化を測定する検査である舐摂(しせつ)機能検査を提案し,臨床生理学的な意義と妥当性を検討しました.棒付き飴を用いた理由は誤飲防止及び口腔内で飴を舐め動かす様が間接的に観察できる利点があるからです.チュッパチャップスを用い,2分間一生懸命舐めてもらった際の1分あたりの飴の重量変化をその値としました. 検査では見守りの者が傍につき,飴を口腔外に出さず舐め続けるよう促し,飴を噛まないよう声掛けをします.まず地域在住高齢者を対象に同検査が有用であることを確認後,認知症高齢者を対象に検討しました.その結果,舌圧検査,オーラルディアドコキネシス,反復唾液嚥下テストでは約7-8割の方で実施可能だった一方,同検査は9割強の方に可能でした.加えてVF検査より飴の重量を減らせる方ほど嚥下に要する時間(口腔通過時間や全嚥下時間)が短いという傾向が明らかとなりました.
舐摂機能検査は摂食中枢を刺激した状態の口腔機能検査で,新しい舌機能の指標として利用できる可能性が考えられます.
(参考文献)
Development of a candy-sucking test for evaluating oral function in elderly patients with dementia: A pilot study. Mori T, Yoshikawa M, Maruyama M, et al., Geriatr Gerontol Int. 2017 Nov;17(11): 1977-1981.

広島大学大学院医系科学研究科 先端歯科補綴学

吉川 峰加

人はなぜ向き合って食べるのか 共感とミラーニューロン(2021/04)

ヒトは向かい合って食事をして来た。ところが、COVID-19時代の今、対面式の食事風景は消えてしまった。たかがそれしきのことと思うなかれ。そこに、本ウイルス感染の大きな災禍が潜んでいる。

先日ある会で魂の起源について話した。魂とは生きようとする強い意志である。その背景に、自我と歓びと動機がある。中でも自我が中心である。自我あってこその魂なのである。自我を担う部位は前島回(AIC)という場所にあって、そこは味覚の第3ニューロンに当たり、辺縁系に分類される古い大脳皮質である。AICに達した味覚情報は、更に前頭葉眼窩面に向かい、他の感覚と調合され評価される。そうして生じた歓びは、側坐核(NAc)に集約される。NAcには、視床下部から食欲関連の感覚も集まり、かくして、生きる情熱が高まりをみせると、前帯状回(ACC)が活性化され、やる気にスイッチが入る。

こうした食にまつわる歓びの感情を共有する場が食卓である。単にめいめいの空腹を満たすだけの場ではない。食卓を囲む一番の目的は、魂のふれ合いであり、互いを理解し、認め合う、魂の交歓の場にある。テーブルを囲んで、相手の目を見ながら食事をすることの大切な理由がここにある。このことは、難病患者の食事を介助する時も同様である。必ず声掛けをして、目を見て食事を援助するのである。

以前お聞きした神奈川のALS患者N氏宅の食事風景は感動的であった。夫人は、常にまず食材を患者さんに見せるところから始める。そして、「あなた、今日は家族でこのご馳走よ」と話しかける。出来上がった料理を見せてから、ミキサーにかけ、胃瘻から注入するのである。そのこころと魂を繋ぐ風景にこころが震えた。

目は口ほどにものを云うというが、別々の人間同士が語らずとも同じ気持ちになることを共感と呼ぶ。近年その背景をなす脳の仕組みが分かって来た。互いに感応し合う神経細胞をミラーニューロン(鏡神経)と呼ぶ。これには、AICやACC、或いは下頭頂皮質と下前頭皮質等が関与する。互いに目を見ながらの円卓の食事は、魂の交歓の場となる。

本会々員は、嚥下や食事の実践と研究を通して、神経難病患者さんを長く励まして来た。こうした経験は、COVID-19で分断された人々に勇気を与え、生き抜く力を見出すきっかけを与えよう。会員一同の奮励に期待する(令和3年3月23日)。

日本神経摂食嚥下・栄養学会 名誉理事

鎌ケ谷総合病院 脳神経内科(難病脳内科)

湯浅 龍彦

COVID-19後遺症としての嚥下障害:むせのない誤嚥に注意(2021/03)

COVID-19はいまだに医療・介護に大きく影響を及ぼしています。我々摂食嚥下障害に関わるものとしても、日常診療で感染するリスクに対して、日本嚥下医学会からも診療ガイドラインが提唱されています(https://www.ssdj.jp/)。
今回、COVID-19後遺症としての嚥下障害の嚥下造影所見の報告がされました。COVID-19の急性呼吸不全より回復した21例の患者さんのVF所見をまとめた報告です。それによりますと、19例で異常所見を認め、16例で誤嚥を認めました。共通した所見としては、口腔相の食塊移送障害、咽頭相の嚥下運動遅延、咽頭収縮力低下等です。最も特徴的な点としては誤嚥を認めた16例のうち15例が無症候性誤嚥(silent aspiration)でむせこみがなかったとのことでした。今回対象の患者さんは全例が人工呼吸器装着した例であり、挿管の後遺症としての摂食嚥下障害も加味すると想定されますが、咽頭感覚の低下については新型コロナウイルスの神経親和性(ウイルスが神経細胞内に侵入する)などの影響も考察されています。
COVID-19後遺症としては、呼吸困難、嗅覚障害、易疲労感などがクローズアップされており、今後も後遺症への対応が問題となることが予想されます。我々摂食嚥下障害に携るものにとっても、後遺症としての摂食嚥下障害及び誤嚥性肺炎には注意が必要です。
今回の論文からの教訓は、COVID-19既往者では、むせこみのない方でも咽頭感覚低下による無症候性誤嚥の可能性を常に考慮して、診療、リハビリテーション、介護にあたるべきということです。

参考文献
European Archives of Oto-Rhino-Laryngology, https://doi.org/10.1007/s00405-020-06522-6

東京医科歯科大学 臨床医学教育開発学 山脇正永

コロナ禍における気管切開(2021/02)

新型コロナウイルス感染症の蔓延はまだまだ油断ができない。食事場面が感染と関連が深いために、まさに嚥下障碍患者および嚥下障碍と関わる全ての職種、家族が大きな影響を受けている。
一般に重症呼吸不全で呼吸管理が長期になる場合には気管切開が必要とされるが、気管切開術の手技、術後管理、看護場面の多くはエアロゾルが発生する手技(Aerosol Generation Procedure:AGP)を伴うのである。新型コロナウイルス感染症患者においては気管切開を忌避する動きすらみられたが、必要な患者には行わざるをえない。
日本耳鼻咽喉科学会からは昨年4月に気管切開の対応ガイド[1]が提案され、日本嚥下医学会からも「新型コロナウイルス感染症流行期における嚥下障害診療指針」のなかで気管切開後の管理[2][3]も言及された。気管切開中のAGPを完全に避けるための手順が紹介されている。しかし、実際に行ってみると、もしも手順を間違えれば術者自らが感染する危険性が高いこと、感染予防のための装備(気密性の高い特殊なマスク、防止など最高レベルの防御)などから術者・助手、麻酔科医らのうける心理的ストレスが非常に高いことがわかった[4]。また、経験のある術者がのぞましいとされる一方で、経験のある“比較的高齢の”術者は感染後の重症化リスクが高い。
練習で出来ないことは本番でも出来ない。また、感染蔓延地域・時期では気管切開前のPCRで陰性が確認されていても偽陰性のリスクがある。そのため、我々は若手も含めて日常の気管切開においてもAGPを避けた手順を徹底した。半年を経過して、術者・助手を経験した15名にアンケート調査を行ったところ、 “陰性とわかっていても”、手順変更によって通常よりストレスを感じていたが、麻酔科・看護師を含めて感染予防への意識と理解の深まりもあきらかとなった。
筆者もすでに新型コロナウイルス感染症患者における気管切開を数例経験したが、手順はすでにチーム内で徹底され、ルーチン化された。全国調査も行われたが、幸い、気管切開にともなう医療者の感染は報告されていない。
日常診療においても標準防護策の徹底がなされてきた。一方で、慣れ、が生じていることも危惧される。かつてMRSAが蔓延したころ、感染対策徹底によって感染数を激減させたのに、油断が再燃を呼んだ事例があった。まだまだ気を引き締めて、日常診療に当たる必要がある。

[1] 日本耳鼻咽喉科学会 「気管切開」の対応ガイド 2020年6月16日改定 第二版
[2] 日本嚥下医学会 新型コロナウイルス感染症流行期における嚥下障害診療指針 各論:気管切開孔管理 2020年4月14日 https://www.ssdj.jp/uploads/ck/admin/files/topics/202004/006_kikan.pdf
[3] Yurika kimura, Rumi Ueha, Tatsuya Furukawa, et al; Society of swallowing and dysphagia of japan: Position statement on dysphagia management during the COVID-19 outbreak. Auris Nasus Larynx. 2020 Oct; 47(5): 715-726.
[4] Mariko Hiramatsu, Naoki Nishio, Masayuki Ozaki, et al: Anesthetic and surgical management of tracheostomy in a patient with COVID-19. Auris Nasus Larynx. 2020 Jun; 47(3): 472-476.

愛知医科大学医学部耳鼻咽喉科 藤本保志

個々の体質も考慮して評価を(2021/01)

体質とは「遺伝的素因と環境要因との相互作用によって形成される、個々人の総合的な性質」と定義されている。健診の評価を行うときには「総合的な性質」と表現されるように、体重や血液検査の数値などは、その辺りを勘案して評価が必要ではないだろうか。
健診の結果説明の時のことである。
58歳の女性で、161センチで38キロと書かれている。自覚症状にも既往歴にもチェックは入っていない。診察室に入ってきた女性、確かに痩せてはいるが健康そうにお見受けする。一般的な内科診察の後で、「痩せてはいますが、特に病気はないようですね」と話しかけると、わが意を得たとばかり「先生、そうなんです。私の体重はここ10年ほど全然変わっていません。食欲もあってよく食べるんですが、太れない体質だと思っています。父も痩せていましたから」。
ところが健診結果にはいつも『バランスのいい食事をとって、もう少し体重増加を図ってください。精密検査も考えてください』などという文言が並ぶので、不愉快なんです」と話される。
41歳の男性、174センチで54キロとこちらも痩せ型である。胸部写真や心電図、超音波検査などに異常はなく、ただ血液検査でビリルビン値が基準値より少し高値で白血数が2500と少ない。ただこの二つの数値は過去数年間の検査でも、同じような値となっている。
一応の説明が済んだのち、「いつも要精密検査と言われてきました。白血数は父も低くて、家系的なものと思っています」と言われる。「私もそのように解釈しますが、コンピューターはその辺りのことはわかりませんので、基準値を外れるとHやLという文字が印字されるんですね」。
ところが「そこが私には死活問題になるんです。住宅ローンの借り入れの時に団体信用生命保険(借り入れている人が万が一死亡した時に ローンが弁済されるもの)に入ることができないのです。どうにかならないものでしょうか」と言われる。
体重などはその人にふさわしい体重というものがあり、単純にBMIで評価できるものではない。また白血数やビリルビン値、悪玉コレステロール値など、体質的な要素が強いように感じている。
人の健康状態を判断するときには、単純に数値のみでは推しはかれないものがある。

国分中央病院院長  福永秀敏

パーキンソン病の嚥下障害とMAO-B阻害薬(2020/12)

パーキンソン病(PD)の予後に関して、誤嚥性肺炎、窒息、栄養障害といった嚥下関連の死因が約半数を占める。したがって、嚥下障害を早期に診断し、対策を立てることは重要である。PD治療薬には様々な機序があるが、不足するドパミンの原料となるレボドパ、そしてドパミン受容体を直接刺激するドパミンアゴニストは使用頻度の高い薬剤である。最近、中枢のドパミン分解を阻害するMonoamine Oxidase type B(MAO-B)阻害薬の処方機会が増えている。セレギリンは従来使用されていたMAO-B阻害薬だが、アンフェタミン骨格を有しており、代謝産物として覚せい剤成分に類似した物質が発生するため、不眠、幻覚誘発、血圧変動などの副作用が知られていた。2018年に発売されたラサギリンはアンフェタミン骨格を持たず、副作用が少ない。また、一日1回内服で、長時間作用するため、パーキンソニズムの改善は緩やかであるが確実である。
レボドパは嚥下に関しては、有効、無効、悪化と報告は様々であり、メタ解析では無効と報告されている。1)私たちは以前ドパミンアゴニストであるロチゴチン貼付剤に、嚥下造影(VF)上の改善効果があることを報告したが(N=6)2)、その後症例数を増やして(合計N=50)レボドパ内服(200 mg/日[1日2回投与])とロチゴチン貼付(4.5㎎/日=レボドパ換算量60㎎)の効果を後方視的に比較した。3)その結果、ロチゴチンの優位性が示されたが、レボドパにも一定の機能改善効果があった。ただし、レボドパが奏効する患者の割合は低く、既報告とも合わせて、レボドパで嚥下機能が改善しない例が存在すると考えられる。一方、ロチゴチンの効果はより確実だが、その理由は何であろうか。最も大きな違いは、作用時間の差と考えられる。つまり、貼付剤は基本的に24時間効果があるが、レボドパは病初期でも内服後約1~5時間であり、進行期には内服3時間後には効果が切れ、薬効に日内・日差変動がある。残念ながらロチゴチンは非麦角系アゴニストであるため、睡眠発作の懸念から車両の運転をしないように警告が出ている。このため、長時間作用で、非麦角系ドパミンアゴニストでない薬剤が望まれている。
最近、未治療のPD患者(N=9)に、ラサギリン治療前後でVFを用いた嚥下機能の後方視的調査を行ったが4)、口腔期スコア、総得点、口腔通過時間、咽頭通過時間の有意な改善を見た。つまり、ラサギリン単剤で口腔期、咽頭期の機能改善が起こりうることを意味する。ただし、対象が少数で、初期のPDのみであること、後方視的調査であることから結果の解釈には注意が必要である。今後、追加投与(アドオン)も含む多数例での評価が必要である。

1) Melo A, Monteiro L. Parkinsonism Relat Disord 2013;19:279.
2) Hirano, et al. Dysphagia. 2015;30:452.
3) Hirano, et al. J Neurol Sci. 2019;404:5.
4) Hirano, et al. Parkinsonism Relat Disord. 2020;78:98.

近畿大学脳神経内科 平野牧人

COVID-19と嚥下障害(2020/11)

COVID-19は依然として世界で猛威をふるっており、今年の各学術集会では、このテーマの講演や報告が相次いだ。
European Society for Swallowing Disorders(ESSD) 2020の開催は、コロナ禍のため、すべてWEB発表(Q&Aのみonline)であった。ESSD2020演題のうち、COVID-19と神経障害・嚥下障害に注目した興味深い講演は“Dysphagia in COVID-19 –multilevel damage to the swallowing network-(Dziewas R.)”であった。
中国武漢市のCOVID-19指定医療機関でのCOVID-19連続214症例の神経症状の後ろ向き研究が紹介された。(1)中枢神経障害(めまい、頭痛、意識障害、脳卒中、運動失調、発作)、(2)末梢神経障害(味覚障害、嗅覚障害、視覚障害、神経痛)、(3)筋障害と、広範な嚥下に関する神経ネットワークに障害が及んでいた。全体の36.4%に神経症状を認め、中枢神経障害24.8%、末梢神経障害8.9%、筋障害10.7%で、頻度の高い中枢神経症状は、めまい・頭痛、末梢神経症状は、味覚障害・嗅覚障害であった。米国胸部学会の市中肺炎ガイドライン分類によると重症例が88例(41.1%)であり、重症例は、非重症例に比して高率に神経症状がみられた (45.5% vs. 30.2%, p=0.02)。
また、他の報告では、COVID-19 の急性呼吸窮迫症候群(ARDS)による気管内挿管下呼吸管理から離脱した101名のサバイバーに嚥下障害がみられる割合は、重度嚥下障害(経管栄養が必要)20%、中等度(嚥下障害で何らかの食制限が必要)54%であった。嚥下障害の原因として、気管内挿管そのものも一因の可能性があるが、嚥下の神経ネットワークの中枢神経・末梢神経から筋に至る広範な障害により、様々な症状の嚥下障害を呈すると考えられている。
ARDSにより呼吸管理に至る時点で、すでに高度の嚥下障害が存在するが、重症の呼吸不全のために、ベッドサイドにおける嚥下評価がなされていない可能性も指摘されている。一方、呼吸と嚥下の協調障害についてもいくつかの報告がある。
COVID-19感染症の病態や臨床経過のデータは現在集積中であり、今後さらなる知見の報告が続くと思われる。重症例のみならず、中等症からのサバイバーの神経症状・嚥下障害については、検者の感染対策に留意しながら注意深くベッドサイド評価を行い、摂食嚥下対策を行っていく必要があると考える。

主な参考文献
*Mao L, et al. JAMA Neurol. 2020; 77: 683-690
*Dziewas R, et al. Eur J Neurol 2020; 27:10.1111

わかくさ竜間リハビリテーション病院 野﨑園子

“カニューレフリー”の功罪(2020/10)

従来より重度の嚥下障害に対して誤嚥防止手術が行われてきたが、輪状軟骨鉗除を併用した声門閉鎖術が普及するに従い、永久気管孔に気管カニューレを留置しない、いわゆる“カニューレフリー”な状態の患者さんの割合が多くなった。カニューレフリーとすると、①気管カニューレによる気管孔や気管内への刺激が無くなり、肉芽や潰瘍が生じにくくなる、②気道分泌物が減り、吸引回数が減少する、③定期的に気管カニューレを交換する手間と費用の負担が無い、など利点がある。問題点としては、気管内を吸引する際に気管カニューレのガイドが無いため、吸引チューブの挿入角度を工夫しないと先端が気管後壁に接触し、咳き込んだり、粘膜損傷が生じたりする可能性があることである。平成22年度の法改正で介護福祉士でも喀痰吸引が可能となったが、口腔内、鼻腔内、気管カニューレ内部にとどめることが示されている。ここで問題となるのは「気管カニューレ内部」しか喀痰吸引ができないという点であり、文字通り解釈すれば、気管カニューレが留置されていない場合、彼らは業務を実施できないことになる。そのため、せっかく誤嚥防止手術後にカニューレフリーとしても、自宅に退院する際に“気管カニューレが無いと介護福祉士が吸引できないので入れてきてほしい”という、術者としては受け入れがたいリクエストを受け、泣く泣くシリコン製の刺激性の低い気管カニューレを留置した、という事例が何度かあった。
解剖・生理学的知識を有さない者が乱暴に気管内吸引を行った場合、迷走神経反射や出血が生じる可能性も否定できないことから、医療行為のハードルを安易に下げることは望ましくないが、もう少し柔軟に考えられないものか、と正直思うこともある。超高齢社会において、誤嚥防止手術が増えていくことが考えられ、今後も医療スタッフへの啓発活動を行いつつ、安全性に関するエビデンスを蓄積していくことが必要である。

埼玉医科大学総合医療センター耳鼻咽喉科

二藤隆春

摂食嚥下障害に対するオンライン診療の可能性(2020/09)

コロナがいまだに落ち着かない昨今ですので、皆様の臨床にも何らかの変化があったことと存じます。我々はオンライン診療が使えるという実感を得ているため今回紹介いたします。
オンライン診療を行うようになったきっかけは、摂食嚥下障害に対応できる医療機関の偏在です。医療機関の見える化のために我々は摂食嚥下関連医療資源マップ(http://www.swallowing.link/)を作成しました。しかし、足りていないところに医療資源がすぐに作られるわけではありませんので、当該医療の過疎地域に対応するためにオンライン診療を行う準備を始めました。Yadocというオンラインカルテ上の動画通話を利用し、患者側のスマホやタブレットとつないでいます。トライアルとして遠方とつないで数例評価を行ったのですが、意識レベル、体格や嚥下関連筋群の痩せ、姿勢、ADL、声、こちらからの問いかけに対する反応、耐久性、服薬内容と考えられる副作用、家族もしくは関連職種の希望や関係性などは動画のやり取りで見ていくことができます。そのためむしろ嚥下造影や嚥下内視鏡の映像のみを見せられるよりもずっと臨場感のある評価が可能だという印象をうけました。そのようにオンライン診療の有用性を少しずつ感じていた中、新型コロナ感染症の蔓延により本学の歯学部附属病院は基本的に全面閉鎖に至り、今まで丁寧にフォローアップしてきた患者さんをほっておくわけにはいきませんので、全面的にオンライン診療に切り替えました。数十回行いましたが予想に反することなく、オンラインによる診察は対面に著しく劣るようなことはありませんでした。
尚、データを取っているわけではなく、オンライン診療の手はずを整えられるという点などにもバイアスがかかっていると思われますが、オンライン診療でフォローアップできた患者さんの中には体調を崩された方はおられませんでした。その後、病院が再開することになりましたが、違った意味でもICTは活用できています。具体的には学生の教育のために在宅訪問診療場面に同行させることができなくなっているため、我々が訪問にいったときに大学とつないで訪問診療場面をオンラインで学生に見せることも始めました。むしろ単に同行見学をさせるよりも、こちらもしっかりと説明しないといけないなという意識も生まれるような気もしています。オンライン診療は様々な点で摂食嚥下の分野に親和性が高いと感じます。

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科  戸原 玄

継続的クレンチング訓練の咬合力賦活効果(2020/08)

加齢による筋力低下は,咀嚼機能ならびに腸管機能を低下させて長期的には低栄養を経てフレイルを生じます.したがって,高齢者が日常生活を支障なく送るためには,低栄養の予防のために腸管での栄養吸収状態の維持が必要です.そのためには,食物は細かくされて消化される必要があり,咀嚼機能を向上させて唾液と混ぜ合わせることが必要です.咀嚼機能を向上させる方法の一つは,咀嚼運動を促すような食事を摂ることであり,そのためには咬合力を改善,維持しなければなりません.
筆者は,特別の器具や装置を用いずに日常生活で簡単に行える咬合力の賦活方法として,自身で最も強く噛みしめる(クレンチング)訓練を試験的に行い,興味ある結果を得ましたのでその概要を記します.
施設入所中の要介護高齢者6名を対象に行いました.密閉容器の蓋のような樹脂製の板(厚み2mm)を15×70(mm)の短冊形に整形した訓練用プレートを,毎日少なくとも1回,可能な限り最大の咬合力で5秒間以上,上下の奥歯の間で咬合していただき,咬合機能の主たる役割を担う咬筋の筋活動と咬合力の3次元方向の分力を測定しました.結果の詳細は、文献をご参照ください。
訓練開始前,持続的な咬みしめの指示にもかかわらず,筋活動は短時間で休止する断続的な活動だけであり,咬合力の方向の分析では,上下方向の分力は小さく,前後左右の水平方向の分力が観察されただけでした.このことは,咀嚼運動を促す食事を提供しても,持続的に噛み砕いて磨り潰すことはできず,腸管での栄養吸収状態は改善できないことを伺わせます.
訓練開始,9週後では全員で持続的な筋活動になり,咬合力の方向は,4週後に全員で上下方向の要素が見られるようになりました.このことは,単純な噛みしめ訓練で正常な咀嚼運動に変化し,食事物性を改善できる可能性を伺わせます.
神経疾患の患者さんにおいても,咬合できる期間には同様の訓練によって,正常な咀嚼機能を維持することが可能ではないかと考えております.
参考:舘村 卓,他:要介護高齢者における継続的クレンチング訓練の咬合力賦活効果-筋電図,3軸力センサを用いた解析-.顎顔面補綴,43(1):26-35,2020.

一般社団法人 TOUCH/TOUCH口腔機能回復センター

舘村 卓

多系統萎縮症に対する病名告知,真実告知(2020/07)

多系統萎縮症は中年期以降に発症する孤発性神経変性疾患である.突然死をきたしうることから,病名告知に加え,突然死に関する真実告知をいつ,いかに行なうかという難しい課題がある(文献1;図1).医師の対応は経験的に,①突然死の危険性が高くなる進行期まで告知を避けるという考え方と,②未告知の状態で,入院中などの突然死が生じることを避けるため,診断時に突然死の可能性があることを告知するという対照的な2つの考え方がある.いずれにも問題があり,①は突然死の危険性を正確に予見することができないこと,②は診断されて間もない時期においては,患者,家族の不安を増長しうることが挙げられる.私の場合,患者には知る権利があることから基本的に伝えるが,病前・病後の性格,認知症や精神疾患の合併,悪い知らせであってもどれだけ知りたがっているか等を考慮し,患者ごとに方針を決めている.また真実告知のタイミングは主治医との信頼関係はできたか,突然死のリスクは差し迫っているかを考慮して決めている.
つまり真実告知を行う上で,具体的に考慮すべきは,患者の精神状態,認知機能,突然死の危険性の度合いである.まずうつ病や不安などの精神状態,そして認知機能障害の有無を十分に把握する.患者や家族の不安の程度や理解度を確認しながら,段階的に説明し,相互の信頼(ラポール)の形成を目指す.つぎに突然死をきたす可能性が高い患者では,より早期に,しかしより細やかな配慮をもって説明する必要がある.ただし突然死の危険因子については上述の通り,十分に明らかにされていない.今後,前方視的検討により同定する必要があるが,経験的には重症の中枢性睡眠時無呼吸,中枢性頻呼吸,Cheyne-Stokes呼吸,もしくは高度の嚥下障害を認める症例は注意が必要である.
以上のように個々の症例に応じて,説明のタイミングや内容を総合的に判断する.そして医療チーム全体が情報を共有し,その後の療養体制を構築し,患者,家族の不安を軽減し,支える必要がある.

文献
1. 下畑享良:成人神経難病における呼吸障害に対する倫理的な論点.脳と発達52; 171-173, 2020

図表の説明

202007

 

岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野

下畑享良

摂食姿勢の工夫 ~パーキンソン病およびパーキンソン症候群~(2020/06)

パーキンソン病およびパーキンソン症候群の患者さんによくみられる前傾、前屈姿勢はどのようにして起こっているのでしょうか?前傾・前屈姿勢は、図1a)のように、膝・股関節が屈曲し骨盤が後傾し腰椎の生理的前弯の減少から胸・腰椎が後弯(体幹が前屈)、頸椎が前弯(過伸展)して、顎が前方にやや突き出した姿勢です。
この姿勢で座位をとると、図1b)のようにオトガイー胸骨柄間距離が延び、前頸部の効率的な筋収縮が阻害され、喉頭(舌骨)挙上が困難となり、誤嚥に至る危険性が高まります。

202006zu1 202006zu2

 

この状態を背もたれのない座位でみると、図2a)のように、202006zu3
頸、背、腰部の筋が姿勢を崩さないように「頑張っている」ため、骨盤が後傾し、下部体幹が後方へずれ円背となって頭部が胸郭から前方へ出るため顎が前方へ突き出した姿勢になります。
対応として、図2b)のように椅子や車いすの座面にクッションを入れ、骨盤の後傾を修正し、骨盤の上に胸郭、頭部が乗るように整え頸部前屈位を引き出すと、オトガイー胸骨柄間距離が短縮され、各嚥下機能を働きやすくすることができます。この時のクッションの入れ方は図3のとおりです。骨盤周囲筋の固縮や股関節の拘縮などにより座位が取りにくい場合は、ティルト型車椅子やベッド上リクライニングで背もたれにもたれた後傾位にし、頭部の安定を枕やクッションで調整します。頭、胸郭、骨盤、下肢の位置関係を整えると、嚥下をスムースにできる場合もあります。

また、咀嚼や口腔内の移送がしにくいといった口腔期の問題への対応としても、機能に合わせた食物形態の工夫とともに姿勢調整も役立ちます。摂食に時間がかかるために疲労し摂取量が減る、誤嚥や窒息を引き起こすというトラブルを防ぐためにも有効な工夫です。

以上のような視点で、状況に合わせた対応が功を奏することがありますが、摂食は、常に身体を動かす活動です。どこかを動かすことで姿勢にも変化が現れます。その変化を見逃さず動きにあわせて、動きを阻害することなく安定できる姿勢をみつけながら進めることが肝要です。また、ここでは姿勢の取り方を解説しましたが、咽頭残留を引き起こさないように、各種嚥下法2)を活用することも有効です(図4参照)。

四肢・体幹の筋緊張の評価や工夫、姿勢の取り方については、理学療法士、作業療法士の方々が専門性を発揮されます。個別性も高いことですので、状況に応じて相談されることをお勧めします。

202006zu4

参考文献

1) 石本 寧:言語聴覚士のためのパーキンソン病のリハビリテーションガイド(杉下周平他編).東京.協同医書;82-5、2019

2)日本摂食嚥下リハビリテーション学会医療検討委員会:訓練法のまとめ(2014版).日摂食嚥下リハ会誌18:55-89、2014

 

 

埼玉県総合リハビリテーションセンター

言語聴覚科 清水充子

 

ALSの体重減少と生命予後,機能予後(2020/05)

2018年と2019年の本学会学術集会にて発表させていただき,その後論文化に至った拙著論文をご紹介したいと思います。いずれも筋萎縮性側索硬化症(ALS)の体重変化と生命予後・機能予後に関する報告です。

一つめは,Journal of Neurologyに出させていただいた論文です1)。ALSにおいて,発症時から診断時までの体重の年間減衰率(pre-diagnostic ∆BMI,kg/m2/year)は生命予後を予測する因子ですが,診断時から1年前後のpost-diagnostic ∆BMIも生命予後を強く予測します。これは予想どおりの結果でしたが,興味深かったのはpre-diagnostic ∆BMIとpost-diagnostic ∆BMIには相関がなく,診断前に体重が減っていた患者であっても,診断後に体重が増える方が一定数おり,そのような患者は体重が減り続ける患者よりも生命予後が良かったことです。このことは診断時に行う栄養指導がその後の生命予後の改善に有効であることを示唆しております。最近ドイツから,急速に進行するALS群においてはプラス400kcal/日の食事療法が生存期間を延長したとの報告が出されました2)。この論文は前向きコホート研究としては初の報告で,いかにエネルギー摂取と体重維持が重要であるかを示しており,ALS治療の新たなエビデンスが増えたと言えましょう。
二つめは,診断時から気管切開・人工呼吸器装着までの体重の年間減衰率(pre-tracheostomy ∆BMI)が,その後の機能予後を予測するという論文です3)。気切までの体重減少のスピードが速い群(>1.7 kg/m2/year)は,そうでない群よりも眼球運動障害・四肢完全麻痺・コミュニケーション障害・尿道カテーテル留置までの期間が有意に短いという結果でした。気切までの進行が速いと,多系統変性を起こしやすく,完全閉じ込め状態(totally locked-in state)になる確率も高くなることがわかっており4),それと合致する結果でした。ALSでは視床下部病変が起こりうることを前回のコラムで書きましたが,このような結果からも,ALSは中枢自律神経系をも障害する多系統変性疾患であることがわかります。
呼吸器装着後の栄養療法についてはまだ確立しておりませんが,気切を希望しない患者も希望する患者も,病初期もしくは気管切開するまでは体重を落とさないように栄養管理していくことがとても重要だと言えます。ただ,初期の栄養療法が呼吸器装着後の機能予後を改善するかどうかは,今後のさらなる研究が待たれます。

【文献】
1) Shimizu T, Nakayama Y, et al. Prognostic significance of body weight variation after diagnosis in ALS: a single-centre prospective study. J Neurol 2019;266:1412-1420.
2) Ludolph AC, Dorst J, et al. Effect of high-caloric nutrition on survival in amyotrophic lateral sclerosis. Ann Neurol 2020;87:206-21.
3) Nakayama Y, Shimizu T, et al. Body weight variation predicts disease progression after invasive ventilation in amyotrophic lateral sclerosis. Sci Rep 2019;9:12262.
4) Nakayama Y, Shimizu T, et al. Predictors of impaired communication in amyotrophic lateral sclerosis patients with tracheostomy invasive ventilation. Amyotroph Lateral Scler Frontotemporal Degener, 2016;17:38-46.

東京都立神経病院 脳神経内科 清水俊夫

摂食機能療法に関わる診療報酬が改定された(2020/04)

令和2年度、摂食嚥下障害を有す患者に対する診療報酬が改定された。今回の改定の骨子は、多職種チームによる効果的な介入が推進されるよう、経口摂取回復促進加算の要件とその評価が改められたことである。
そもそも摂食機能療法は、今から26年前、1994年より始まり、その成果は、2007年には日本摂食嚥下リハビリテーション学会で示された。その後、摂食機能療法の理解と技術の向上が計られて来た。加えて、日本摂食嚥下リハビリテーション学会における認定制度、日本看護協会による摂食・嚥下障害看護認定看護師制度、言語聴覚士協会における認定言語聴覚士制度(摂食嚥下障害領域)、日本栄養士会でも摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、日本歯科衛生士会でも認定歯科衛生士認定分野A(摂食嚥下リハビリテーション)などが創設されるに至った。それだけ摂食機能療法に関する理解が深まって来たということである。
所で、当院では摂食機能療法に対する診療報酬が認められる以前から、早々と嚥下チームが組織され、病棟単位にコアナースを置いて、摂食嚥下委員会として活動して来た。2012年には、摂食・嚥下障害看護認定看護師が1名誕生し、2019年より院内措置ではあるが、摂食嚥下障害院内認定看護師制度を立ち上げて、現在は2名が、技術の向上と普及を目指して活躍している。
そこで、今回の法改定を受けて、さらに専任チームの強化に動いているところである。その背景は言うまでもなく、摂食嚥下障害で悩む方々は、院内のみならず施設、在宅に大勢おられ、私共の目標が入院から退院後までの連続性の維持にあることは言うまでもない。早急にうち建てたいのが、退院時の評価から退院後の評価への連続性の確保である。但し、現状では施設での評価には限界もあり経口再開にリスクを伴うこともあって、適宜、嚥下機能評価の評価入院が、よりスムースに運べ、VF、VEなどで評価すると共に、院内の多職種チームで得られた情報を施設のチームと共有し連携を図りたいと思い描いている。
今後そうした活動を嚥下フォーラムで地域に発信して行くつもりであるが、新型コロナウイルスによる医療崩壊も危惧されている現状ではそれどころでなく、まずはコロナ対応をしっかり実施したいと考えている。

国立病院機構鳥取医療センター 脳神経内科
金藤大三

緊急対談:新型コロナウイルスとどう向き合う (パーキンソン病患者さんへのメッセージ)

はじめに
加藤:新型コロナウイルス感染が世界的な規模で拡散しています。こうした状況に私たちパーキンソン病友の会の会員はどう対処すべきか、鎌ケ谷総合病院湯浅先生からお話を伺うことと致しました。

加藤:先生、まず新型コロナウイルス感染が何かということからお教え下さい。
湯浅:はいわかりました。このウイルスは、元来は風邪ウイルスの一種なので、人間にとってそれ程脅威ではなかったはずです。それが、何かの理由で変異を遂げ、強病原性のウイルスになったのです。同様の事態は、2002年中国広東省から始まった重症急性呼吸症候群(SARS)、2012年の中東呼吸症候群(MERS)などが変異コロナウイルスです。他方、インフルエンザウイルスが猛威をふるった例もあって、1978年のスペイン風邪、鳥インフルエンザ、アジア風邪や香港風邪などがそれです。
そこで、今回のCOVID-19感染ですが、重症の肺炎を起こすのが特徴でCOVID-19肺炎と呼ばれます。昨年、中国の武漢に端を発したこのCOVID-19ウイルスは、現在急速に世界中に拡散し続け、未だ拡散を止めることが出来ず、パンデミック(世界的大流行)の状況にあります。残念な事に現時点では有効な治療薬がないのです。

加藤:先生何故流行がちっとも収まらないのでしょうか?私たちはどう対処すればよいのでしょうか?
湯浅:流行に関わる因子には2つの側面があると思います。一つはウイルス側の要因、もう1つは人側の問題です。守る側からいいますと、現時点では人類はこのCOVID-19ウイルスに対して極めて無防備です。無力といってもよい状態です。といいますのも、COVID-19ウイルスに対する抗体を殆どの人間が持っていないからです。他方、攻めて来るウイルス側の特徴は人類に不利です。まず、COVID-19ウイルスが強病原性を獲得するに至った経緯がいささか不明です。そして本ウイルスの生物学的特徴が十分わかっていない。その為に、本ウイルスを退治する有効な治療薬が現在はないのです。
こうした状況の間隙をぬって、第3の問題が生じています。人類の経済活動や、それに伴う活発な往来に付け込んで、このウイルスが拡散し続けているという社会的現実です。現在の戦況は人類にとって、思わしくありません。極めて感染力が強く、人から人へ容易に感染する一方、初期は密やかに、風邪症状程度で済む。或いは特に若い人では殆ど無症状に見える状況で感染し、拡散する。COVID-19ウイルスの挙動は真に巧妙です。油断させておいて密かに広がる分けです。

加藤: COVID-19肺炎を早期に発見するにはどうすればよいのでしょうか?
湯浅:皆さんとても心配なさっていると思います。COVID-19肺炎の初期症状は、発熱、だるさ、痰のない乾いた咳、息苦しさなどの風邪症状です。そんな中で、COVID-19感染と素早く気づくにはどうすればよいでしょうか。大事なのは冷静に疑うことです。軽い風邪症状があって、加えて、強い嗅覚障害(味覚障害)がある場合は、疑い濃厚です。但し、ここで問題なのは、通常の風邪であってもしばしば匂い障害が来うるわけであり、ましてや、パーキンソン病の患者さんには、元々匂いが落ちている方があります。ですから、初期から強い嗅覚障害がある場合は要注意でしょう。日頃から簡便に出来る自分なりの匂いテストを行なっておきましょう。マニキュア、コーヒー、カレー、納豆、ニンニクなど手近な材料を用いて、程度を軽度、中等度、高度に分けて(自己判断で結構です)記録しておくとよいでしょう。同時に、平素から検温して平熱を記録しておくことも大切です。  匂いテストと検温の組み合わせは自宅で出来ることです。感染していない今のうちから始めて下さい。早期発見に繋がるのではないかと期待されます。こうして、嗅覚(味覚)症状/微熱=肺のCT検査=PCR検査を繋げて行きますとCOVID-19肺炎の早期診断が出来るものと思います。PCR検査が出来ない場合でも肺のCTで特徴的な影があれば、診断できます。

加藤:先生、COVID-19肺炎のリスクについてお教え下さい。そしてパーキンソン病がリスクになるかどうかも。
湯浅:ここでいうリスクには2つの面があります。一つは、易感染性のリスクです。もう一つは、COVID-19肺炎が重症化するかどうかのリスクです。前者はCOVID-19ウイルスの性状に依存します。現時点では、COVID-19ウイルスの感染力は強く、高リスクな、厄介なウイルスです。大勢の人が感染する可能性があります。他方、重症化するリスクは、ある程度制御できる部分があります。 大切なことは重症化を防ぐことです。そのリスクは、高齢者、そして糖尿病患者、癌患者、慢性肺疾患、免疫性疾患を抱える人達です。免疫力の落ちている人。こういう人々では、軽い風邪か、或いは軽い肺炎と診断された人が、数日を経ずしてあっという間に重症の肺炎となってしまいます。そこで、ご質問のように、パーキンソン病が感染リスクになるのかと言いますと現在そうした証拠はないと思います。但し、パーキンソン病患者さんは高齢の方も多い。また、不眠、食細そり、誤嚥して肺炎を繰り返す、運動も不足勝ちで、体力面での問題を抱える傾向が強いので、重症化リスクになるのではと考えて、日頃から日常の過ごし方をきちんと整えて、体力を温存して過ごして頂きたいと思います。
一般的に言われている手洗いの励行、人込みを避ける、マスクの着用などの心がけも重要です。都知事の弁にもあった様に3密(密接、密集、密閉)を避けることとも感染を広げない、罹患しない為にも大切なポイントと思います。

加藤:ところで、新型コロナウイルス感染では、なぜ肺炎になり易いのでしょうか?そして、対処法があるならお教え下さい。
湯浅:COVID-19ウイルスに限らず、一般にコロナウイルスは、鼻粘膜や気道粘膜、肺に存在する「ACE2受容体」という足掛かりを通して感染します。ですからこうした呼吸器関連の症状が多くなる分けでして、肺炎が多くなる理由もそこにあります。
次にCOVID-19肺炎が急速に悪化する理由ですが、まず、肺炎とは何かを理解する必要があると思います。肺炎と一概に申しましても、原因は様々です。例えば、細菌性、ウイルス性、マイコプラズマなどがあります。また、肺炎が起きている現場ですが、通常は、気管支から肺胞(空気の入るブドウの房状の袋)の中の炎症が主体です。ですから黄色い痰が沢山でます。ところが、COVID-19肺炎は、主体が間質性肺炎です。間質とは、肺胞を取り囲む毛細血管があって、肺胞の空気から酸素が取り込まれていますが、それぞれ肺胞間の仕切り部位のことです。ガス交換の現場です。COVID-19肺炎では、その大事な間質が炎症で水浸しとなって、酸素が取り込めなくなるのです。血液の酸素濃度が急速に低下して呼吸苦が現れます。そして一旦始まると急速に悪化しますので(ここは緊急事態です)、酸素投与と人工呼吸器が必要となるのです。
こうした間質性肺炎が急激に悪化する理由はCOVID-19ウイルスに対する生体側の過剰な免疫反応にも一因があるとされます。どういうことかといいますと、コロナウイルスに対して、強く感作されている人では、COVID-19ウイルスの感染を契機として、過剰な免疫反応が生じ、様々なサイトカインなどの障害性の液性因子が放出されて、間質の組織が破壊される(サイトカインストーム)のです。COVID-19肺炎例でステロイド吸入薬が奏功したとの報告もありますが。こうしたサイトカインストームに効果があったのかもしれません。
COVID-19ウイルスに対する抗ウイルス剤の現状は、様々な抗ウイルス剤、抗HIV剤、抗エボラ出血熱剤、抗マラリア剤などが救命の目的として、特例的に少数例で使われている状況です。

加藤:最後になりますが、新型コロナウイルス感染への対応を先生はどのようにお考えですか?
湯浅:私自身、70歳も半ばを超し、現在のCOVID-19武漢ウイルスによる騒乱を見ておりますと、真にある意味出るべく時期に噴出した人類への挑戦であると捉えます。人類がこの地球上にあって、他の生物を押しのけて、わがままに振舞って来た。COVID-19禍の前に何があったでしょう、地球の温暖化、海洋汚染、巨大台風、洪水、熱波、森林の消失、絶滅危惧種の増加など、地球の環境バランスが著しく歪んでしまい、そうした中でのウイルスの逆襲ともとれるわけです。
世界の指導者が「これは戦争である」と警鐘をならしたように、このCOVID-19感染とこの武漢ウイルスの本質は現在尚進行形の人類が直面する大禍です。人類が結束して立ち向かわなければなりません。決して油断してはなりませんし、決して侮れる敵ではありません。まずは、しっかりとCOVID-19武漢ウイルスの性状を明らかにし、ウイルスの感染力を如何にすればそぎ落とせるのか、本ウイルスに対する抗ウイルス剤の開発、そして、人の感染防備能の向上と免疫系を含めた生体防御の仕組みの改善を図る。
そうしながらも始まってしまった、COVID-19戦争をどのラインで収めるかの見通しを立てるべきです。ウイルスとの戦いは奥深い、困難な道程となりましょう。しかし、英知を結集すれば、必ず落ち着くべき線に落ち着くはずです。完膚なきまで相手を叩きのめすという道はないと考えます。どこかで、共存する方策を立ててゆかなければならないであろう、人類の生きざまも少しく方向転換をする時期に来たと考えます。
老齢日本に降りかかった今日のコロナウイルス災禍を通して、日々の覚悟を明らかにし、御一人おひとりの英知を結集して解決に導き、世界の人々に対しても、毅然たる態度で希望を与えられる国民でありたいものです。

加藤:先生本日はご多忙の中、時宣を得たお話をお聞かせ頂き、ありがとうございました。

 

JSDNNM名誉理事    湯浅龍彦
全国パーキンソン病友の会千葉県支部会長 加藤百合枝

 

本対談は、加藤百合枝氏の質問から急遽メール上で実施されたものであり、記録編集は岩﨑真樹氏が担当し、「緊急対談:新型コロナウイルスとどう向き合う パーキンソン病患者さんへのメッセージ」として 全国パーキンソン病友の会 千葉県支部だより「菜の花」No.109(2020年4月発刊)に掲載された。

生涯28本を達成できるか(2020/03)

一生涯28歯が残るようにとの「生涯28」構想は、約30年前に開始された 8020運動よりもさらに完成度の高い口腔健康管理を求めた目標だ。198 9年に日本歯科医師会は厚生省(当時)と共に「8020運動(80歳になって も自分の歯を20本以上保とう)」を推進し運動してきた。この達成者率は、昭 和62年に7%であったものが平成5年に11%、平成17年に24%、平成2 8年には51%に至るまでになった1)。
歯を生涯28本残すことで「何か良いことがあるのだろうか?」と問われると 考えられることがいくつか挙げられる。高齢期まで自分の歯を多く保持できる 者は、要介護状態に陥るリスクや死亡リスクが低くなるとの報告2)があるが、 歯数の評価が一時点でのもので、歯数の変化と生命予後の関連性が少なかった。 岩崎ら3)は、例えば歯数の変化と生命予後との関連について、70歳で20歯 以上を有する者で毎年調査に参加した高齢者を10年間の歯数の変化と生命予 後の関連を調べた。一方、他の疫学調査では、歯を喪失している者では悪性新生 物、心臓病による死亡リスクおよび総死亡リスクが有意に高かったとの報告や、 日本で行われた65歳以上の高齢者を対象に平均4.3年間追跡した調査では、 歯数が19歯以下で咀嚼に関して不都合を自覚するようになり、20歯以上の 者と比較して、心血管疾患および呼吸器疾患による死亡リスクが有意に高くな る報告4)があげられていた。これらの追跡研究では調査以前の歯数の差が明確 になる年代が何時なのかが示されていなかった。そこで岩崎ら3)は20歯以上 を有する高齢者において、70歳以降の歯数の加齢変化は一様でなかったが、生 命予後の観点からはできる限り多くの歯を維持することが重要だと述べ、28 歯を維持できれば最も望ましいことを示唆した。
一方、野々山ら5)は成人集団における幅広い年齢層で10年間の歯の喪失に 係る要因を明らかにする目的で後ろ向きコホート研究を行った。それによると 歯の喪失の有無は年齢、現在歯数および歯ぐきの腫れの自覚が関連しており、3 歯以上の喪失には、年齢、現在歯数、歯周状態、歯ぐきからの出血の自覚および 喫煙習慣が関連している。年齢が高い者の歯の喪失リスクが有意に高いことを 示した。また、健全歯に比べて処置歯(う蝕により治療した歯)と未処置歯の喪 失リスクが高いこと、歯の部位では下顎前歯部に比べて小臼歯部と大臼歯部の 喪失リスクが高かったことなどを報告した。
したがって、「生涯28」を達成するためには歯科における口腔保健指導やか かりつけ歯科での定期管理が重要であるものと考えられる。特に脳神経筋疾患 では病態によって口腔内の特徴が異なるため通法の口腔保健指導や歯科の管理 ではなく、疾患ごとの状態に応じた対応で達成させる必要があるのではないか。

参考文献 1)牧野利彦:歯界展望、134(6):1160-1163、2019. 2)Vogtmann E.Etemadi A.et al:Int J Epidemiol,46:2028-2035、2017. 3)岩崎正明、佐藤美寿々、他:口腔衛生会誌、69:131-138,2019. 4)宮崎秀夫、葭原明弘:新潟高齢者スタディ 8020,10:90-95、2011. 5)野々山順也、橋本周子、他:口腔衛生会誌、69:77-85、2019.

独立行政法人国立病院機構千葉東病院   大塚 義顕

サルコペニアに伴う摂食嚥下障害―早期診断と介入サルコペニアに伴う摂食嚥下障害―早期診断と介入(2020/02)

「サルコペニアに伴う摂食嚥下障害」は過去のコラムでも取り上げられていますが(2012,2015,2017年)近年、早期発見と介入が勧められています。サルコペニア(sarcopenia)は1989年にRosenbergにより提唱され、以後、European Working Group on Sarcopenia in Older People (EWGSOP)、アジアの疫学データを基にしたAsian working group for sarcopenia (AWGS) により診断基準が発表されてきました。2017年には日本のサルコペニア診療ガイドラインで「高齢者にみられる骨格筋量の減少と筋力もしくは身体機能(歩行速度など)の低下」と定義されました。骨格筋量の減少が必須項目ですが、DXA(二重エネルギーX線吸収測定法)、BIA(生体インピーダンス法)などが検査できないと正確な診断ができないことが問題でした。2019年AWGSは下腿周囲長や筋力(握力など)、身体機能の低下が認められれば、サルコペニアを疑って介入する診断の流れを示しました(図1)。さらに正確な診断は専門病院で行います 。サルコペニアの早期発見および介入が推奨されています。
サルコペニアの摂食嚥下障害とは全身と嚥下関連筋の両方にサルコペニアを認めることで生じる摂食嚥下障害です。2019年サルコペニアと摂食嚥下障害について文献的に検索して整理したポジションペーパーが出ました 。診断にはフローチャートを用います (図2)。嚥下関連筋群の筋力低下は舌圧で評価しますが、測定できなくても、この段階で「可能性あり」と判断できます。
嚥下筋は常に呼吸筋からの活動が入り、骨格筋でありながら四肢の筋肉とは由来が異なります。しかしながら,栄養不足や絶飲食などによる不使用の影響は避けられず,嚥下筋のサルコペニアによる摂食嚥下障害をきたす可能性があります。その予防や治療はサルコペニアの改善とリハビリテーション、栄養管理です。全身のサルコペニアと同様、早期発見により治療や介入を行うことが必要と考えます。
諏訪赤十字病院   巨島 文子
図1 サルコペニアの診断と流れ
図2 サルコペニアの摂食嚥下障害診断フローチャート
202002(クリックすると図1 サルコペニアの診断と流れと図2 サルコペニアの摂食嚥下障害診断フローチャートのファイルが開きます)
Asian Working Group for Sarcopenia: 2019 Consensus Update on Sarcopenia Diagnosis and Treatment. JAMDA xxx (2020) 1-8
Fujishima I, et al. Sarcopenia and dysphagia: Position paper by four professional Organizations. Geriatr Gerontol Int. 2019 ;19(2):91-97
日本語版:サルコペニアと摂食嚥下障害 4 学会合同ポジションペーパー
Mori T, et al. Development and reliability of a diagnostic algorithm for sarcopenic dysphagia. JCSM Clinical Reports 2017

神経筋疾患患者における舌圧測定(2020/01)

神経筋疾患患者の誤嚥や食品窒息を予防し、長期的に栄養管理を行うためには、定期的に嚥下機能を評価する必要があります。嚥下造影検査(VF)は誤嚥や咽頭通過障害を比較的容易に発見することができますが、神経筋疾患の嚥下障害を経時的に評価するためには、VF所見をスコア化するなどの作業が必要となります。それに対し、舌圧測定器は舌挙上力を数値化することによって、口腔機能の経時的変化を簡便に捉えることができます。最大舌圧は、健常者においては加齢とともに低下すること(平均値は50歳代で40.7kPa、60歳代で37.6kPa、70歳代で31.9kPa)、要介護高齢者においては適正な食形態と関連性があることが既に報告されています。
ここで、神経筋疾患患者における食形態と舌圧の関係について調査した結果を紹介します。神経筋疾患740名(パーキンソン病関連疾患340名、脊髄小脳変性症101名、運動ニューロン疾患109名、筋ジストロフィー190名)を対象に、VF所見をもとに食事を最適な食形態に調整しました。食形態は5段階に分類しました(ゼリー食またはミキサー食、きざみとろみ食またはソフト食、全粥食または軟飯食、常食)。
食形態が調整されるのに伴い、舌圧が低下する傾向が認められました(R=0.517, p<0.001)。舌圧が20kPa以上の患者では、常食が41.5%で、全粥食または軟飯食が36.0%でした。舌圧が10kPaから20kPaの患者では、食形態は全粥食または軟飯食が26.5%、きざみとろみ食またはソフト食が20.5%、ゼリー食またはミキサー食が26.5%に分かれました。舌圧が10kPa未満と測定不可能の患者は、主にゼリー食またはミキサー食が42.8%で、経管栄養が19.5%でした(下図)。
疾患によって舌圧と食形態レベルの分布に違いはありますが、舌圧20kPa未満の患者では食形態の調整を、舌圧が10kPa未満と測定不可能の患者ではミキサー食や経管栄養管理への調整を検討する必要があることが示唆されました。このように、嚥下機能評価に舌圧測定値を利用することで適正な食形態を選択することもできます。
BIO Clinica, 33: 51-54, 2018

2020001

福岡大学病院摂食嚥下センター 梅本丈二

多系統萎縮症における食事中の低血圧について(2019/12)

多系統萎縮症(multiple system atrophy: MSA)の嚥下障害は罹病期間や身体障害と関連しておらず,病初期から嚥下障害を合併している患者がいます[1].摂食嚥下障害は食事動作の問題や口腔からの送り込みの問題,咽頭期の問題など多岐にわたります.経口摂取するうえで注意しなければならない症状に起立性低血圧と食事性低血圧があります.
起立性低血圧はMSA患者の68-75%に現れ,起立時の失神やめまいで現れます.症状が進行すると臥位から座位になっても血圧が低下し,ときに失神することがあります.食事性低血圧は,食事摂取後2時間以内に血圧が下がる状態で,MSA患者で合併しやすいと言われています.
食事中に血圧が下がり,失神すると,食塊形成が不十分なまま不用意に咽頭へと送り込まれ,窒息や誤嚥を招く危険性が高くなります.
起立性低血圧による失神を避けるために,一気に体を起こさないようにします.また,食事を開始する前に血圧が安定していても,食事中にいきなり血圧が低下して失神することがあるので患者の変化に注意しましょう.
①食事動作が停止したままである,②声かけしても視線が合わずに反応が乏しい,③口の動きが止まったままである,これらの状態のときは低血圧が疑われますので血圧を測ります.経口摂取は一旦中止し,しばらく下肢を挙上させて状態が改善するまで待ちましょう.血圧が安定するまで時間がかかることもあります.
食事性低血圧を避けるためにできることは,①一度にたくさんの量を摂取するのではなく一回量を少なめにして,食事回数を増やす,②炭水化物を少なくし高たんぱく食にする,③飲みこみやすい食べ物を選ぶ,④少量で高カロリーが摂取できる濃厚流動食を食事の合間に摂取する,⑤塩分を含む食事やコーヒーなどカフェインを含む飲料を摂取するなどです.少しでも安全に食べるために心に留めておきましょう.
1.「脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン」作成委員会, 脊髄小脳変性症・多系統萎
縮症診療ガイドライン2018,ed. 日本神経学会. 2018, 東京: 南江堂.

国立精神・神経医療研究センター病院 看護部
臼井晴美

多系統萎縮症の嚥下障害(2019/11)

多系統萎縮症(MSA)は、錐体外路、小脳、自律神経の障害が緩徐に進行する神経変性疾患で、パーキンソン症状が先行するMSA-Pの病型と小脳失調が先行するMSA-Cの病型があります。両者ともに排尿・排便障害や血圧の変動などの自律神経症状は必発ですが、病型や病期によってパーキンソン症状を認めて小脳症状を認めない症例、小脳症状を認めてパーキンソン症状を認めない症例、両方の症状を認める症例と様々です。
少し古いデータにはなりますが、我々がMSAの嚥下障害の特徴を明らかにする目的で、嚥下障害の自覚症状のある15名(MSA-P 9名、MSA-C 6名)を対象におこなった研究をご紹介します。
まず全例に嚥下造影(VF)をおこないMSAの特徴を捉え、 MSA-PとMSA-Cの相違についても検討しました。対象者の4名(MSA-P 2名、MSA-C 2名)に嚥下圧をおこない、軟口蓋・咽頭・食道入口部の圧と、圧の伝搬性および食道入口部弛緩のタイミングについて検討しました。また、5名(MSA-P 3名、MSA-C 2名)に経時的VFをおこなうことにより疾患の進行に伴う変化についても検討しました。
MSAのVFでは、口腔残留、嚥下反射遅延、喉頭侵入、咽頭残留を高率に認めました。MSA-PとMSA-Cの比較では、MSA-Cの方が嚥下障害を高率に認め、その傾向は咽頭期に著明で、鼻咽腔閉鎖不全および咽頭残留については統計学的有意差を示しました。また、病型や重症度に関わらず、小脳症状を認めない症例は咽頭期の障害が非常に軽度で、パーキンソン症状を認めない症例は口腔期障害が非常に軽度でした。嚥下圧では、圧の伝搬性、食道入口部弛緩のタイミングには異常を認めませんでしたが、食道入口部の圧異常や頸部食道の嚥下圧消失は全例で認められ,自律神経の障害によることが示唆されました。経時変化の検討では、MSA-Pは初期には口腔期障害が主で小脳症状の出現・進行に伴い咽頭期の障害が加わり、MSA-Cは初期には咽頭期の障害が主でパーキンソン症状が出現・進行するに伴い口腔期も障害されました。
MSAの嚥下障害は病型により決まるのではなく、錐体外路・小脳・自律神経の各系の障害の広がりと程度により決まることが示唆されましたが、症例を増やして検討を継続しておりますので、また次の機会にご報告させていただきたいと思います。

臨床神経,54S2172014

国立病院機構高松医療センター 神経内科  市原典子

「発生学から見直す嚥下」(2019/10)

最近、名古屋大学名誉教授、愛知医科大学客員教授である髙橋昭先生がClinical Neuroscienceに書かれた「嚥下−発生学的・機能解剖学的観点から」を拝読しました。髙橋昭先生は名古屋大学神経内科の初代教授で、私は神経内科医になって以来、現在に至るまで非常に多くのことを教えて頂いてきました。髙橋先生は発生学にもとてもご造詣が深く、今回も大変多くのことを学びました。詳しくは、原著をお読み頂ければと思いますが、その中で、あらためて「ハッ」とさせて頂いた内容がありましたので、紙面の都合上、少し本文の書きぶりを変更しつつ、一部だけですが御紹介いたします。

発生上、誤嚥はヒトの宿命である。
「発生上、ヒトは内胚葉から腸管を形成し、その頭部の前腸の前端近くの広い部位から咽頭が分化形成され、ヒトの胎生22日頃に、咽頭の両面に鰓弓を形成する、鰓弓は水生動物では呼吸を司る濾過装置で、進化の過程で呼吸器へと形態変化する。このように呼吸器系は消化器系の咽頭部位に発生の原基を持ち、呼吸器系と消化器系とは咽頭において共通路を有することになる。これが誤嚥の要因となるヒトの宿命である。」

とてもアカデミックで、しかも嚥下の重要な問題点を端的に指摘して頂いている内容であると思いました。誤嚥は、気道と食道が分離している多くの哺乳類では問題とならないが、起立歩行を獲得した代償として口蓋垂と喉頭蓋が離れてしまったために生じているヒト特有の重要な問題であることが理解出来ます。

魔の十字路
「ヒト胎児4〜5週に、消化管の吻側の咽頭の服壁面が膨出し、嚢状の気管支芽が形成される。これが呼吸器の原基である。肺芽の基部が二股に分岐し無対の気管となる。一方、先端部は分岐を繰り返して肺胞に分化し、・・・・・、出生時までに肺が完成する。すなわち、呼吸器官は消化器官から分化し、その原基がのちに「魔の十字路」となる。」

ヒトが生命を維持する上で最も重要な呼吸と栄養の十字路が、魔の十字路となりうる理由がここに明確に示されていると思いました。さらに、発声が絡みますから、その適切な対応方針の決定はとても難しい理由をあらためて感じた次第です。

複数の系の移行部位
「嚥下は随意運動系から反射系を経て自律系への移行に当たる。生理学的には物理的から化学的への移行に、形態学、発生学的には消化系と呼吸系との分化の接点になる部位での機能である。」

さらに、この文章を読ませて頂くと、何故、摂食と嚥下の治療が難しいのか、あらためて分かる気がします。また、神経変性疾患で認める嚥下障害に対して、どのようにアプローチしていくべきなのかを考え直させていただきました。

日常臨床では、脳神経内科の疾患をお持ちの方々はもちろん、健常高齢者でも嚥下障害は極めて重要な問題です。一体、日本全体で、どれだけの方々が、このヒトの宿命である顕性、不顕性の誤嚥に悩まされているのでしょうか?私達は、魔の十字路から、魔の文字を取り去ることが出来るのでしょうか?そして、嚥下障害の病態をどこまで理解出来ているのでしょうか?ヒト特有の問題であるが故に、適切な動物モデルや細胞モデルの構築は難しく、まさに最新の画像を含めた様々な技術を駆使して科学しなければならない分野、それが嚥下であると、思いを新たにさせて頂く事ができた総論でありました。

髙橋昭. 嚥下障害と誤嚥性肺炎 嚥下−発生学的・機能解剖学的観点から. Clinical Neurosciendce 2019;37:510-515.

魔の十字路 枠あり.pptx

藤田医科大学脳神経内科 渡辺宏久

摂食嚥下栄養診療における多職種連携の重要性(2019/09)

今、医療介護の現場では高齢化の影響により、様々な理由で口から食べられなくなる患者さんが急増していることは周知の事実です。嚥下障害による誤嚥性肺炎で不幸な経過となってしまわれる方、また、なんとか食べられてはいるものの摂取量が不十分で、栄養状態がどんどん悪化していき、病気そのものが治るチャンスが奪われている患者さんに多く遭遇するようになってきました。特に神経筋疾患は嚥下障害を合併することが多く、予後に直結するも重要な介入ポイントとなっています。
当院ではこうした問題を解決するために、小山珠美氏が開発したアセスメントツール、KTバランスチャート(KTBC®)を導入し、FIMで示されるADLの改善度を検証することが出来ましたので、ここに紹介します。
KTBC®の口から食べるために欠かすことができない13の評価項目から形成され(各項目5~1点、総点数65点)、各項目は平易な言葉で記載されていて特殊な検査や機械も不要のため、誰もがいつでもスコアリングが可能、さらに結果がレーダーチャートとして分かりやすく視覚化される事で、個々の症例における強みと弱みを明確化出来る事が特徴です (図1)。すぐに診療で利用できるテンプレートが、下記から入手できますので、ご覧下さい。http://www。igaku-shoin。co。jp/bookDetail。do?book=93200201909-1
今回は、このKTBC®を回復期リハビリテーション病棟に導入した事によりFIMがどう変化したかを、レトロスペクティヴに比較検証しました。その結果、それぞれの患者群の背景はほぼ同等でしたが、KTBC®導入後(n=124)は、導入前(n=109)と比較して、FIM利得(入院時から退院時までにどれだけFIMが上昇したか)、FIM効率(FIM利得を入院日数で除したもの)、実績指数(FIM効率×入院上限日数)は、いずれも導入後に統計学的に有意に高い数値となっていました(それぞれの平均値:FIM利得12.2 vs18.3、FIM効率0.16 vs 0.29、実績指数 18.5 vs 34.6) (図2)。年齢、性別、原疾患などの交絡因子で調整した多変量解析においても、KTBC®導入はFIM利得を上昇させた有意な因子であった事も分かりました。

201909-2

また入院期間中の平均摂取カロリー・タンパク質量(1日あたり、実際にどれだけ食べれていれたか)の解析では、KTBC®導入後にはカロリー、タンパク質ともに有意に摂取量が増加していて、しっかりと口から食べられる患者さんが増えていた事も分かりました(それぞれの平均値:カロリー 23.1 vs 26.1 kcal/kg/日、タンパク質:0.89 vs 1.09 g/kg/日) (図3)。さらに多変量解析による在院日数の時間分析では、KTBC®の導入したことにより入院期間が有意に短縮していた事も分かりました(図4)。

201909-34

本研究の限界点としては、まず単一施設での後ろ向き研究であり、バイアス効果の関与を除去することはできず、KTBC®のADLに与える真のポジティブ効果については、よくデザインされた他施設での前向き研究での結果を待たなければいけません。また本研究は神経筋疾患に限定したものではなく、その検証も望まれます。

以上の様な限界点はありますが、神経筋疾患において摂食嚥下栄養障害を患われている患者さんは、多面的な問題を合併していることが多く、多職種による効果的かつ効率的な関わりが求められます。KTBC®は摂食嚥下栄養支援を行うには絶好のアセスメントツールと考え、ここに紹介させて頂きました。データの詳細は下記をご参照頂ければ幸いです。
参考文献:
Waza M et al, J Am Med Dir Assoc.20(4):426-431, 2019
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1525861018306029
医療法人誠道会
各務原リハビリテーション病院
和座雅浩

口腔機能低下症について(2019/08)

口腔機能低下症とは,加齢だけでなく,疾患や障害など様々な要因によって,口腔の機能が複合的に低下している状態を示します.放っておくと最終的に咀嚼機能や摂食嚥下機能が低下し,全身的な健康を損なうようになります 1)(図1).
とくに高齢者や有病者においては,う蝕や歯周病,義歯不適合などの口腔そのものに関する原因に加えて,加齢や全身疾患によってさらに低下しやすくなります.また,低栄養や廃用,薬の副作用等によって,より一層複雑な病態を呈することも多くみられます.したがって,患者さんの生活環境や全身状態,そして今後の病状をみながら,口腔機能を適切に管理していく必要があります.
口腔機能低下症の評価項目として,口腔不潔,口腔乾燥,咬合力低下,舌口唇運動機能低下,低舌圧,咀嚼機能低下,嚥下機能低下の7つがあげられます2).上記7項目のうち,咀嚼機能低下と摂食嚥下機能低下以外の5項目中(咬合力低下に関しては残存歯数で評価)3項目以上が低下していると,栄養状態(平均MNA-SF点)は低栄養レベルに到達していることも明らかとなっています3).ちなみに,この評価基準は現状のエビデンスから検討されたものであり,まだ完成版ではありません.よりよい診断基準を確立していくためには,今後もさまざまな患者さんを評価し,老化のみならず疾患の影響で生じる口腔機能低下など,さまざまな角度から多くの研究を行っていくことで修正されていく可能性があります.
神経筋疾患の患者さんにおいても,進行に伴い口腔機能が低下する場合があります.
診療させて頂く神経筋疾患患者さんに,「食事はうまくとれていますか?」「食事量はいかがですか?」と尋ねると,患者さんやご家族は「普通の食事をとっています」「比較的硬いものも咬んでいます」「問題ありません」とおっしゃることがあります.しかしながら,実際に上記の検査を行うと,残念ながら口腔機能が低下している場合も多くみられます.開閉口筋や咀嚼筋等の筋力低下や舌機能の低下により,かみしめることや咀嚼が困難になられる方,顎運動そのものが不安定になられる方に加えて,手指の巧緻性や筋力低下から口腔の自己清掃が困難になられる方もおられます.構音機能の低下なども関連し,舌苔の付着が顕著になられる方もおられます.
神経筋疾患患者さんたちにも,しっかりとした栄養状態を維持していただくため,そして,安全に楽しく経口摂取をしていただくために,現在,歯科の分野では,高齢者や有病者の口腔機能を簡便に評価し,口腔機能低下を予防する活動を行っていることをご紹介しました.
1) 口腔機能低下症の検査と診断―改訂に向けた中間報告―,(一社)日本老年歯科医学会学術委員会,老年歯科医学,2018
2) 高齢期における口腔機能低下―学会見解論文 2016年度版―,水口俊介ら,老年歯科医学,2016
3)急性期病院入院高齢者における口腔機能低下と低栄養との関連性,松尾浩一郎ら,老年医学,2016
201908
図1 口腔機能低下症の概念図 (日本老年歯科医学会ホームページより引用)
広島大学大学院医系科学研究科先端歯科補綴学
吉川峰加

食べることは生きること:食軸上に魂の核心をみる(2019/07)

最近、転倒して入院された80代後半の女性が、これといった合併症もないまま逝去された。原病は6年前に発症したレビー小体病で、約半年前から食べたいという気が全くなくなったというのである。この間に5kgほど体重が減った。とっさに頭をよぎったのが、以前経験した高齢男性の事例であり、体重が激減、手を尽くして調べたが癌は勿論これといった原因が判明せず、とうとう逝去された。剖検の結果は、視床下部に限局するシヌクライン沈着であった。
近年、わが国は超高齢社会を迎え、健康長寿が叫ばれる一方で、病老相携えて生きる人々も少なくない。これに合わせるようにフレイルという言葉が盛んに使われるようになった。フレイルとは、加齢性虚弱をいうのであり、その中核はサルコペニアとアパシーである。サルコペニアとは、筋の劣化、アパシーは、魂・精神力の衰退である。フレイルには原発性と二次性があって、前者は単純に加齢に伴う退行、後者は何らかの疾患の二次性の症候群である。
その中で、サルコペニアの診断に際しては、様々な定義がある中で、握力基準は、実際的で便利である。即ち、男性では握力が26kg以下、女性では18kg以下をもってサルコペニアとする。他方アパシーは、文字通り言えば、パッションの欠如、即ち情熱消滅であり、私は覇気減退と呼ぶ。要は、生きる気力、やる気(モチベーション)がうせた状況である。日常診療の場面では、Starkstein ら(1995年)のApathy scoreで点数化する。
アパシーの誘因として3つの側面に注目したい。第1は食べられるかどうか、第2は、精神的に活発かどうか、そして、第3は社会的な繋がりの良否である。症候的にはアパシーを知的側面、情緒、意欲の観点に分ける。より重要なことは、アパシーに至る機序であるが、大よそ3つの要因があると考える。1つは食細り、第2は脳のネットワーク(NTw)不調(Nexopathy)、そして、第3が社会的モチベーションの低下である。最後の機序は例えて謂えば定年になったかつての猛烈社員。そして、前2者に関しては食に関わる脳NTwで考えてみたい。
現代の脳NTw論の中で、魂に言及したものは殆どない。その中で魂を支えるシステムが何かとの問いに対しては、大別2つの経路が浮かび上がって来る。1つは味覚から始まる自我と歓びのNTwであり、第2は食欲と睡眠を管轄する視床下部から始まる経路である。そして、それらの交差点に魂の中核が見えて来る。
味覚は味蕾から始まる。その経路上には、延髄の孤束核、視床の後内側腹側核、そして前島回(AIC)が存在する。AICは味覚の一次感覚中枢であると同時に実は自我を統御する最重要センターでもある。魂は自我に固有のものであるからAICは魂の最重要な中継地点である。そしてAICから前頭葉眼窩面(OFC)に伝えられた味覚情報は、他の味覚関連の感覚である嗅覚、視覚、触覚、温覚などとブレンドされて、扁桃体や側坐核に伝えられ食の歓びをもたらす。こうした連合野を歓び中枢Hedonic centerという。
他方、視床下部に於いては、オレキシン(ORx)の消長が食欲と睡眠を調整する。即ち、胃が空になった時、胃壁から分泌されるグレリンが視床下部のORxを高め、食欲を増進する。他方、脂肪組織から分泌されるレプチンは逆にORxを抑制し睡眠へと誘う。こうしてORx増加は中脳にある腹側被蓋野(VTA)を活性化して、VTAから腹側線条体へ向かうドーパミン分泌を高め側坐核の働きを高揚する。
味蕾から発した味覚と視床下部から発した食欲刺激が、側坐核でクロスすることとなる。側坐核から発せられる食へのモチベーションと自我の中枢であるAICからの指令が背側前帯状回(dACC)を活性化することによって新たな食行動が惹起される。かくして我々は、味覚関連の諸核が構成するNTwと視床下部から腹側被蓋野そして側坐核への経路の重なりの中に魂を高揚するエンジンを認めるのである。つまり、食軸上に魂の核心をみるのであり、あらゆる情熱の根源も又ここにあると推測される。人が魂で生きる所以が見えて来た今、食べることは生きること也との自明の理が納得できるであろう。
心とは何かとの問いに中田瑞穂はその最後の著述で「脳即心」と語った。わが国脳外科の父とも目される先生の体験からは、形而上学的思弁でなく、目前に広がる具象的かつ生物学的な脳髄とその働きの中にこころの全てを認めた。その先生も魂に関しては霊魂という言葉で語られた外は、具体的なコメントはなさらなかった。つまり、魂とは何か、この命題は、正に今日皆様の手に残された大きな課題である。
(令和元年7月7日「口から食べる幸せを守る会第7回全国大会」を終えて、生田房弘先生の常々の激励に深謝し、故中田瑞穂先生のご霊前に献呈す)

鎌ヶ谷総合病院千葉神経難病医療センター・センター長
湯浅龍彦

「摂食・嚥下・栄養のQOLと倫理を考える」(2019/06)

本学会は,ヒトの命の源泉を支える基本的機能に関かわる「摂食・嚥下・栄養の神経機構とその障害機序を
を解明し,そしてそれらの障害に悩む人々に対策と安心を届け,最終的にQOLを高めること」を目指しています.2019年10月19日(土),長良川国際会議場にて開催されます第15回岐阜大会では,「神経筋疾患患者さんのQOLを高める~倫理から栄養まで~」をスローガンに取りあげました.
QOLということばを選んだ理由は,「摂食・嚥下・栄養」そのものがQOLに直結しているからであり,本研究会の究極の目標がQOLにあるといっても過言でないと考えるためです.そして,今回,もう一つの言葉,「臨床倫理」を取り上げた理由は,ヒトの命に直結する摂食,嚥下・栄養であれば,それに係るあらゆる処置や技術が倫理の問題を本質的に内包すると考えるからです.この栄養と倫理,摂食障害に対する倫理面からの検討の歴史で有名なものとしてエリザベス・ボービア裁判(1986年)があります.ボービアは28歳女性で,生まれついての重度の脳性四肢麻痺のため顔や片側の数本の指を動かせるのみでしたが,聡明で意思表示能力は保たれていました.しかし自力で食事摂取ができないため餓死したいという意向を表明しましたが,十分な栄養補給のためにその意思に反して,経管栄養チューブが挿入されました.これに対し彼女は,治療を拒否することを求め,裁判を起こしました.そして控訴審における判決は「ボービアは残りの人生の尊厳を保証され,平穏に生きる権利を持つ.個人の尊厳とは,個人のプライバシー権の一部である」との理由で,経管栄養チューブを抜くように命じました.この判決は彼女に,彼女が求めていた安堵を与え,彼女は最終的に治療を引き続き受けることを決心しました.本例は意思表示能力が保たれていましたが,保たれていない場合にはどうするべきかという問題が生じます.このような食事・栄養の拒否の問題以外にも,主診療科はどこになるのか?とか,胃瘻や誤嚥防止術といった治療を巡る問題などさまざまな問題が横たわるのです.そうした訳で,私は今回の岐阜大会において,摂食嚥下障害の臨床倫理に詳しく,「摂食嚥下障害の倫理(ワールドプラニング社)」の著者である藤島一郎先生の特別講演を準備し,皆様と論議を深めて行きたいと考えました.
これまで,あまり議論されてこなかった臨床倫理や薬剤・服薬の問題,さらに神経変性疾患や認知症,歯科的アプローチをテーマに取り上げます.医師,看護師,栄養士,鍼灸師,PT/OT,言語,心理士,介護関係者,行政,企業会員等の多職種が一堂に会して,意見を戦わせて,議論を深めて行ければと願っています.
岐阜は名古屋から快速電車で20分と交通の便も良く,会場の近くには織田信長が居城した金華山や長良川温泉,風情のある川原町があり,翌日の観光にも適しています.飛騨牛や鮎などのグルメも楽しめます.翌日など飛騨高山に足を伸ばしてみても良いかもしれません.多数のご参加をお待ちしています.
岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野
下畑 享良
1015日本神経筋疾患ポスター念校-001

再考、気管切開(2019/05)

いくつか気管切開に関する宿題をいただき、勉強しなおした。
気管切開術、Chevalier Jacksonが1909年にこの術式を確立したとされている。今でも気管切開を安全に行える部位をJacksonの三角とよぶ。8年前、フィラデルフィアのMutter 博物館を訪れた。Jacksonのコレクションは気管食道科学の黎明をみせてくれた。気管切開チューブの原型は今と変わらなかった。
気管切開はありふれた手術手技である。手術の範囲は狭く、小さいこともあり、耳鼻咽喉科医にとっては若手が最初に行う手術であることは今も変わらない。時に重篤な合併症をきたすこと、気管切開術後早期だけでなく、慢性期においても管理上の留意点が多いことがしばしば強調されてきた。求められる質は高くなってきている。病態、体型等の条件により難易度には差があり、いくつかのコツや工夫の議論は面白い。しかしそれでも古い話題である。“今頃、気管切開? と実は冷めていた。
昨年6月に日本医療安全調査機構から、医療事故の再発防止に向けた提言第4号、“気管切開術後早期の気管チューブ逸脱・迷入に係わる死亡事例の分析”が公開された。 “術後早期”とは2週間程度と定義された。また、チューブ逸脱のきっかけとして患者移動や体位変換時の注意点(人工呼吸器回路や接続器具とは一旦はずして実施することなど)が明記され、逸脱に気づくためのポイント、逸脱が生じたときの対応、そしてチューブ交換時期について言及されている。
昨年の本研究会、第14回JSDNNM名古屋大会でも“気道・気管切開管理とトラブル予防”と題したパネルディスカッションを企画した。さらに今年の秋、日本気管食道科学会では“安全な気管切開とその管理”と題してシンポジウムが予定されている。
気管切開術は近年、経皮的気管切開がICUなどで広がりをみせるが、“術式”の概念に変わりはない。しかし、その“管理”については多彩な場面が想定される。ICUや専門病棟とは限らない。どこの病棟でも、どんな施設においても安全な管理ができるように、関わる可能性のある科、多職種の適切な連携と、情報の共有、教育が求められる。華々しい遺伝子解析研究などからみたら地味な仕事であるが、未だに智恵を集めて討論すべき重要な話題であることに今更ながら気づいた。

名古屋大学医学部付属病院 耳鼻咽喉科 藤本保志

難病の悩み相談(2019/04)

2015年1月に施行された難病法29条では、難病相談・支援センターのことを「難病患者さんの相談や支援、関係機関の方々の相談・支援,地域交流活動の促進などを行う拠点施設」として位置づけられている。鹿児島県では県の直営で2011年10月にハートピア内に開所され、私は所長(非常勤)として難病相談などの業務にあたっている。
難病相談ではさまざまな悩みを聴くことが多い。悩みはそれぞれで多岐にわたっており解決の糸口は見つけにくく、ただ聴いてあげるだけのこともある。
50代後半の男性、公的な役所に勤務されており、もうしばらくすると定年を迎える。2年ほど前からいびきをかくようになり、体の動きも悪くなってきた。MRIなどの画像の状況も加味して多系統萎縮症の診断になった。
主治医の先生からは気管切開を勧められている。自覚症状としては軽度の嚥下障害があるが、特に息苦しさも感じないので気管切開する時期を少し延ばして定年後に延期できないだろうかという相談である。
この日の二人目の相談は中学3年生の息子を持つ母親からである。小さいころは特に運動機能に問題はなかったが、中学に通うようになってから走り方などが遅くなり、ベッカー型筋ジストロフィーと診断された。ネットで調べて母子ともども落ち込んでいたが、今は平静に受け止められるようになっている。高校進学と就労に関して何かアドバイスがあればお願いしたいというものである。
二つの相談を簡単にまとめると、安全を優先させるべきか、一方ではQOLを取るべきかということになる。
私は基本的な姿勢としては、さまざまな情報を提供して、最終的に決めるのは患者さん本人であると考えている。いずれにせよ正解はない。

公益社団法人鹿児島共済会南風病院

福永秀敏

ALSの摂食・嚥下障害に関連する遺伝子(2019/03)

摂食・嚥下障害をきたす神経疾患は数多く知られています。筋萎縮性側索硬化症(ALS)はその代表です。ALSの原因は不明な点が多いのですが、家族性ALSが全体の10%にみられ、最近の分子遺伝学的アプローチにより、孤発性ALSの10%超にも遺伝子異常が同定されています。すなわち、ALS全体の約20%が何らかの遺伝子異常により生じると考えらえており、おそらく今後さらにその割合は増加すると予想されます。
欧米では、C9ORF72遺伝子の非翻訳領域でのGGGGCC反復配列延長が、家族性のみならず孤発性ALSの原因として重要です。地域差がありますが、4-21%の孤発性ALSの原因となります。一方、日本では陽性率が0.5%以下と少ないようです。臨床型は、ALSoDというデータベースによると(http://alsod.iop.kcl.ac.uk/index.aspx)、四肢麻痺型が73%、球麻痺型が20%と、従来のALSとほぼ同様の傾向です。世界初のALS原因遺伝子として有名なSOD1では、四肢麻痺型89%、球麻痺型4.5%で、次いで報告数の多い、FUSでは四肢麻痺型70%、球麻痺型22%です。脊髄小脳萎縮症2型(SCA2)の原因遺伝子ATXN2の中間長の反復延長でもALSとの関連がありますが、四肢麻痺型79%、球麻痺型5%と、遺伝子異常を有するALSでは、従来のALSと同様あるいは四肢麻痺型が多い印象です。
私たちは、近畿地方の102例の孤発性ALSを対象として、非翻訳領域の反復に関する遺伝子解析を行い、ATXN8OSという脊髄小脳萎縮症8型(SCA8)の原因とされている遺伝子のCTA/CTG反復延長を3例に認めました1。3%は多くはないですが、日本ではSOD1など最も多い遺伝子でも孤発性の2-3%にとどまっており、決して無視できません。一方、上述のC9ORF72遺伝子や、NOP56というSCA36(舌萎縮を伴う小脳失調症)の原因遺伝子には異常がありませんでした。興味深いのは、その3例は、頸部の筋力低下あるいは球麻痺で発症し、その後、球麻痺が急速に進行した点です。そのうち1例は非典型的な経過をたどっており、嚥下障害が高度のため胃瘻造設はしておりますが、発症後10年経過しても、日中は呼吸器が必要なく、日用品の買い物や胃瘻の管理は患者さん自身で行っておられます。患者数が少ないので、今後のデータの蓄積を待たなければなりませんが、ATXN8OSはALSの摂食・嚥下に関連する遺伝子であることが示唆されます。現在、病理的な解析やiPS細胞を用いた解析を行う準備をしております。
SCA8はこれまで純粋小脳失調型の病像を呈し、摂食・嚥下障害はむしろ少ないと思われてきました。最近パーキンソニズムを呈する疾患にもATXN8OS遺伝子異常が報告されており2、なぜ同じ遺伝子異常が異なる病像を呈するかも、今後の研究の課題です。
1. Neurol Genet 2018;4:e252
2. Cerebellum 2019;18:76-84.
近畿大学 神経内科 平野牧人

在宅嚥下医療における遠隔医療・オンライン診療(2019/02)

在宅医療において、文書指示ではリハビリテーションのプランが十分共有できて
いないことを経験する。在宅療養の摂食嚥下障害患者のケアは、在宅における食事場面を医療機関スタッフと在宅スタッフが視覚的に共有することにより、有用なプランの構築につながる。
Information Communication and Technology(ICT)による遠隔診療
「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)は、難病患者に対して直接の対面診療と適切に組み合わせて行われるときは、おこなっても差し支えないこととされている(平成9年12月24日 健政発第1075号厚生省健康政策局長通知)。
当院では地域の在宅スタッフを仲介者として、在宅療養患者にICTによる遠隔診療を試みており、患者側の安心感とリハビリ意欲の維持につながっている。また、医療者側としても在宅患者の様子を視覚情報としてリアルタイムに共有できる。たとえば、自宅での嚥下調整食の内容、食具の使い方(摂食動作)、食事介助の様子、テーブルや椅子の高さや姿勢調整などの情報である。これらにより情報交換が密になり、外来受診時に具体的な指導をおこなうことができるようになった。一方で、在宅のネット環境によっては通信が安定しない、訪問日時の急な変更への対応困難などの課題もある。
平成30年度の診療報酬改定では、対面診療と組み合わせた「オンライン診療」の診療報酬が認められ、また、同年の介護保険報酬改定では、デイケアのリハビリ会議にテレビ電話での参加が認められた。
オンライン診療の診療報酬が認められるためには、一定の条件を満たす必要がある(オンライン診療の適切な実施に関する指針 平成30年3月)。厚生労働省は、今後のオンライン診療の普及、技術革新等の状況を踏まえ、定期的に内容を見直すことを予定としている。
オンライン診療は今後の在宅医療のありかたの一つであり、摂食嚥下医療を担うわれわれは、この指針の動向を注視しながら、ICT環境の整備などの備えをしていく必要がある。
用語の定義(厚生労働省)
遠隔医療
情報通信機器を活用した健康増進、医療に関する行為
オンライン診療
遠隔医療のうち、医師-患者間において、情報通信機器を通して、患者の診察及び診断を行い診断結果を伝達する等の診療行為を、リアルタイムで行う行為。
関西労災病院 神経内科・リハビリテーション科 野﨑園子

カフ付きスピーチカニューレを正しく使えていますか?(2019/01)

嚥下障害により気管切開を行った場合、誤嚥物の下気道への流入を防ぐために、まずはカフ付きの気管カニューレを使用することが一般的だと思います。カフ付き気管カニューレの問題点として、発声が不可能な点があります。臨床の現場では少量ながら誤嚥があるけれど、リハビリテーションや家族とのコミュニケーションのため発声させたいという状況もあると思います。そのような場合にカフ付きのスピーチカニューレを活用します(図1)。チューブの部分が二重管(複管)となっており、外筒の背の部分にスピーチカニューレと同様に呼気が抜けるための穴(側孔といいます)が開いています。声を出してもらうためには、内筒を抜いて一方弁であるスピーチバルブを装着します(穴の開いた内筒に入れ替えるタイプもあります)。具体的には、多系統萎縮症の患者さんに声帯運動障害の出現し気管切開をしたものの、不顕性誤嚥(誤嚥してもむせない状態)があるため、カフ無しのスピーチカニューレでは少し心配、というような状況が想定できます。また、通常のカフ付き気管カニューレと同様に人工呼吸器を接続できるため、夜間だけ呼吸アシストが必要な筋萎縮性側索硬化症などの患者さんでも使用できるかもしれません。
カフ付きスピーチカニューレの問題点としては、二重管であるため、チューブ内腔がやや狭くなることと(直径が約1ミリ細くなります)、側孔が気管孔の肉芽で閉塞してしまうことが挙げられます。チューブ内腔が狭くなると痰で閉塞したり、吸引しにくくなりますが、二重管である利点を生かして、早めに内筒を抜いて洗浄すれば、ほとんど問題は生じません。
側孔の閉塞は気管孔の肉芽が気管内に張り出したり(図2)、気管孔が深い場合に生じます。カフの無いスピーチカニューレでしたら、チューブの周囲からも呼気が抜けますので、患者さんは何も訴えないことが多いですが、カフがあるとチューブの周囲から呼気が抜けないので、患者さんは息を吐くことができず、苦しくなります。実際にはカフの周囲から呼気が辛うじて抜けて、声が出てしまい、なかなか気づかれないこともあります。
肉芽で側孔が塞がっていることを確認する一番良い方法はファイバースコープで観察することですが(図3)、使用できない施設では、その可能性を疑って装着時にちゃんと声が出るか、苦しそうにしていないか観察すること重要です。特に気管孔の肉芽が外表部から観察される場合や、体格が良く気管孔が深い場合は要注意です。
もし側孔が肉芽で塞がっている(ことが疑われる)場合に、どうしてもカフ付きのスピーチカニューレを使用したいならば、スピーチモードにするときにカフを脱気して、カフ無しのスピーチカニューレと同様な形としてしまうことで対応できます。ただし、誤ってカフエアを注入してしまうスタッフがいるかもしれませんから、職場内の理解や情報伝達が重要になってきます。
上記以外に、側孔自体による肉芽への刺激や、カニューレ交換時のひっかかり、肉芽の切断による出血なども問題となりますので、長期的に使用する必要がある場合は耳鼻咽喉科で気管孔形成手術を行うことが望ましいです。

東京大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科
二藤隆春

 

図1 カフ付きスピーチカニューレ
(コーケンネオブレス・スピーチタイプ®)

2019-01-20-1

図2 気管孔肉芽による側孔の閉塞
(二藤隆春、ほか:気管切開術におけるトラブルの予防と対策.JOHNS,2003)

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図3 カフ付きスピーチカニューレの内腔所見
肉芽により側孔が閉塞しており(矢印)、出血もみられる.

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開口力測定の意味と可能性開口力測定の意味と可能性(2018/12)

嚥下機能を改善させるためには様々な訓練方法が存在するが、我々は過去に舌骨上筋の“開口筋”としての機能に着目した。つまり、ゴクンと飲む嚥下反射は反射運動であるために、反射の際に収縮する筋肉を直接鍛えることは困難であるが、その開口をトレーニングとして利用することができないかということである。その結果、アイソメトリックな開口運動が嚥下反射時の舌骨の挙上を改善させることがわかった1)。さらに開口力測定器を作成して様々な調査を行ったところ、高齢者の開口力は若年者より低いこと2)、嚥下障害のスクリーニングに開口力が利用できること3)、男性はサルコペニアだと開口力が落ちるが女性にはその傾向はないこと4)、男性は開口力が弱いと舌骨の位置が低いが女性にはその傾向はないこと5)、開口力とオトガイ舌骨筋の太さには関連があること6)、早い開口運動を行うことでも嚥下機能改善の効果があること7)、健常高齢者では男性は80台で開口力が低下するものの女性にはその傾向はないこと8)などさまざまな知見が得られた。
従来ものを食べるときには噛む力が大切であるとされ、顎を閉じるときの動きや力に着目されてきたが、実は飲み込むときには顎を開ける方向の力を保つことが大切であるということになる。その他、口腔周囲筋と全身の筋量や筋肉の関連は従来骨格筋、つまり腕や足の筋肉との関連が検討されてきたが、我々の検討の結果嚥下関連筋は腕や足よりも体幹の筋肉の方が関連が強いということも示された9)。臨床場面を振り返っても、仮に歩けなかったとしても完全な寝たきりより座ることができる患者の方が嚥下はよいし、座れる場合でも端座位が取れない患者より取ることができる患者のほうが嚥下の状態はよい。実際の患者に対する評価や訓練方法に知見を活かすことができるだけではなく、近年特に注目されている予防的な介入、つまりフレイルの視点からも舌骨上筋の筋力や筋量を保つこと、そしてそのためには体幹を保つことが重要であると考えられる。
引用文献
1. Wada S, Tohara H, et al, Arch Phys Med Rehabil, 93: 1995-1999, 2012
2. Iida T, Tohara Het al, Tohoku J Exp Med, 231: 223-228, 2013
3. Hara K, Tohara H, et al, Arch Phys Med Rehabil, 95: 867-74, 2014
4. Machida N, Tohara H, GGI, 17: 295-301 2016
5. Shinozaki H, Tohara H, Clin Interv Aging, 12: 629-634, 2017
6. Kajisa E, Tohara H , J Oral Rehabil, 45: 222-227, 2018
7. Matsubara M, Tohara H, et al: Clin Interv Aging, 13: 125-131, 2018
8. Hara K, Haruka T, et al, Arch Gerontol Geriatr, 78: 64-70, 2018
9. Yoshimi K, Hara K, et al, Arch Gerontol Geriatr, 79: 21-26, 2018

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科老化制御学系口腔老化制御学講座高齢者歯科学分野
准教授 戸原玄

ボタン訓練法(ボタンプル法)は奏効するでしょうか?(2018/11)

口唇閉鎖機能の低下により流涎や口裂から食事がこぼれる場合,口唇機能の訓練の一つとして,衣服に用いるボタンを用いたボタン訓練法(ボタンプル法とも言われています)が一部の成書だけでなく著名な学会の「訓練法のまとめ」にも紹介されています.この訓練法は,糸を通したボタンを口腔前庭に挿入し,口唇を閉鎖して,糸を引っ張り,口裂からボタンが出ないように努力して閉鎖を維持するというものです.最初は直径の大きなボタンから開始し,徐々に閉鎖機能が向上したらボタンの径を小さくすることで口唇閉鎖する力を高めることができるとされています.
私たちも,かつて同様の訓練を行っていたことがありました.歯列,口腔前庭も含めて口腔の型を採り,その型から起こした模型上で個人ごとの歯列と口腔前庭の形に適合したプレートを作成して用いていました.何人かの患者さんに適用したのですが,得られた効果に一貫性が見られませんでした.
今から考えると当然ですが,もしも機能障害に対する訓練法のプログラムを構築するのであれば,1)どの程度の障害かの生理学的評価が必要であり,2)その評価結果から最も効果的な負荷の大きさと訓練時間を決定し,3)どれほどの期間にどのようなレベルになれば次の段階に進むのか,あるいは訓練を休止するのかについての,短期的・長期的目標の設定が必要と思われます.ボタン訓練法の実施方法についての記述はあるのですが,いずれにもその効果発現の生理学的背景については言及されておらず,またボタン訓練法が有効であったとする症例報告も渉猟する範囲では見つけることができませんでした.
当方でのボタン訓練法を行った過去のレコードを通覧したところ,比較的奏効していたのは,三叉神経機能の障害で口唇閉鎖感覚が低下していた場合であり,顔面神経機能に問題があって口唇閉鎖運動自体が難しい患者さんでは効果が低いという結果でした.このような結果になった理由としては,以下のようなことが考えられます.
下図の左は,上下総義歯を入れている方の正面と側面の顔貌で,右はその義歯を外した時の顔貌です.義歯を外した状態で口唇閉鎖すると,口唇は口腔内に引き込まれた状態になることがわかります.すなわち,前歯がある状態であれば,口唇を閉鎖すると,前歯は口唇が口腔内に引き込まれる上での抵抗となり,口唇閉鎖のための筋群は鍛えられるということになります.したがって,前歯があれば口唇閉鎖するだけで,意識することなく,自動的に閉鎖筋群は訓練され,閉鎖機能は維持されると考えられます.
ボタン訓練法では,ボタンの直径を小さくすることで訓練効果があるかのように記されていますが,このような口唇閉鎖運動の特性からすると,直径ではなくプレートの厚みを高めることが必要と思われます.口唇閉鎖訓練のためには市販のボタンではなく,個人ごとに作成したプレートの厚みを高めて運動抵抗とすることが必要と考えられます(具体的な方法については紙数の関係で他書にゆずります).
経験則や民間療法に近い訓練法も生理学的に検証されて,改めてその効果が再確認されるものもあるでしょうが,仮にそうであったとしても,適応症,効果発現の生理学的背景が示されていない場合には注意が臨床現場で用いるには注意が必要だと思います.かつてボタン訓練法をお願いした私たちの患者さんには申し訳ないことをしたと思うのですが,奏効しなかった患者さんのほとんどが,ご自身で判断されて「先生,家でいろいろあって,できていません」と継続されていませんでした.反省.口唇閉鎖機能の低下により流涎や口裂から食事がこぼれる場合,口唇機能の訓練の一つとして,衣服に用いるボタンを用いたボタン訓練法(ボタンプル法とも言われています)が一部の成書だけでなく著名な学会の「訓練法のまとめ」にも紹介されています.この訓練法は,糸を通したボタンを口腔前庭に挿入し,口唇を閉鎖して,糸を引っ張り,口裂からボタンが出ないように努力して閉鎖を維持するというものです.最初は直径の大きなボタンから開始し,徐々に閉鎖機能が向上したらボタンの径を小さくすることで口唇閉鎖する力を高めることができるとされています.
私たちも,かつて同様の訓練を行っていたことがありました.歯列,口腔前庭も含めて口腔の型を採り,その型から起こした模型上で個人ごとの歯列と口腔前庭の形に適合したプレートを作成して用いていました.何人かの患者さんに適用したのですが,得られた効果に一貫性が見られませんでした.
今から考えると当然ですが,もしも機能障害に対する訓練法のプログラムを構築するのであれば,1)どの程度の障害かの生理学的評価が必要であり,2)その評価結果から最も効果的な負荷の大きさと訓練時間を決定し,3)どれほどの期間にどのようなレベルになれば次の段階に進むのか,あるいは訓練を休止するのかについての,短期的・長期的目標の設定が必要と思われます.ボタン訓練法の実施方法についての記述はあるのですが,いずれにもその効果発現の生理学的背景については言及されておらず,またボタン訓練法が有効であったとする症例報告も渉猟する範囲では見つけることができませんでした.
当方でのボタン訓練法を行った過去のレコードを通覧したところ,比較的奏効していたのは,三叉神経機能の障害で口唇閉鎖感覚が低下していた場合であり,顔面神経機能に問題があって口唇閉鎖運動自体が難しい患者さんでは効果が低いという結果でした.このような結果になった理由としては,以下のようなことが考えられます.
下図の左は,上下総義歯を入れている方の正面と側面の顔貌で,右はその義歯を外した時の顔貌です.義歯を外した状態で口唇閉鎖すると,口唇は口腔内に引き込まれた状態になることがわかります.すなわち,前歯がある状態であれば,口唇を閉鎖すると,前歯は口唇が口腔内に引き込まれる上での抵抗となり,口唇閉鎖のための筋群は鍛えられるということになります.したがって,前歯があれば口唇閉鎖するだけで,意識することなく,自動的に閉鎖筋群は訓練され,閉鎖機能は維持されると考えられます.
ボタン訓練法では,ボタンの直径を小さくすることで訓練効果があるかのように記されていますが,このような口唇閉鎖運動の特性からすると,直径ではなくプレートの厚みを高めることが必要と思われます.口唇閉鎖訓練のためには市販のボタンではなく,個人ごとに作成したプレートの厚みを高めて運動抵抗とすることが必要と考えられます(具体的な方法については紙数の関係で他書にゆずります).
経験則や民間療法に近い訓練法も生理学的に検証されて,改めてその効果が再確認されるものもあるでしょうが,仮にそうであったとしても,適応症,効果発現の生理学的背景が示されていない場合には注意が臨床現場で用いるには注意が必要だと思います.かつてボタン訓練法をお願いした私たちの患者さんには申し訳ないことをしたと思うのですが,奏効しなかった患者さんのほとんどが,ご自身で判断されて「先生,家でいろいろあって,できていません」と継続されていませんでした.反省.

201811

文献

・舘村 卓,佐々生康宏,他:ボタン訓練法における訓練具の大きさが引っ張り力と口輪筋活動へおよぼす影響.日摂食嚥下リハ会誌,6(1):49-55,2002
・佐々生康宏,舘村 卓,他:前歯口腔前庭に装着するプレートの厚径が口唇閉鎖時の口輪筋活動におよぼす影響.日摂食嚥下リハ会誌,10(2):135-141,2006.
・舘村 卓:摂食嚥下障害への対応.摂食嚥下障害のキュアとケア第2版(舘村 卓),医歯薬出版,2017,145.

一般社団法人 TOUCH / TOUCH口腔機能回復センター 舘村 卓

摂食・嚥下障害と倫理 ―第15回岐阜大会のご案内―(2018/10)

第15回日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会(2019年10月19日)を岐阜県の長良国際会議場で開催することになりました.多くの会員の皆様のご参加を心よりお待ち致しております.今回はテーマを「神経筋疾患患者さんのQOLを高める~倫理から栄養まで~」に致しました.テーマに「倫理」を加えましたのは,摂食・嚥下障害を認める患者さんの診療においてしばしば臨床倫理的問題で悩むためです.このため特別講演を,この問題にお詳しい浜松市リハビリテーション病院院長,藤島一郎先生にお願い致しました.
摂食・嚥下障害における臨床倫理については「摂食嚥下障害の倫理(箕岡真子,稲葉一人,藤島一郎著;ワールドプランニング 社)」において詳しいのでご一読をお薦めしますが,個人的に考える最も難しい問題は「高度の嚥下障害を呈する患者さんが『死んでもいいから食べたい』と訴えたときにどのように向き合うか?」です.最近も病棟でその議論をし,主治医とともに悩みました.以前拝聴した藤島先生のご講義や上記書籍を参考に重要なポイントをまとめると以下のようになるかと思います.
・ まず嚥下障害を呈する患者さんに多様性があることを理解し,進行性の有無,回復・治癒の可能性,症状の変動の有無,認知機能や病識の確認など,どのような疾患のどの時点を見ているのかを理解する.
・ つぎに,正確な評価と診断を行い,嚥下障害を治療できるか否かを明確にする.つまり医学的事実を明らかにすることが大切で,そのつぎに倫理的判断を行う.このとき,年齢や認知機能によって差別が生じないようにする.
・ 治療方針に関する自己決定能力・意思表示能力があるかを明らかにする.
・ コミュニケーションを十分にとり,「死んでもいいから食べたい」という訴えの真意を探る.
・ 1人で考え込まず,倫理カンファレンスを行う.
・ この問題の倫理的ジレンマは,倫理4原則の「本人の願望を尊重したい」とする自律尊重原則と,「肺炎を予防し栄養状態を改善したい」という善行原則・無危害原則の衝突である.いずれを優先するかについては「患者さんにとって最善利益はなにか?」を第一に考えて,症例ごとに熟慮する.
・ 結論を出す以上に大切なことは,その結論を出すためのプロセス,つまり話し合い・コミュニケーションの経緯である.医師は医学的事項や倫理的事項に関して提示を行い,患者さんや家族が結論を出すための手助けを行う.そしてadvanced care planningやshared decision makingにつなげていく.
第15回岐阜大会ではこのような議論のほか,教育セミナーとして「服薬障害と薬剤性嚥下障害」「神経難病における栄養障害とその対策」「歯科的観点からみる神経疾患における口腔ケア」「認知症の栄養障害」を予定しています.皆様にお目にかかることをとても楽しみに致しております..
岐阜大学大学院医学系研究科神経内科・老年学分野
下畑 享良

神経筋疾患症例で認知の問題がある場合の対応の工夫(2018/09)

神経筋疾患症例の生活を支える対応では、摂食の安全性への配慮の上に進行する症状への配慮を行いながらアプローチを進めます。
神経筋疾患による摂食嚥下機能の低下に加え、年齢を重ねることで認知の問題が起こることは少なくありません。今回は、摂食場面で起こる認知の問題への対応として、工夫できるものを紹介致します。
まず、対応上必要な着眼点、留意点として、視覚的な問題、聴覚(老人性難聴)への対応など入力の保障を確実にすることが大切です。入力の問題の一つである加齢性(老人性)難聴は40歳代から始まるといわれていますが、65歳以上で難聴がある人は全国で1500万人といわれており、多くの対象者に起こりえる症状です。日常の会話で聞き返しがある、少し大きめの声にすると通じるといった場合は軽度の難聴が疑われます。補聴器を装用ほどではない場合でも、顔を見てはっきり、ゆっくりと話し、伝わっているかどうかを確認しながらコミュニケーションを進めましょう。視覚的な問題は食物を認知しにくくすることや、摂食動作がしにくいことにつながることがあります。また、手指の操作性が低下してお椀を持ちにくい場合には、取っ手のある汁椀にするなど、図に示すような配慮で少しでも問題を減らすことができる場合があります。
次に、食べることの意識付けがしにくいために、食べ始められない、途中で止まってしまうという状況になることがあります。その際は、声を掛けて説明すること、献立を見せること、食器やスプーンを持つ手を介助して口へ入れるよう導くこと、本人の使いなれた食器を用いることなどが奏功することがあります。また、食事の始めに好物を用いるとスムースになる場合もあります。
いずれにしても、口腔に詰め込んで窒息を起こすことや、多すぎる一口量の水分でむせを起こすなど、咽頭期の嚥下にトラブルを起こさないよう留意しながら摂食を進めます。少しの工夫によってご本人の食べる意欲を促し、美味しいと感じられる食事を増やせる場面がありますので、実践をしてみてください!

埼玉県総合リハビリテーションセンター
言語聴覚科 清水充子

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ALSにおける栄養障害―視床下部の役割―(2018/08)

これまでのコラムでもご紹介してきたように,ALSにおける体重減少は独立した生命予後予測因子であり,栄養療法の重要性が指摘されています。最近,体重を増加させるための薬物療法の一つの治験結果が報告されました。ALSでは筋萎縮によりインスリン抵抗性が増大し,糖の筋への取り込み障害が起きると考えられていますが,インスリン抵抗性の改善薬であるpioglitazone(商品名アクトス)の効果が検討されました(Brain 2016;139:1106)。Pioglitazoneはインスリン抵抗性を改善する以外に,視床下部に作用し,食欲を増大させ,体重を増やす作用がありますが,報告では残念ながらpioglitazoneを投与しても体重は増えず,延命効果は得られませんでした。ただ興味深いのは体重が増えなかった原因として,視床下部にある食欲を抑制するproopio-melanocortin neuron(POMC)と食欲を増大するagouty-related peptide neuron(AgRP)に何らかの障害があるかもしれないという考察がなされていることです。
この論文に呼応するように,ALS患者の頭部MRIでの視床下部の容積を測定した論文も発表され,ALSでは視床下部が小さく,それが体格指数(BMI)と相関すること,また家族性ALSでは発症前から視床下部の容積が低下していることなどから,発症早期から視床下部に変性があるのではないかと考察されています(J Neurol Neurosurg Psychiatry 2017;88:1033)。神経病理学的な検討でも,外側視床下部にTDP-43が蓄積している患者では,そうでない患者に比べ,体重が有意に低いという報告もあります(Acta Neuropathol Comm 2014;2:171)。ALSは多系統変性症であると言われていますが,視床下部病変は生命予後に影響を与える重要な病変である可能性があります。
ALSにおける栄養療法は,リルゾールやエダラボンに劣らない効果があると考えられています。診断前に体重が減っている症例でも,診断後に体重増加に転ずる症例は間違いなく存在しますし,体重増加を呈した症例は生命予後がよいことを確認しております(未発表)。病初期から視床下部病変があることを念頭におき,診断時から体重維持・増加を目的とした栄養療法による介入が必要だと言えます。

東京都立神経病院 脳神経内科 清水俊夫

離床と覚醒と嚥下の関係(2018/07)

パーキンソン病の80%に不眠があり入眠障害,中途覚醒,早朝覚醒がありしばしば日中の過眠,昼夜逆転がある.覚醒度が低下すると摂食動作が止まり,口の中に入れたまま呑み込まなくなり,そればかりか嚥下反射の誘発が悪くなり,咽頭残留から誤嚥のリスクが高まる.
脚橋被蓋核PPNなどの核は姿勢の制御や運動,嚥下に関わると共に上行性覚醒系の一部をなし覚醒,睡眠に大きな働きをしているが、パーキンソン病は過剰なGABA抑制によりこの領域の機能低下が指摘されている. 直接脳深部刺激装置でこの領域(PPN領域)を刺激したら歩行障害だけでなく睡眠,発声,嚥下障害が改善したとの報告もある.
姿勢制御するためには深部感覚刺激のfeed backは必須である.Feedback刺激によりPPN領域が興奮し覚醒、嚥下も改善してくると考えるのも自然である.
だとすれば覚醒度を高くするにはまず離床.抗重力位にして姿勢筋活動刺激を与える.パ-キンソン病の人が臥位から座位にしただけで他の人以上に表情が変化するのは坐位による姿勢刺激がPPN領域に対して脳深部刺激のように働いているかもしれない.もちろん離床だけでなく生活のリズムを作ることも大切である.夜間せん妄も薬剤調整だけでなくこうした環境調整で回復することが多いし,リハビリテーション病棟では,離床と生活のリズムは病棟生活の根幹をなすものである.
「目を覚まさせるには起こせばいい」とはごく普通の結論ではあるがパーキンソン病の患者ではもっとそれ以上に深い意味がある.
201807

(黒質緻密部と視床に投射する脚橋被蓋核ニューロン 文献をもとに著者作成)
軸索が枝分かれして視床と黒質に同時に投射しているPPNニューロンである。PPNは上行性脳幹網様体賦活系を構成している核群である。上行性脳幹網様体賦活系はこうした神経のネットワークにより覚醒系の機能を果たしている。
高草木薫:脚橋被蓋核(PPN)の機能とパーキンソン病.神経内科.80(5):527-535,2014.
国立病院機構鳥取医療センター 神経内科  金藤大三

加齢に伴う嚥下機能の変化(2018/06)

 高齢者では加齢に伴い、嚥下機能の様々な生理的変化をきたします。解剖学的には舌骨上・下筋群の筋線維の萎縮、緊張の低下、靱帯の緩みにより、安静時の喉頭位置が下垂します。予備能力により咽頭期嚥下運動開始までに喉頭挙上距離を増加させることで代償しています。喉頭が下垂すると食塊の移動に対して喉頭挙上が相対的に遅れ、嚥下時の喉頭閉鎖が不十分となって誤嚥につながります。また、食道入口部の開大が制限されて咽頭残留が増加します。構造的に咽頭から気管入口部への角度が浅くなり、嚥下反射の惹起性が低下した際に誤嚥のリスクが増加することがあります。
喉頭挙上筋群や食塊駆動筋のほとんどは筋収縮が強く収縮速度が速いタイプ2線維が優位ですが、加齢に伴い筋収縮力が弱く収縮速度が遅いタイプ1線維へ変化すると報告されています。そのため、喉頭挙上の遅延や食塊駆動力の低下につながります。また、高齢者ではサルコペニア(コラム2012/11、2015/09、2017/10参照)を合併して筋肉量が減少することもあります。
一方、高齢者では脳卒中を合併することもあります。多発性脳梗塞による偽性球麻痺では口腔機能障害と嚥下反射の惹起遅延に対して増粘剤やゼリーなどを用いて嚥下訓練を行います。しかし、嚥下運動に関わる筋肉の筋力低下をきたした高齢者ではとろみをつけて食物の粘性が増すと,咽頭残留が増加して咽頭での通過障害をきたして誤嚥を引き起こすことがあります。
とろみ剤は万能ではなく,嚥下機能に合わせてとろみの濃度を調整する必要があります。食物の通過を妨げないような食形態の調整も必要です。
高齢者では、加齢に伴う嚥下機能の変化を考慮して、嚥下動態を十分に把握した上で、適切な食事を提供することが誤嚥を予防することにつながります。
参考:高齢者の摂食嚥下障害 ENTONI 2016年8月
Nishikubo K: Quantitative evaluation of age-related alteration of swallowing function: Videofluoroscopic and manometric studies. Auris Nasus Larynx. 2015 :42(2):134-8
諏訪赤十字病院 リハビリテーション科  巨島文子

歯ぎしり、食いしばりがボトックス治療で軽減できれば(2018/05)

寝ている間に歯ぎしりや食いしばりで唇や舌を咬み込み潰瘍を形成したり、著しい歯ぎしりによる歯の摩耗から露髄まで生じたりすることがあります。このような患者が月に数例ほど来院します。その対策は、咬傷予防のためのマウスガードを作成し装着するのが常です。マウスガードについては、以前「神経筋疾患患者の歯ぎしり治療のための口腔内装置」(2010/01)」で紹介しましたので参照ください。
マウスガードは、歯の摩耗、破折やギリッ、ギリッ音を防ぐことができます。歯ぎしりや食いしばりを治すものではありません。衛生管理上毎回脱着する必要があります。破れたり破損したり、口の中の状態によっては頻回に作成する必要も生じます。
最近、歯ぎしり軽減にボトックス治療が有望であるとの報告を見つけました。
「Neurology」1月17日オンライン版に歯ぎしりや食いしばりの軽減に、A型ボツリヌス毒素(ボトックス)を頬に注入する治療が有望であることが、小規模なランダム化比較試験(RCT)で示されたとの掲載がありました。このRCTは米ベイラー医科大学神経学教授のJoseph Jankovic氏らが実施したもので、この治療は頬から咀嚼筋(咬筋と側頭筋)にボトックスを注入することで咀嚼筋を収縮させる信号を遮断し、歯ぎしりや食いしばりを軽減させたというものです。対象は、睡眠中の歯ぎしりが確認された18~85歳の男女22人。13人には頬から咀嚼筋にボトックスを注入し、残る9人には有効成分が含まれていないプラセボを同様に注射し、4~8週間後に再び全ての対象者への歯ぎしりなどの症状を評価しました。その結果は、全般的な症状の改善がみられた患者はプラセボ群ではみられなかったが、ボトックス治療群では13人中6人に「大幅」または「極めて大幅」な改善が認められたとのことです。症状や痛みも同様にボトックス治療群で軽減が認められました。なお、ボトックス治療による重篤な副作用は認められなかったそうです。今回の研究でボトックス治療の有望性が示されたことから、今後は、ボトックス治療が歯ぎしり、食いしばりの治療選択肢の一つになりうるのではないかとの見解を述べられていたが、保険導入の見込みはなく、一部医療機関で自費対応をしています。このような治療の選択肢もあればと期待をしています。今週も2名ほど、ALSの患者様にマウスガードを装着しました。「ありがとうございます」と感謝されました。

国立病院機構千葉東病院 歯科医長 大塚 義顕

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パーキンソン症候群に対する摂食嚥下リハビリテーション(2018/04)

パーキンソン病(PD)の摂食嚥下障害は頻度の高い合併症であり、食事姿勢異常や口腔から咽頭への送り込み不良、誤嚥など先行期から食道期のすべてが障害される。PDの嚥下障害は、L-dopaなどの抗PD薬で改善しないことが多く、嚥下機能の維持・改善には、摂食嚥下リハビリテーションの実施が必要である1).
PDに対する摂食嚥下リハビリテーションには、以下のような様々な報告がある2)。①Lee Silverman Voice Treatment(LSVT®)LOUD:口腔通過時間(OTT)や口腔咽頭嚥下効率(OPSE)を改善した.② Video Assisted Swallowing Therapy(VAST):嚥下造影検査(VF)の動画を見せながらのフィードバックと嚥下訓練により咽頭残留が有意に減少した。③ 呼気筋力練習(EMST):呼気加速が増加し,VF上の誤嚥が減少した。④ メトロノーム訓練:メトロノームと間接嚥下練習の組み合わせにより、口腔移送時間が有意に短縮した。⑤ 間接嚥下訓練:舌可動域、舌抵抗訓練、声帯内転運動、メンデルソン手技、頸部体幹可動域訓練により、premotor time(刺激から筋肉の活動が起こるまでの時間)が有意に延長した。⑥ 姿勢・食形態調整:蜂蜜状とろみを嚥下したときの誤嚥の割合が最も少なかった。ネクター状とろみと顎引き嚥下にも誤嚥の予防効果があった。一方で、頸部表面電気刺激(SES)やボツリヌス注射はPDの嚥下障害には効果がみられなかったと報告されている3)、4)。
他にも、梨状窩に残留を認める場合には頸部回旋嚥下、シャキア法や嚥下おでこ体操といった頸部挙上訓練などを実施することも有効な場合がある。患者の状態や嚥下機能に応じて、適切な訓練法を選択する必要がある。
参考・引用文献
1) 山本敏之,村田美穂.こうしよう!パーキンソン症候群の摂食嚥下障害 第1版 東京:アルタ出版;2014
2) Van Hooren MRA, Baigens LWJ. Voskuilen S. Treatment effects for dysphagia in Parkinson’s disease: A systematic review. Parkinsonism and Related Disorders 2014: 20, 800-807
3) Baijens LW, Speyer R, Passon VI. Surface electrical stimulation in dysphagic Parkinson patients: a randomized clinical traial. Laryngoscope 2013: 123(11), E38-44
4) Nobrega AC, Rodrigues B, Melo A. Does botulinum toxin injection in parotid glands interfere with the swallowing dynamics of Parkinson’s disease patients? Clin Neurol Neurosurg 2009: 111(5), 430-432
国立精神・神経医療研究センター病院  言語聴覚士 中山慧悟

ALS患者の%FVC50%時入院について(2018/03)

ALSの診療に携わっていると、いくつかの重要なタイミングがあります。それは、告知のタイミング、経皮内視鏡下胃瘻造設術 (PEG) のタイミング、非侵襲的陽圧換気療 (NPPV) 導入のタイミング、気管切開下人工呼吸(TPPV)開始のタイミングなどです。その過程で、%努力性肺活量 (%FVC) 50%の時期は1つの分岐点であると感じています。%FVC50%と言えば、NPPV導入および安全にPEGをおこなえるクリティカルピリオドの目安となる時期です。発症のタイプと進行速度にもよりますが、最初に告知を受けた頃には精神的ショックが大きく、また症状が軽いため実感の湧かなかった患者も、この頃になると、自分の身体の変化を実感し疾患を受け入れることで今後の治療方針を選択する心の準備ができてくるように思われます。そういう時期に同じ病気の患者が療養している難病病棟に入院し、PEGやNPPV導入を進めつつ多職種からさまざまなアドバイスを受けることは、今後、自分がどこでどのような医療を受けたいか選択する良い機会となります。
慌ただしい外来診療の中で、医師1人がおこなえるサポートは患者・家族にとって十分とは言えません。%FVC50%時の入院では、まず血液ガス・血液栄養指標等の血液検査のフォローに加え、夜間の酸素飽和度モニター、嚥下造影検査、胸腹部CT等の検査をおこない、希望に応じてNPPVの導入、PEGをおこなうのですが、それと並行して他職種でのインフォームドコンセントをおこない、患者が疾患を理解し今後の症状変化を知ったうえで治療方針を決定や事前指示書の作成がおこなえるようサポートします。また、訪問看護導入や酸素飽和度測定器やポータブル吸引機などの機器購入の手続きなど、在宅への準備をおこない、在宅関係者会でサービス内容の調整をおこなった上で退院となります。
この入院以後、患者・家族の意思や要望に共通理解を持つサポートチームができ、お互いに情報交換をおこないながら患者を支えていってくれるので、非常に有用だと感じています。

国立病院機構 高松医療センター 市原典子

パーキンソン病における味覚障害((2018/02)

パーキンソン病の味覚障害は、他の非運動症状に比べて注目度は低いのですが、9〜27%と健常者の0〜1%に比して高率に認めます。早期のパーキンソン病においても約14%に認め、非運動症状をクラスター解析した検討では、胸痛、説明のつかない痛み、食後の膨満感とともに、感覚・自律神経異常の項目に含まれます。このため、その原因として薬剤の影響も考慮しないといけませんが、パーキンソン病の病変自体で出現しうると考えられています。パーキンソン病の味覚障害の特徴として、低い濃度の味が分かりづらい、舌の前方は敏感で後方は減弱しているとする報告があります。こうした味覚障害の特徴から迷走神経の障害が原因とする仮説もありますが、迷走神経を責任病巣とするとやや頻度が低いのではと思います。一方、最近の画像研究で、健常者において島は味の好みや濃さに重要な役割を果たすとの報告があります。パーキンソン病でも島病変は感覚や自律神経不全を含めた様々な非運動症状の発現に関係している可能性が示されています。また、軽度認知機能の低下したパーキンソン病例でも島におけるドパミン神経節前線維のシナプス小胞を可視化するDTBZトレーサーの集積が低下するとの報告も認めます。これまでパーキンソン病における味覚障害に着目した画像研究は、ほとんど行われていませんが、このような視点の研究で島の異常が検出する可能性があるのではと考えています。一見、対応法が無い症状でも、その仔細な病態が分かると良い対応方法が見つかってくることがあります。豊かな味覚を楽しむという人生最大の楽しみの1つをパーキンソン病患者さんから奪わないような工夫、介入、治療は、より良好な摂食、嚥下、栄養にも資する可能性があり、今後の研究、検討が待たれる分野ではないかと思います。
Pont-Sunyer C, Hotter A, Gaig C, et al. The onset of nonmotor symptoms in Parkinson’s disease (the ONSET PD study). Mov Disord. 2015;30:229-37.
Doty RL, Nsoesie MT, Chung I, et al. Taste function in early stage treated and untreated Parkinson’s disease. J Neurol. 2015;262:547-57.
Christopher L, Koshimori Y, Lang AE, et al. Uncovering the role of the insula in non-motor symptoms of Parkinson’s disease. Brain. 2014;137:2143-54.

名古屋大学医学系研究科 脳とこころの研究センター    渡辺 宏久

嚥下リハビリテーションにおける感覚閾値電気刺激の有用性(2018/01)

近年,電気による末梢からの感覚刺激が大脳皮質の可塑性変化を担うとの考えに基づき1),リハビリテーションへの臨床応用が試みられている.Hamdyらは咽頭への電気刺激により嚥下関連皮質の興奮性が変化する事を2),Fraserらは健常者において感覚閾値の電気刺激を咽頭に加えながら咀嚼嚥下を行うと,非刺激時と比較してより嚥下関連皮質の脳血流が増加する事,さらに急性期脳卒中患者においても感覚閾値の咽頭電気刺激により,非損傷側の脳血流が上昇する事を報告している3).
頸部干渉波刺激(以下,IFC:Interferential Current)装置は,こうした概念に基づき,体表から嚥下関連神経を感覚閾値レベルで刺激し,嚥下反射閾値を低下させる事を目的として越久らにより発案された手法である.健常者においては,筋収縮を伴わないような感覚閾値刺激の場合,本手法のキャリア周波数2000Hz+ビート周波数50Hzから形成される干渉波刺激が,最も嚥下反射促進効果が優れている事が明らかにされている4).また脳卒中やパーキンソン病による嚥下障害例に対しては,即時効果として咽頭期嚥下機能を改善する事も報告され5),2015年7月にはジェントルスティム®の販売名で医療機器認証され,コマーシャルベースで利用可能な刺激装置となった.
最近,前田らの研究グループから,様々な嚥下障害患者に対するIFC効果をランダム化比較試験にて検証した研究結果が報告されたので,ここに紹介する6).この研究では嚥下リハビリテーション目的で入院となった高齢者嚥下障害を無作為にIFC群と偽刺激群に振り分け,1日あたりの刺激時間は30分(午前と午後でそれぞれ15分間)とし,2週間実施された.その結果,クエン酸誘発による咳反射潜時の介入後の変化量は,IFC群:−14.1±14.0秒,偽刺激群:−5.2±14.2 秒と,IFC群において有意に短縮し,かつ1日あたりの経口摂取量の変化量は,IFC群:+437±575kcal/日,偽刺激群:+138±315 kcal/日と,IFC群において有意に増加した.
従来の手法であるパルス波刺激による感覚閾値レベルの電気刺激が,嚥下障害例の誤嚥リスクを軽減する事は既に報告されていたが,その機序は不明であった.咳反射は気道防御機構を構成し, その低下は神経筋疾患を含めた嚥下障害の誤嚥性肺炎において重要な要因の1つと考えられている7).前田らの報告はIFCが気道防御性を改善させる根拠を,エビデンスレベルの高いstudyにより明確に示しており,IFCの嚥下障害への臨床応用を考える上で重要な知見と言える.
神経筋疾患は一般に経過が長いため,嚥下障害への介入法も利便性と耐容性の高い手法が望まれるが,IFCは低侵襲で快適性も高く,感覚閾値刺激では不快な筋収縮も誘発しないため食物を用いた直接訓練との相性も良い.また装着の扱いが容易でポータビリティ性も優れるため,医療機関のみならず介護施設や在宅でも利用しやすい点も好都合である.神経筋疾患における嚥下障害への展開が期待される.

参考文献
1) Kaelin-Lang A et al.Modulation of human corticomotor excitability by somatosensory input. J Physiol 2002;540: 623‒33
2) Hamdy S et al.Long-term reorganization of human motor cortex driven by short-term sensory stimulation. Nat Neurosci 1998;1:64-8
3) Fraser C et al.Driving plasticity in human adult motor cortex is associated with improved motor function after brain injury.Neuron 2002;34:831-40.
4) Furuta T et al, Y. Interferential electric stimulation applied to the neck increases swallowing frequency.Dysphagia 2012;27:94-100.
5) Sugishita S et al.Effects of Short Term Interferential Current Stimulation on Swallowing Reflex in Dysphagic Patients.International Journal of Speech & Language Pathology and Audiology 2015;3:1-8.
6) Maeda K et al. Interferential current sensory stimulation through the neck skin improves airway defense and oral nutrition intake in patients with dysphagia : a double-blind randomized controlled trial. Clin Interv Aging. 2017;12:1879-86.
7) Marik PE et al. Aspiration pneumonia and dysphagia in the elderly. Chest 2003;124:328-36.
各務原リハビリテーション病院     神経内科 和座 雅浩

口の機能の一端を測る:舌圧検査について(2017/12)

超高齢社会を迎えたわが国では,医科,歯科,介護との連携がますます重要となっています.患者さんの「口から食べる能力」についても,この連携下において評価し必要に応じで治療・リハビリテーション等の取り組みを行っていきます.その際,疾患の有無,残っている歯の本数や,う蝕・歯周病の有無,義歯の適合,口腔清掃状態などは多職種で情報を共有できても,「食べる機能」を数値で客観的に評価することは今まで十分ではありませんでした.
「食べる機能」は舌と深く関連しています.しかしながら,これまで舌機能を簡便に測定・診断できる方法がありませんでした.JMS舌圧測定器はこの舌機能を,一部ではありますが,簡便に数値で評価し,医療や介護の現場での良好な連携,相乗効果を生み出すことができます.
ディスポーザブルの口腔内プローブを,口蓋前方部と舌で,随意に最大の力で押しつぶさせ,プローブ内圧の変化を舌圧として測定します(図1).JMS舌圧測定器(図2)は国内で医療器具として承認され,大規模な疫学的研究はもちろん,医療・介護施設における,各個人のための口腔機能の客観的評価や治療介入時の評価等で用いられています.結果が数値で即座に表れることで患者さんに理解してもらいやすく,フィードバックすることが可能で,各種口腔機能向上訓練の際には,患者さんのみならず,指導者の動機づけにも利用することが出来ます.この舌圧を用いた疫学的研究1)では,853名の健常有歯顎者の協力を得て,年代別の舌圧標準値を明らかにしました.舌圧は全身の筋力と同様に,若いころは男性が女性よりも大きく,加齢とともに男女差は無くなり,60歳代以降は低下します.
一方で,舌圧と「食事時のむせ」との関係2)や「高齢者の嚥下時の食物残留」との関係3)が明らかとなり,舌圧と食事形態との関係では,30 kPa以上を示す者は全員常食を摂取していた一方,20 kPa未満ではその半数以上が嚥下調整食を摂取していることも報告されています4).
今後ますます廃用や低栄養による嚥下障害患者が増加することが予測され,その評価・治療・リハビリテーションの場面でもこの舌圧検査が活躍し,私たちに重要な情報を提供してくれることが期待されています.
1) Utanohara Y, Hayashi R, Yoshikawa M, Yoshida M, Tsuga K, Akagawa Y. Standard Values of Maximum Tongue Pressure Taken Using Newly Developed Disposable Tongue Pressure Measurement Device. Dysphagia, 23: 286-290, 2008.
2) Yoshida M, Kikutani T, Tsuga K, Utanohara Y, Hayashi R, Akagawa Y. Decreased Tongue Pressure Reflects Symptom of Dysphagia. Dysphagia, 21: 61-65, 2006.
3) Ono T, Kumakura I, Arimoto M, Hori K, Dong J, Iwata H, Nokubi T, Tsuga K, Akagawa Y. Influence of bite force and tongue pressure on oro-pharyngeal residue in the elderly. Gerodontology, 24: 143-50, 2007.
4) 田中陽子,中野優子ほか.入院患者および高齢者福祉施設入所者を対象とした食事形態と舌圧,握力および歩行能力の関連について.日摂食嚥下リハ会誌,19(1): 52-62,2015.

図1 図2
図1 図2

 

広島大学大学院医歯薬保健学研究科先端歯科補綴学 吉川峰加

食から見えてくる脳とこころのメカニズム(2017/11)

こころが何かという問いかけはながーい歴史の中で模索されてきた。現在、脳研究は2つの方向に向かっている。一つは、分子レベルでの研究であり、他は、脳ネットワーク論によるものである。そしてこころとは何かとの問いかけは、後者、即ちネットワーク論の中に回答が見える。
ここでは、誰しもが関心の深い「食べる」を主題にしながら脳の姿をネットワークの繋がりの中に辿る。脳はいわば大きな制御装置である。食物を消費して、子孫を残し、脳の中に記憶を蓄えて歴史、文化を後世に伝える。生物の目的はせんじ詰めればそうした所にある。その際、エネルギー代謝の最も中心的な働きが食行動である。食行動は個体維持・生存の為の第一歩である。それに対して、性行動は種族保存の為の仕組みである。
私は、ここ数年間何かにつけてこころを論じて来たが、こころの核心をおよそ3つに分類する。即ち、(1)感覚・認知・知覚、(2)意識・注意・自我、記憶、(3)情動・魂である。生命体は生存の為に様々な行動・運動を企図するが、そうした運動を制御するのは、精緻な感覚情報である。5感と称される感覚情報が重要である。新たな感覚情報を正しく認識する行為を認知と称する。そして、過去の記憶・経験に照らして新たな事態に名前と意義を付与する行為を知覚と称する。正確な判断には古い記憶がまた重要意である。意識と注意は物事の表裏である。これらは互いに依存する。意識と注意のバランスの中にてそれを操る自我があって、自己の内側意識の中に自我の座がある。そして生きる情熱を支えるのが情動であり、生きようとする意欲が魂である。意欲はエネルギーであっ、形は呈さない。
そこで食に於いて最初にそして最も重要な機能は、味覚である。味覚の経路にこころの働きを支える機能が埋め込まれている。つまり味覚経路こそは生きる経路である。即ち、本経路に沿って存在する、前島回(AIC)、眼窩前頭回(OFC)、そして前帯状回(ACC)に、こころの中心的働きが存在する。自我はAICの働きによって支えられ、食の喜び・生きる歓びは、OFCの重要な働きである。ACCは食べよう、食べたいという食行動の最初を規定する。このように食に関わる脳のネットワークの中に正しく生きる仕組みが埋め込まれているのである。かくしてこの経路にこそ、こころの重要な働きを支える中心となって働く姿が見えるのである。
こうした脳の働きの考察から見えてくる結論は、(1)そもそも脳の働きは感覚系優位に出来上がっている。(2)鋭敏で優秀で優雅な味覚があってこそ生が保証される。(3)脳はネットワークで繋がって行くので、どこが優位ということではない。しかし食と味覚に於いては前島回の位置は極めて重要である。味覚のみならずこころのHubを形成するからである。(4)味覚はそれ以外の嗅覚、視覚、触覚を含めた感覚とシンフオニアを織りなす。(5)味覚のシンフオニアは、歓びをもたらし、食はこころの中枢を形成する。(6)よい食欲はよい夢である。
この様に食そのものが、正に脳とこころの中心課題であること、そして、食を通して脳やこころが育てられること。更に言えば、食がもつ本当の意義と、食から学ぶ脳の機能やこころの仕組みは脳とこころの研究の本丸であるということである。こうした新たな視点に立った脳の仕組みの理解が人のこころの仕組みの理解に役立つ時代が目前に迫っている。こうした動きは、様々な疾患の捉え方、疾患の理解の仕方にも大きな変化をもたらすに違いない。脳疾患を一つのシステムで考える時代は終わり、脳を大小のネットワークシステムの組み合わせ(多様性)の中で俯瞰して、疾患の在り方もネットワークシステムの不調(病)として、即ち、欠落症状と代償不全の徴候の組み合わせとして理解する時代が目前に迫っているということである。そこには、自ら治療体系も変わるということである。

[第13回 日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会 学術集会 東京大会(平成29年10月22日)セミナー抄録から]

鎌ヶ谷総合病院神経内科千葉神経難病医療センター長

湯浅龍彦

 

嚥下運動と「サルコぺニア」(2017/10)

加齢に伴う筋肉量の減少は日常生活動作の低下に結びつき、その対応は超高齢化社会で喫緊の課題となっています。このような状態は「サルコペニア」と呼ばれており、その定義は「加齢に伴う骨格筋のボリュームと機能の低下」とされています。その診断根拠としては筋サイズの減少や機能的評価の臨床的指標が用いられています。一方で筋肉学分野或いは神経科学分野からの「サルコペニア」の病理学、生化学、分子医学に関する論文はほとんど無いのが現状のようです。加齢に伴う筋萎縮の原因としては、廃用性筋萎縮や神経原性筋萎縮、がんに伴う筋萎縮などがあり、これらと「サルコペニア」との差異について、病理学的・分子生化学的な鑑別・整理は依然不明確であるのが現状です。最近、筋ミトコンドリア異常、サイトカインなど炎症物質の関連、酸化ストレスとの関連、骨粗鬆症との関連などが報告されており、将来的には「サルコペニア」の疾患概念が整理・確立されると考えます。
加齢による嚥下障害(或いは「サルコペニア」による嚥下障害)については、嚥下関連筋力の低下は報告されていますが、実際の嚥下能力にどの程度影響しているのかについてはいまだ明らかとはなっていません。今後は「サルコペニア」の疾患概念の整理・定義づけ、嚥下関連筋の加齢性変化の基礎医学的背景の蓄積、「サルコペニア」と嚥下障害の臨床的分析(システムレビューなど)、「サルコペニア」による嚥下障害への対応(ガイドラインなど)、の議論・整備が重要と考えます。
参考文献
・Mori T. Development, reliability, and validity of a diagnostic algorithm for sarcopenic dysphagia. J Cachexia Sarcopenia Muscle ‐ Clinical Reports 2:e00017, 2017.
・Pestronk A. Sarcopenia, age, atrophy, and myopathy: Mitochondrial oxidative enzyme activities. Muscle Nerve 56:122–128, 2017.
・KrishnanVS. A neurogenic perspective of sarcopenia: Time course study of sciatic nerves from aging mice. J Neuropathol Exp Neurol 75:464–478, 2016.
・García-PratL. Autophagy maintains stemness by preventing senescence. Nature 529:37-42, 2016.
京都府立医科大学 総合医療 医学教育教室   山脇正永

Magendieの嚥下3期モデル,200周年(2017/09)

 François Magendieは動物の喉頭を切開して観察し,嚥下中の声門閉鎖を確認し、喉頭蓋の除去では誤嚥が起こらず、両側反回神経と上喉頭神経を切断してはじめて誤嚥が起こることを実証(1813)し、その後に嚥下を口腔期,咽頭期,食道期の3つの時期にわけるという説を“生理学の基本的概論”Précis élémentaire de physiologie(1816)の中で解説した。それから201年がたった。つい先日,だれも200周年のお祝いしなかったね、とある先輩がつぶやいたのを思いだして調べたら,たしかに1年遅かった。この原著はさすがに読むことができないとおもっていたが、2002年に鈴木により詳細に紹介されていた為、現在でもきちんと振り返る事ができる。200年前のあの時代においてどうして、そこまで解ったのか不思議である。レントゲンによるX線の発見は1895年、MosherによるX線による嚥下動態の報告は1927年であるから、その100年以上昔の事であり、まさに慧眼である。ちなみに日本では大塚らが1937年に“生體「レ」線活動寫眞ニ依ル嚥下運動ノ研究”を著したのが嚥下造影の最初である。この原著は名古屋大学図書館でも発見できた。最近,古い論文もインターネットで検索しやすくなったが、ここまで古いとアナログの図書館の存在がありがたかった。
Magendieから200年、Mosherから90年の今日、X線映画はシネフィルムになり、ビデオになり、デジタルになって随分楽に見られるようになった。編集だって加工だって楽々である。ちなみにVFという略号もすでにVideoではないので現実とずれはじめている。デジタル化の問題としては嚥下造影を電子カルテに取り込むために、知らぬうちにフレームレートが30fpsから24fpsや15fpsへ削られていたり,圧縮されて見にくい画像になっていることが出てきている。サーバーの負担も理解できるが、診療上必要な質の担保のための議論が要求されるだろう。
ところで先日、嚥下障害診療ガイドライン編集委員会にて動画を多くみる機会をいただいた。委員によって嚥下造影の読み方や着眼点がところどころ異なることが面白かった。症例検討などをすると、主治医が時にもつ先入観のない、まっさらな目が時に重要な所見を見つける事がある。絵の解釈と同じで、目に信号として入っていても解釈できていなければ事実が見えてこない。楽しい仕事である。
頭頸部癌治療の世界では頸部郭清術の100周年は誰もが口にし、記念講演会なども開かれた。Crileが1905年に提唱したこの手術は頸部リンパ節群を系統的に、確実に郭清することを標準化したもので、ほんの20年前ころまではこの手術は忠実に再現されていた。小生が頭頸部外科の見習いを始めた最初の10年はこの基本がどんどん変化した時期でもあったのでちょうど振り返る良い機会であった。懐古趣味ではないが、Magendie200周年はもっと話題になってもよい気がした.
参考文献:鈴木 康司, 柳下 三郎. 嚥下研究におけるFrançois Magendieの功績,日気食会報53 (2002) 313-318
名古屋大学大学院耳鼻咽喉科 藤本保志

標準体重とBMI(2017/08)

従前から行ってきたPET(陽電子放射断層撮影)の結果説明に加えて、昨年12月から健診部での簡単な内科的診察と結果の説明を担当している。予防医学の重要性については今さら言うまでもないことだが、早期がんの発見や生活習慣病の入り口でギアチェンジがなされて健康を回復した人も多いのではないだろうか。
当院の健診用の用紙は数枚束ねられており、冒頭に身長と体重が書き込まれている。私はまずその値を見て、身長(cm)から100を引いて0.9を掛ける日本式の簡易な標準体重の算出方法を試みて、健診者が丸椅子に座られるのを待つ。ところがこの方法を適用すると、50歳以上の成人では多くの人が体重オーバーになってしまう。ある50代の男性、みるからに小太りで、いわゆる標準体重を数キロオーバーしている。それを指摘すると「私はこの体重がベストなんです。若い時からほとんど変わりません。昔、かかりつけ医の指導で数キロ体重を落とした時には、どうも体調がよくありませんでした」と言われる。逆に、30代後半の男性、背が高くやせ形で、標準体重より少し軽い体型である。聴診するために上着をあげてもらうと、肋骨が浮き出てどこか貧相な感じさえ受けてしまう。
人間には文字通り骨が太くて骨格ががっしりしている「骨太」体型の人もいれば、骨が細くきゃしゃな「骨細」体型の人もいるものである。その人なりの、理想的な体型と体重というものがありそうで、体重だけで判断できるほど単純なものではないのかも知れない。
ただ体重過多の人は脂肪肝で軽い肝機能障害がみられ、尿酸値や中性脂肪、悪玉コレステロールの高値の人が多いのは事実である。
ところで標準体重は健康指数を示す数値であるが、体内に含まれる脂肪の割合を判定しているわけではない。標準体重でも脂肪の割合の高い”かくれ肥満”の恐れもあるし、逆に体重は多くても筋肉量の多い過体重の人もいる。肥満度の指標として国際的にはBMIというものが使われる。体格を相対評価したもので、体重(Kg)÷(身長m×身長m)で求められる。基準値は男性が22.0、女性が21.0で、統計的にみて最も病気にかかりにくい健康的な数値とされ、この数値から離れるほど有病率が高くなる傾向にある。

公益社団法人鹿児島共済会南風病院院長 福永秀敏

 

パーキンソン病とよだれ(2017/07)

 パーキンソン病(PD)におけるよだれ(流涎)は、患者さんの社交性を妨げると同時に、口腔内の清潔維持を困難にし、唾液の誤嚥さらに誤嚥性肺炎につながる症状として重要です。頻度は報告によって様々ですが、10-84%とされ1)、決してまれではないのですが、有効な治療に関する報告はそれほど多くないのが現状です。
一般に流涎の原因は、嚥下障害、姿勢異常(前屈)、閉口障害、唾液量増加などが挙げられます。PDでは、嚥下造影上の嚥下障害が流涎に関連するという報告があり、また、自発的な唾液嚥下回数が正常では1.18回/分がPDでは0.8回/分に減少しているとの報告もあります1),2)。姿勢異常や意図しない開口などが関与するともされています1)。唾液量はPDでは低下しているとされていますが、分泌スピードの上昇や後述のように薬剤の副作用で増加することがあります1)。2015年に中国から報告された518例のPD患者研究では、流涎患者は非流涎患者にくらべて運動症状と非運動症状がともに悪く、レボドパ換算量は多いとのことでした3)。流涎は特に構音障害、嚥下障害、あるいは物品呼称の低下と関連していました。trihexyphenidyl使用は流涎のない患者に多かったとのことです。以上のように、PDの流涎は運動症状、非運動症状、認知機能などに関連しますが、直接には嚥下障害が主因であると考えられています1)。
PDの流涎への対策として、運動障害悪化を伴う場合にパーキンソン病治療4),5)、姿勢障害では薬剤変更により改善しうると思われます。その他、副作用が疑われる薬剤の投与がある場合には、それらの減量・中止・変更が挙げられます。嚥下に悪影響を与える薬剤として、抗うつ薬や抗不安薬があります6)。唾液分泌過剰を来す薬剤としてdonepezilを含むコリンエステラーゼ阻害薬7)、clozapine、quetiapineなどがあります。また、流涎に対する特異的な薬剤として、ムスカリン作動性抗コリン薬があり、海外では、glycopyrrolate内服が有効とされています。上述のtryhexyphenidylは日本でも使用できますが、認知機能や幻覚などの副作用に注意が必要です。もちろん、過剰な唾液分泌抑制は嚥下障害を来します8)。その他、海外では降圧薬であるα2アドレナリン受容体作動薬clonidineが良いとの報告もあります1)。さらに、唾液腺へのボツリヌス注射(A型とB型)が有効との報告が海外で増加しています。以上のように、日本では、対策が遅れている感がありますが、PDが増加している現状を踏まえ、早急な対応が必要と考えられます。
文献
1. Parkinsonism Relat Disord. 2014; 20: 1109–18.
2. Dysphagia. 1996;11:259-64.
3. Parkinsonism Relat Disord 2015;21: 211e215.
4. Dysphagia. 2015;30:452-6
5. Clin Neurol Neurosurg. 2017;156:63-5
6. J Sugiura Foundation Dev Community Care 2014;3:30-33.
7. Int J Med Sci. 2015; 12: 811–24.
8. Ann Rehabil Med 2016;40:95-101.
近畿大学医学部神経内科   平野牧人

パンの窒息に注意(2017/06)

摂食嚥下障害患者のリスク管理として、上位に挙げられるのが、食物窒息・誤嚥・栄養障害・脱水である。中でも食物窒息は、生命にかかわるアクシデントであり、摂食嚥下医療にかかわる医療者として、常に患者家族教育とケアへの目配りをする必要がある。
少し古いが、実態を詳細に記載したデータをご紹介する

出典:「食品による窒息の現状把握と原因分析」 調査 平成19年度 厚生労働科学特別研究事業報告書)グラフへ改変出典:「食品による窒息の現状把握と原因分析」 調査 平成19年度 厚生労働科学特別研究事業報告書)グラフへ改変

20170615

救急センター 全国47都道府県204か所(H19) 371例

この中で注目すべきは「パン」の件数の多さである。
パンは、口腔咽頭内の移送時間が長いと唾液などの水分を吸って膨潤し、付着性の高い食塊となり、窒息のリスクが高まる。
当院の病院給食では、「パンはハイリスク食品」との認識のもと、嚥下障害の訴えがない患者さんでも、主治医の確認なしには提供されない仕組みになっている。さらに、「パンは喉に詰まらせることがありますので、十分注意してお召し上がりください」のコメントをつけている。しかし、在宅患者さんでは、パンの窒息リスクは必ずしも認識されておらず、「パンは柔らかいから大丈夫」と思っている患者家族は意外に多い。当院の嚥下外来で食形態について指導した患者さんでも、「パン」で窒息しそうになった事例があった。
朝食にパンを好む食習慣の方は多い。「調子が良いと好きなものを食べたい、食べさせたい」と思うのは当然の心理であり、その点も十分配慮した指導が必要である。窒息リスクの高い食品名を具体的にきちんと伝え、また、患者さんの好み(食べたいもの)を把握して細やかに指導することが必要である。

関西労災病院 神経内科 野﨑園子

 

 

液体によりとろみのつけ方は異なる(2017/05)

飲食物の適切な粘性(とろみ)の選択は,患者の水分栄養管理及び安全管理面からきわめて重要です.2013年に日本摂食嚥下リハビリテーション学会が,ニュートン流体(ずり速度によらず粘度が一定)である水へのとろみの基準として,キサンタンガムをベースとしたとろみ調整食品を用いた学会分類2013(とろみ)の3段階を規定しました.一方,牛乳や経腸栄養剤など、ずり速度の増加により粘度が変化する非ニュートン流体に対するとろみ調整食品の使用に関しては,未だ規定されていません.その理由として,とろみ調整食品に含まれる増粘多糖類の種類の違いや液体の種類によって粘性変化が異なるため,一定基準の作成が困難であることが考えられます.

我々の研究で,様々な液体に対してとろみ調整食品を使用し,5分後と30分後の粘性変化をline spread testで検証した結果,塩分濃度,酸味,カリウムが粘性に影響を及ぼし,果汁飲料,イオン飲料,乳飲料では水と異なる粘性動態となりました1).つまり,液体の種類によって,とろみの程度やつき方が異なるということを示しました.また,液体に対する物理的刺激や時間経過による粘度への影響に関して,蒸留水と10種類の経腸栄養剤に6種類のとろみ調整食品を使用し,粘度計で計測しました2,3).その結果,蒸留水の場合,濃厚流動食用(カラギーナン含)のとろみ調整食品を溶解しても殆ど粘度が上昇しませんでしたが,キサンタンガムやグアーガム含有のとろみ調整食品では,攪拌により粘度が低下し,その後緩徐に粘度が回復しました(図1).一方,栄養剤の場合,攪拌動作により粘度が急峻に増加し,その後も緩徐な粘度増加を認め(一部では粘度変化なし),興味深いことに攪拌動作を繰り返すほど粘度が増加しました(図2).このことから,とろみ調整食品の種類,攪拌回数,静置時間が粘性動態の影響因子であることを念頭におくべきであり,長時間の静置や過度な攪拌は粘度上昇の危険性があることを注意喚起する必要があります.

このような粘度変化が生じる理由として,とろみ調整食品を溶解させることで,ニュートン流体の水であっても非ニュートン流体となることが考えられます.とろみ調整食品を溶解させた水は,ずり速度の増加に伴って粘度が低下し,ずり流動化という現象や,チキソトロピー(震盪や攪拌によって流動性を増し,静置によってもとに戻る)という可逆的現象を示します.一方,非ニュートン流体の中には,レオペクシー(震盪や攪拌によって流動性が低下し,静置によってもとに戻る)という可逆的現象を示すものもあります.経腸栄養剤には,様々な物質が含まれていることから,タンパク質や脂質,電解質,微量元素などが増粘多糖類と反応すると,様々な条件の下で重合する分子により複雑な立体構造が構築され,そこに攪拌という力・速度が加わることで物性に影響を与え,分子立体構造の再構成,構造補強や構造破壊などの現象が生じることで粘度変化につながったと考えられます

東京大学耳鼻咽喉科・頭頚部外科  上羽瑠美、二藤隆春

 

文献

1.      上羽 瑠美,横山明子,二藤隆春,他.嚥下障害患者に対するとろみ調整食品の適切な使用に関して.嚥下医学.3(2); 279-287, 2014

2.      上羽瑠美,横山明子,二藤隆春,他.経腸栄養剤に対するとろみ調整食品使用による粘性の経時的変化及び攪拌による影響の検討.嚥下医学,4(1); 88-99, 2015

3.      上羽瑠美,横山明子,二藤隆春,他.病態に応じた各種経腸栄養剤に対するとろみ調整食品の使用に関する検証.嚥下医学,4(2); 220-231, 2015

 

 図1

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図2

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摂食嚥下関連医療資源マップ(2017/04)

食べることでお困りの患者さんが増えていることは皆様方も日々実感されていることと思います。そのような患者さんへの対応が重要であるにも関わらず、そもそもどこの医療機関で対応が可能なのかがわからないということが問題であったために国立研究開発法人日本医療研究開発機構長寿科学研究開発事業研究班の中で摂食嚥下関連医療資源マップ(http://www.swallowing.link/)というものを作成しました。

悉皆調査を行うのは事実上不可能なのですが、2014年からこの研究班を開始して現在では1300件以上の医療機関にご登録いただいております。マップのイメージを下に示します。医療機関は一覧でも見ることができますが、下図のように地図での表示が可能で、患者さんの住所などを入力するとその場所まで飛ぶようになっています。嚥下障害への対応に必要な検査である嚥下造影や嚥下内視鏡ができるかどうか、嚥下訓練ができるかどうか、また訪問診療の対応ができるかどうかを見ることができるようになっています。また、訪問診療に行ける範囲は保険で半径16㎞と決まっているために訪問可能範囲を緑色の円で示して、実際に訪問に行ける範囲がどこなのかを調べられるようになっています。

201704

その他、医療資源ではなく嚥下機能に配慮した食事を提供することが可能な飲食店も2016年9月より登録を開始しました。現在自分の調べがついているところでは全国で20件なのですが、フレンチ、和食、洋菓子、和菓子、焼き肉屋やアミューズメントパークなども掲載されています。要介護状態にあっても“外出”できることが大事なので、今後も引き続き登録を進めていきたいと考えています。

上記の医療資源および飲食店はまだ完全に調べがついているようなものではありませんので、情報をお使いいただくだけではなくお知り合いなどで新規登録をお勧めできる方がいらしたら、なにとぞお知らせいただけますとありがたいです。尚、携帯からもすぐにみられるようにQRコードを作成してあります。お使いいただきご意見などございましたらいつでもサイトよりご連絡いただけましたら幸いです。

QRコード

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科医歯学系専攻老化制御学講座高齢者歯科学分野

准教授 戸原玄

非経口摂取で経過した場合,どうして軟口蓋のストレッチが必要になるのか.(2017/03)

軟口蓋運動による口腔と鼻腔の分離機能のことを口蓋帆咽頭(いわゆる鼻咽腔)閉鎖機能と呼んでいます.この運動の中心は,軟口蓋の後上方運動であり,軟口蓋の挙上高さの調整には,口蓋帆挙筋,口蓋舌筋,口蓋咽頭筋が協調して関わることが示されています1).これらの筋肉以外に,軟口蓋に分布する筋肉の一つに口蓋帆張筋があります.この筋肉の運動は三叉神経の運動枝が担っていますが,三叉神経の運動枝は咀嚼運動すなわち下顎運動を担当していますので,部位的に不思議な印象があります.
口蓋帆張筋は,蝶形骨の翼状突起の内側板の基部から生じ,内側板と内側翼突筋の間を垂直に下行し,非常に細い腱状の筋肉になり,内側翼突板の先端にある翼突鉤に巻き付くようにして走行をほぼ直角に内側に曲げ,反対方向からの同名筋と混じります(図1a).この交わりの部分を口蓋腱膜と呼んでいます.翼突鉤の高さは骨口蓋の高さより低い(下向きに突出している)ため,口蓋帆張筋は翼突鉤に巻き付いた後の走行は,正確には,内側上方に向かうことになります.すなわち,口蓋腱膜は上方向に湾曲したドーム状になります.
一般的に,口蓋帆張筋は耳管を開放するための役割を担っているとされています.耳管は,軟骨部と膜様部から構成され,上咽頭にある耳管咽頭口と中耳をつないでいます.口蓋帆張筋は耳管の膜様部に接しており,嚥下時に活動することで膜様部を引っ張り耳管を開放します.その結果,耳管内部の浸出液や空気が排泄されて,鼓膜外(外耳)の空気圧と中耳の空気圧を等しくします.飛行機に乗って上空に上がった際の鼓膜が外に押されるような奇妙な感覚が嚥下すると改善されるのは口蓋帆張筋が活動するからです.しかし,口蓋帆張筋の役割が耳管を開放するだけならば,前記した様な複雑な走行や口蓋腱膜を構成する必要はないように思えます.
食物を口腔から咽頭に送り込む際,後上方向への舌の口蓋への圧力が発生します.軟口蓋が,名称通り「軟らかい口蓋」であったら,この圧力は減少して送り込み圧も低下することになりますが,そのようなことは起こりません.むしろ,送り込みの速さは,咽頭が陰圧になることに加えて速くなります.なぜでしょうか?
軟口蓋に分布する筋群の筋紡錘の分布を調べた研究2~5)では,口蓋帆張筋には,その垂直に走行する部分に大型の筋紡錘が大量に分布することが明らかにされています.すなわち,食塊を舌が口蓋腱膜に向かって圧迫すると口蓋腱膜は伸長されて垂直部の口蓋帆張筋は急激に伸長されるために筋紡錘が反応して口蓋帆張筋は反射性に収縮します.その結果,口蓋腱膜は左右外側に引っ張られることになり,平坦化します(図1b).すなわち,下向きの圧力が発生することになります.これによって送り込み圧を増強しています.
すなわち,口蓋帆張筋の役割は,耳管の開放だけではなく,食べ物を押しつぶして送り込み圧を高める役割をも担っていると言え,このことで口蓋帆張筋の運動神経が,咀嚼筋と同様の三叉神経であることが理解できます.もしも長期に経口摂取していないと,非常に薄いリボン状の筋である口蓋帆張筋は容易に廃用化し,場合によっては萎縮することによって送り込みができなくなる可能性があります.したがって,非経口摂取で長期経過した場合には硬軟口蓋の移行部,口蓋腱膜の部分をストレッチすることが必要になります.
ちなみに,翼突鉤が口蓋粘膜を内部から押しているために口蓋粘膜後方に「hamular notch」と呼ばれる切痕が生じています.上顎の総義歯の後縁は,この左右の切痕より前に設定することが推奨されています.すなわち,この左右の切痕を結んだ線より後方に後縁を設けると嚥下時の口蓋腱膜の平坦化によって上顎総義歯と口蓋粘膜の間に空気が入ることで総義歯の吸着効果は低下して外れてしまいます.
文献
1) Moon JB, Smith AE, Folkins JW, Lemke JH, Gartlan M.:Coordination of velopharyngeal muscle activity during positioning of the soft palate. Cleft Palate Craniofac J. 31(1):45-55,1994.
2)Wickler: L’equipment nerveaux du muscle tenseur du voile du palais. Arc d’Anat D’Hist et d’Embryology. 47, 313-316. 1964.
3) Kuehn DP, Moon JB.: Histologic study of intravelar structures in normal human adult specimens. Cleft Palate Craniofac J. 42(5):481-489, 2005.
4) Kuehn DP, Templeton PJ, Maynard, JA.: Muscle spindles in the velopharyngeal musculature of humans. J Speech Hear Res.  33(3): 488-493, 1990.
5) Kuehn DP, Kahane JC.: Histologic study of the normal human adult soft palate. Cleft Palate J. 27(1):26-34, 1990.
図の説明
図1 後方から見た口蓋帆張筋
a 安静時.口蓋腱膜はドーム状に上方に湾曲している.
b 嚥下時.舌が口蓋腱膜を上方に押すと,垂直部の筋紡錘が反応して収縮する結果,口蓋腱膜は平坦化する.これによって下方の圧が発生する.
スライド1

一般社団法人TOUCH  舘村 卓先生

多系統萎縮症の体重変化と栄養状態(2017/02)

筋萎縮性側索硬化症では,進行にしたがって体重が減少する.高度の体重減少は予後不良を示唆するため,体重減少を防ぐための高カロリー食が推奨される.またパーキンソン病でも進行に伴い,体重が減少することが知られている.では多系統萎縮症(MSA)ではどうだろうか?私たちは,MSAにおける病期ごとの体重と栄養状態について検討を行ったのでご紹介したい.
対象は2001年から2014年までに当科に入院したGilman分類probable MSAの82例である.うち24例が2回以上の入院をしたため,のべ130回の入院があった.アルブミン値に影響を及ぼす疾患(肝腎不全,うっ血性心不全,炎症性疾患,感染)を合併する症例は,対照から除外してある.評価項目はADLによる病期(自立/車いす/寝たきり),嚥下障害の有無,摂取カロリー,body mass index(BMI)とし,栄養学的な指標としては血清アルブミン値,血清総コレステロール値,リンパ球数を確認した.
自立群/車いす群/寝たきり群はそれぞれ50名,52名,28名で,摂取カロリーは病期の進行に伴い低下したが(p<0.05:A),BMIには変化はみられず(p<0.05;B),体重の減少は認めなかった.一方,栄養の指標では,血清アルブミン値は病期の進行に伴い,4.18/4.03/3.07 g/dlと有意に低下した(p<0.05;C).総コレステロール値,リンパ球数には変化はなかった(D, E).以上より,MSAではBMIが保たれていても(体重の減少がなくても),進行期には低栄養状態を呈しうること,その指標として血清アルブミン値が有用である可能性が示唆された.つまり,体重が減っていないからといって,栄養状態が良好であると油断してはいけないのである.MSA-CおよびMSA-Pに分けて行った解析でも,病期間のBMIに差はないこと,ならびに進行に伴い血清アルブミン値が低下することが確認された.
ではなぜ体重は減少しないのだろうか?その理由として,まず嚥下障害による摂取カロリーの減少と消費カロリーの減少の程度が同等で,バランスが取れた可能性が考えられる.またMSAでは,むしろ低カロリーの食事摂取にも関わらず,気管切開・胃瘻造設後には皮下脂肪の蓄積傾向を示すことを,都立神経病院のNagaokaらは報告し,進行期にはカロリー制限する必要性についても言及している(臨床神経2010).Nagaokaらはさらに検討を進め,脂肪細胞から分泌されるレプチンがMSAではうまく働いていない(つまりレプチン抵抗性の状態にある)可能性を示している(Neurol Sci 2015).レプチンは脂肪細胞から分泌され,視床下部にて作用し,食欲の抑制,エネルギー消費の増大,交感神経刺激に伴う脂肪分解を介して,体重減少に作用するが,肥満者ではレプチン濃度が高くなっているもののレプチンによる刺激に鈍感になり,体重減少が起こらない.これを肥満者におけるレプチン抵抗性と言うが,NagaokaらはMSAでは自律神経障害によりレプチン抵抗性が生じているのではないかと考察している.
以上の結果から,1)MSAの進行期では体重は減少せず,むしろ増加もありうる.2)症例によっては摂取カロリーを絞る必要がある.3)栄養の指標としては血清アルブミン値が有用である,とまとめることができる.
Sato T, ShiobarabM, Nishizawa M, Shimohata T. Nutritional status and changes in body weight in patients with multiple system atrophy. Eur Neurol. 2016;77:41-44.
新潟大学脳研究所神経内科   下畑 享良