多系統萎縮症における嚥下障害と生命予後(2024/12)
多系統萎縮症(multiple system atrophy;MSA)においては,パーキンソン症状,小脳症状,自律神経症状など多彩な症状が出現し,疾患修飾治療法が確立されていない難治性神経疾患です。死因も多岐にわたっており,声帯麻痺などによる上気道閉塞,起立性低血圧による循環不全,中枢性低換気などMSAに特有なもののほか,嚥下障害による誤嚥性肺炎も生命予後に影響する重要な合併症です。
MSAの生命予後予測因子としては性別,発症年齢,臨床亜型(MSA-P,MSA-C),声帯麻痺,膀胱直腸障害(尿道カテーテル留置),起立性低血圧・失神などが挙げられておりますが,とくに発症から3年以内に自律神経症状が出現した場合は予後が悪いとされています。一方,嚥下障害の発症時期と予後との関連についてはこれまで明らかにされていませんでした。最近,私たちの施設からMSAの嚥下障害と生命予後に関する論文が発表されましたので,ご紹介いたします。
297例のMSA患者に対する後方視的研究で,発症3年以内の嚥下障害の出現と兵藤スコアを調査し,生命予後(死亡もしくは気管切開までの期間)との関連を調べたものです1)。兵藤スコアは内視鏡で嚥下状態を評価するスコアで,0〜12点で評価されます。297例中90例の患者が発症3年以内に自覚的な嚥下障害が出現しており,嚥下障害が早期に発症した群の50%生存期間は発症後約5年,3年以後に嚥下障害が発症した群の50%生存期間は発症後約10年と,大きな差がありました。90例中75例で兵藤スコアが評価されており,初回検査で5点以上だと極めて予後が悪いことがわかりました。この傾向はMSA-C・MSA-Pの両亜型でも同様でしたが,MSA-Pの方が嚥下障害の生命予後に対する影響は強いものでした。
また35例でdopamine transporter (DaT) SPECTを検査し,兵藤スコアとの関連を調べたところ,DaT SPECTのspecific binding ratioと兵藤スコアは有意な負の相関を示しました2)。これはMSA-PでもMSA-Cでも同様で,黒質線条体のドーパミン作動性ニューロンの変性と,嚥下障害の症状との強い関連性を示唆する結果でした。
嚥下障害はMSAにおいては必発の症状ですが,食べる楽しみやquality of lifeを損なうだけでなく,生命予後にも強い影響を与える因子であることがあらためて証明されました。とくに発症後3年という短い期間で嚥下障害が出現する患者さんには,早急な対応が必要であると言えます。診断時の栄養障害(低体重や低血清アルブミンなど)も生命予後を予測する因子であると言われており,MSAでは早期から栄養管理と嚥下評価,そして適切な時期での経管栄養導入が必要であると言えます。
論文
1) Wada T, Shimizu T, Asano Y, et al. Early-onset dysphagia predicts short survival in multiple system atrophy. J Neurol 2024;271:6715-6723.
2) Wada T, Sugaya K, Asano Y, et al. Association of dysphagia severity in multiples system atrophy with the specific binding ratio on dopamine transporter SPECT. J Neurol Sci 2024;463:123116.
東京都立神経病院 脳神経内科 清水俊夫