日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

多系統萎縮症の嚥下障害への包括的な支援(2024/06)

多系統萎縮症(multiple system atrophy;MSA)は小脳系,錐体外路系,自律神経系を中心に,錐体路系にも変性が及ぶ孤発性の神経変性疾患で,臨床症状から小脳失調が優位な症例はMSA-C(multiple system atrophy,cerebellar variant;MSA-C),パーキンソニズムが優位な症例はMSA-P(multiple system atrophy,parkinsonian variant;MSA-P)の二つの病型に分類されます.進行を抑える有効な薬は無く、介助歩行となるまで3年、車椅子使用まで5年1)と報告されており介護生活を余儀なくされますが、顕著な自律神経障害を伴うこと、また認知機能低下もみられること、それにもかかわらず社会的に認知度が低いことなどから介護の現場では対応に苦慮する事が多いと言えます。

当院では昨年度よりMSAの患者さんを対象に2週間程度(ポリソムノグラフィーをおこない鼻マスク式人工呼吸の導入や調整を行う場合は4週間程度)の「在宅サポート入院」を開始しました.在宅生活を送っている患者さんを対象に各専門職種が身体機能評価し、治療方法やリハビリプログラム、在宅環境整備などを在宅関係者に提案することで、より充実した在宅生活が送れるよう支援する企画入院です。アドバンス・ケア・プランニング(ACP)も組み込み、患者さん・ご家族が病気を理解し納得できる治療選択ができるよう努めています。今までに15名の患者さん(MSA-P 4名・MSA-C 11名、年齢66±8.3歳、罹病期間3.5±3年)がこの在宅サポート入院を利用されましたが、その中での嚥下チームの取り組みをご紹介します。

MSAにおいては高頻度で嚥下障害が出現するため、診断直後及び定期の評価が重要2)とされており当院でも嚥下造影検査(VF)による評価と嚥下訓練や食事形態の指導、退院時は在宅関係者会での情報提供という流れで介入します。また嚥下機能評価はACPの重要な事前情報となりうるので関係スタッフに速やかに情報提供するのも役割の一つです。

今回入院された15名のうち嚥下障害の自覚のある方は3名でしたが、VFでは14名に嚥下反射遅延を、11名に喉頭侵入を、3名に誤嚥を認めました。やはり早期からの客観的評価は必須と言えます。しかし評価ができても対策は容易ではありません。好みに合わない嚥下食は頑なに受け入れない、食事形態の指導をしても応用ができず食品ごとに質問を繰り返す、など指導にはしばしば難渋しました。その要因の一つには認知機能低下があると考えています。MSAは一定割合で認知症を認めるとされており3),その特徴としては遂行機能低下の頻度が最も高く,注意機能,作業記憶,視空間機能などの障害があると報告されています4.5)。今回も15名中14名に認知機能低下を示唆する神経心理学的検査結果を認めました。指導は聴覚的だけでなく図表を用いて視覚的にもおこなうこと、キーパーソンにも指導し協力を仰ぐこと、認知機能障害が軽度な早期に指導を開始すること、評価や指導内容を地域の関係者に引き継ぐこと等が大切と感じました。

多彩な症状を示すMSAにおいては「家族を含むチーム医療と地域連携」といった包括的な支援が重要であり在宅サポート入院の有用性を再認識しています。

 

1)Watanabe H,Saito Y, Terao S, et al:Progression and prognosis in multiple system atrophy: an analysis of 230 Japanese patients. Brain, 125(5) :1070-83,2002
2)Calandra-Buonaura G, et al: Dysphagia in multiple system atrophy consensus statement on diagnosis, prognosis and treatment.Parkinsonism Relat Disord, 86:124-132, 2021
3)安井建一,北山通朗,中島健二ら:多系統萎縮症の認知機能.神経内科,84(5);447-451,2016
4)Stankovic I,Krismer F, Jesic A,et al: Cognitive impairment in multiple system atrophy: a position statement by the Neuropsychology Task Force of the MDS Multiple System Atrophy (MODIMSA) study group. Mov Disord ,29(7); 857-67,2014
5)渡辺宏久,陸雄一,中村友彦ら:多系統萎縮症の病態と症候の広がり.臨床神経学,56(7);457-464,2016.

 

国立病院機構 高松医療センター リハビリテーション科 三好 まみ

国立病院機構 高松医療センター 神経内科 市原 典子