日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

ALSの摂食・嚥下障害に関連する遺伝子(2019/03)

摂食・嚥下障害をきたす神経疾患は数多く知られています。筋萎縮性側索硬化症(ALS)はその代表です。ALSの原因は不明な点が多いのですが、家族性ALSが全体の10%にみられ、最近の分子遺伝学的アプローチにより、孤発性ALSの10%超にも遺伝子異常が同定されています。すなわち、ALS全体の約20%が何らかの遺伝子異常により生じると考えらえており、おそらく今後さらにその割合は増加すると予想されます。
欧米では、C9ORF72遺伝子の非翻訳領域でのGGGGCC反復配列延長が、家族性のみならず孤発性ALSの原因として重要です。地域差がありますが、4-21%の孤発性ALSの原因となります。一方、日本では陽性率が0.5%以下と少ないようです。臨床型は、ALSoDというデータベースによると(http://alsod.iop.kcl.ac.uk/index.aspx)、四肢麻痺型が73%、球麻痺型が20%と、従来のALSとほぼ同様の傾向です。世界初のALS原因遺伝子として有名なSOD1では、四肢麻痺型89%、球麻痺型4.5%で、次いで報告数の多い、FUSでは四肢麻痺型70%、球麻痺型22%です。脊髄小脳萎縮症2型(SCA2)の原因遺伝子ATXN2の中間長の反復延長でもALSとの関連がありますが、四肢麻痺型79%、球麻痺型5%と、遺伝子異常を有するALSでは、従来のALSと同様あるいは四肢麻痺型が多い印象です。
私たちは、近畿地方の102例の孤発性ALSを対象として、非翻訳領域の反復に関する遺伝子解析を行い、ATXN8OSという脊髄小脳萎縮症8型(SCA8)の原因とされている遺伝子のCTA/CTG反復延長を3例に認めました1。3%は多くはないですが、日本ではSOD1など最も多い遺伝子でも孤発性の2-3%にとどまっており、決して無視できません。一方、上述のC9ORF72遺伝子や、NOP56というSCA36(舌萎縮を伴う小脳失調症)の原因遺伝子には異常がありませんでした。興味深いのは、その3例は、頸部の筋力低下あるいは球麻痺で発症し、その後、球麻痺が急速に進行した点です。そのうち1例は非典型的な経過をたどっており、嚥下障害が高度のため胃瘻造設はしておりますが、発症後10年経過しても、日中は呼吸器が必要なく、日用品の買い物や胃瘻の管理は患者さん自身で行っておられます。患者数が少ないので、今後のデータの蓄積を待たなければなりませんが、ATXN8OSはALSの摂食・嚥下に関連する遺伝子であることが示唆されます。現在、病理的な解析やiPS細胞を用いた解析を行う準備をしております。
SCA8はこれまで純粋小脳失調型の病像を呈し、摂食・嚥下障害はむしろ少ないと思われてきました。最近パーキンソニズムを呈する疾患にもATXN8OS遺伝子異常が報告されており2、なぜ同じ遺伝子異常が異なる病像を呈するかも、今後の研究の課題です。
1. Neurol Genet 2018;4:e252
2. Cerebellum 2019;18:76-84.
近畿大学 神経内科 平野牧人