ノド越し(2012/09)
喉頭気管分離術が日本で行われるようになってから約20年が経った。当初はごく限られた施設でしか行われていなかった本法も、今では保険収載されたこともあり多くの施設で行われるようになった。
Lindeman,RC(1975,1976)により紹介された本法には2種類あり、一つは離断した喉頭側気管断端を縫縮閉鎖して盲端とするもの、もう一つは喉頭側気管断端を食道に端側吻合するものである。後者を特に気管食道吻合術と称し、前者を狭義の喉頭気管分離術として区別する場合もある。以下、本稿では喉頭気管分離術は狭義のものとする。
一般的にはその操作の簡便さから喉頭気管分離術が広く普及しているが、確実な施術が可能であれば気管食道吻合術には大きな利点が二つある。
その一つは、どちらの方法も下気道の防御を第一の目的とし、食塊の搬送能を改善するものではないが、気管食道吻合術では喉頭側気管断端を盲端ではなく食道に吻合するため、声門下に流入した唾液や食塊は吻合部を介して食道から胃へ送られる。実際に本法術後に経口摂取している者の中には喉頭経由で“嚥下”している例も少なくない。長期に渡り誤嚥に慣らされた喉頭では気道防御反射閾値が上昇しているために成せる業である。
二つめに、多くの誤嚥防止手術では術後に音声によるコミュニケーション機能を喪失するが、本法では、温存されている発声・発語機能に依存するものの、単音節や単語レベルであれば喉頭での発声が保たれる場合がある。吸気時の胸腔内圧により喉頭経由で食道内に空気が流入し、その空気により呼気時に声帯振動が得られることによる。症例によって、例え単音節や単語レベルであっても音声機能の温存は大きな福音となる。
いずれの方法でも喉頭の感覚は術前と変わらず、気道防御反射は閾値が上昇しているだけで、気道に強い刺激が加われば咳嗽も誘発される。気管食道吻合術後に喉頭を介して経口摂取をしている者でも「煎餅などを食べると咳がでる」と言う。食塊の通過を許している喉頭や気管には食塊搬送能はなく、“嚥下”には重力を活用する必要がある。また形態上、食塊が陥頓する可能性もあり、食形態にも留意しなければならない。
気管食道吻合術は、手術操作の煩雑さに加えいくつかの制約はあるものの、適切な症例を選べば気道防御以上の効果も期待できることから、今後の普及を期待する術式の一つである。
北里大学 医療衛生学部
堀口利之