日本神経筋疾患摂食・嚥下・栄養研究会

とろみと嚥下機能(2016/01)

食べものを飲みこむとき,食塊が前口蓋弓から軟口蓋に触れると,口蓋帆挙筋活動によって軟口蓋が挙上して口峡が開大して食塊は咽頭に流入し始めます.その後個人ごとに特定の時間後に口蓋舌筋活動によって舌が軟口蓋に引き寄せられて口峡は再閉鎖します.口蓋帆挙筋の活動開始から口蓋舌筋の活動開始までの時間は,食物の量や物性にかかわらず個人ごとに一定であるために,口峡の開放から再閉鎖までの間に通過する量が楽に一回で嚥下できる量ということになります.すなわち,食物に粘性がつくと個人ごとに固有の開放時間に口峡を通過する量は少なくなるため,一回嚥下量は少なくなります.
私たちの研究1)では,市販のお茶にとろみを付け,とろみの量を変えて2.0Pa・sから4.6Pa・sにすると一回嚥下量は減少しました.そのため,とろみを付けると嚥下しやすくなるのは,とろみによって食物が拡散しないこともありますが,一回嚥下量が少なくなるためとも言えます.
注意するべきことがあります.私たちの口腔感覚は,上記した様な大雑把な粘性の変化ではなく,非常に微細な変化まで捉えて嚥下機能を調節していることです.ニュートン流体(ずり速度を変えても粘性が一定である流体)を用いた私たちの研究2)では,わずかに粘性の異なるミルクと水を,同量嚥下した際に生じる筋活動はミルクの方が小さくなりました.このことは,同じ高さの口蓋帆挙筋活動であった場合,すなわち口峡の開大量が同じであっても,水より粘性の高いミルクの方が沢山飲めることを意味しています.この場合に用いたミルクの粘性は5mPa・sと,前述したトロミ茶の粘性の1000分の一程度です.さらに,かつての厚生労働省の特別用途食品・高齢者用食品の許可基準で使用されていた,回転子を試料に挿入して12rpmで回転させた2分後の回転抵抗を粘性として測定するB型粘度計での粘性を一定(400±50mPa・s)にして,テクスチュロメーターでの「ずり速度依存性粘度」を相違させた非ニュートン流体(ずり速度を大きくすると粘性が低下する流体)を作成し,同量を摂取した際の筋活動でも粘性が高い方が筋活動は低くなりました3).すなわち,私たちの口腔は,B型粘度計での回転抵抗をもとにした粘性を検出して嚥下動作を調整しているのではなく,舌と口蓋粘膜が接触してずり速度を発生させた際の微細なずり速度依存性粘度を検出して調整しているということです.
現在,日本摂食嚥下リハビリテ-ション学会では「フードテスト」「改定水飲みテスト」「反復唾液嚥下テスト」という検査が勧められています.フードテストでは「プリンなど」とあり,改定水飲みテストでは「(必要に応じて)とろみをつける」とあります.食品物性,摂取量によって舌と口蓋粘膜の接触程度が変わり飲み込み動作が調整されていることを考えると,プリンの物性や水につけるトロミの種類や量によっては,同じ送り込み機能であっても反応が異なる可能性があり,適切な評価は困難かもしれません.
また,増粘剤には多くの種類があり,かならずしも添付されている説明書どおりの効果が期待できないものもあります.図1は指示通りに攪拌することで「ポタージュスープ状になる」としている10種類の市販増粘剤を,水に攪拌溶解後30,60,120分経過したものの粘性を調べた結果です.粘性は,明治乳業(当時)と大阪市立大学西成勝好先生の共同研究によって開発された簡易粘度計を用い,規定量を入れた試験容器に沈降子を沈めて,底に到達するまでの時間で推定したものです.10種類の増粘剤のいずれもが相互に異なった動態を示し,製品によっては時間安定性も欠いているものもありました.また,塩分が存在した場合には,水での結果とは異なった傾向を示しました(図2).このことは,増粘剤には,溶かされるものと攪拌後の経過時間によって,得られる粘性が異なることを示しています.粘性に変化が生じると舌と口蓋の接触圧は変化し,咽頭への送り込み速度は変化して,咽頭への送り込み時間も変化します.2013年日本摂食嚥下リハビリテ-ション学会では,嚥下調整食分類2013を示しました.これを利用する場合に注意することは,一回嚥下量の変化については無視していることにあります.食事摂取する場合には粘性と一回嚥下量についても注意することが必要です

一般社団法人 TOUCH 舘村 卓

文献

1.K Okuno, T Tachimura, T Sakai:Influences of swallowing volume and viscosity on regulation of levator veli palatini muscle activity during swallowing.Journal of Oral Rehabilitation,40(9):657-663,2013.

2.河合利彦,舘村 卓,外山義雄,他:低粘性液状食品の粘性の相違が嚥下時口蓋帆挙筋活動に及ぼす影響.日摂食嚥下リハ会誌,13(2):128-134, 2009

3.河合利彦,舘村 卓,外山義雄,他:非ニュートン性液状食品の嚥下時の口蓋帆挙筋活動.日摂食嚥下リハ会誌,14(3):265-272,2010.

図の説明

修正_JSDNNM_図1

図1 水にといた市販10種類の増粘剤の粘性
粘性は簡易粘度計で測定した沈降子の落下時間によって推定したもの.撹拌後15,30,60分後の測定結果.製品によって最大120倍、粘性は相違している.青色コラム:撹拌後15分経過時の落下時間,黄色コラム:同30分後,赤色コラム:同60分後.

修正_JSDNNM_図2
図2 食塩水にといた場合の粘性
同じ製品でも,水に溶いた場合とは全く粘性が異なっている.増粘剤Aは測定できなかった.
各コラムの色は図2と同じ.